新シリーズ 【2つめのPOV】企画説明:前編 (No.0133)
今年の2月中旬頃から始めて、何とか現在までこうして日々記事を上げ続けておりますが、未だ未熟できちんと描くべき事が上手く伝わるように出来ずにいます。
勿論今まで日記1つ書き続けた経験も無いのですし、人よりも教養がありませんから自分でも無理ないと思います。しかし腕に関しては当然経験を重ねていくことが成長の絶対条件ですので避けることなく積んでいきたいと思っていますが、それとは別に「伝える」ということについて思うことがあり、今こうして書いています。
学問や技術は長い年月の積み重ねにより進歩し、それこそ笛や狼煙で始まったものが今ではインターネットやスマートフォンになったと言っても過言ではありません。
この間にある長く険しい道はとても一言では表せられず、一夜で学ぶことも不可能でしょう。
様々な回り道があり、天才的な発想や偶然や亀より遅い歩みで進んだ地道な苦労が結集されております。
しかしそうして出来たものであっても、私達は労することなく「利用」出来ます。
ぎこちないながらも老人だって使っております。もはや常識です。
ですが、使っている人たちのほぼ全てが構造や技術にはまるで理解も知識もありません。もちろん私も含めて。
作られた歴史は膨大な苦労の積み重ねですが、利用するにはその場限りの知識で充分可能です。
つまり利用には大して「積み重ね」は要らないのです。当然無くても使えるように開発側が更なる苦労を重ねたお陰ですが。
片手に素晴らしいハイテクを携えて街でもどこでも、いつでも確認しつつ利用しつつの生活が世界中で当たり前になってしまいました。
それはそれで良いことですが、私自身うっかり間違えていたことに最近気づきました。
片手にハイテクを持ち、まるで手足のように扱えるからといっても、それを使っている人は別にハイテクのように賢くは無かったのです。
ブランドの服や流行りのファッションを身に纏っても、その人がカッコよくなったり美しくなったりするかはまた別の問題なのと同じです。
健康食品を食べたりダイエット食を食べたからって健康になるわけではないのと同じです。
その手に持った機器は確かに賢いのです。
しかしその手の持ち主がそれだけで賢くなるわけではありません。
利便性ゆえにむしろ愚かにもなるのです。
事実フォロワーに良いところを見せたくて犯罪や危険を犯し、人や自分を不幸に陥れる人達が今も世界中に沢山いるのです。
彼らはこのハイテクが無ければその不幸を起こさずに済んだのですから、賢い機器があるせいで愚かにもなったのです。
技術や学問が数百、数千、数万の年月を「積み重ねて」その結果が現在の形を成しているのに対して、人はというとそう簡単に「積み重ね」出来ないのです。
人ひとりの命は精々が100年です。
この100年の間、出来ることなら若く健康なうちに過去の人々が発見し築き上げた知恵を学び、自らの物とする事が理想なのですが、そうなかなか上手く行きません。
人には知性の他にも肉体があり、また時々の事情もあり知性にのみ集中する事は大変に難しいのです。
嘗ては今以上に遥かに物資が乏しく、多くの人は食べていくことだけで精一杯でした。つまり肉体の世話が限界で知性に気を使う暇は無かったのです。
実際、少し前まで、いえ現在だって知性の為に時間をタップリと使える人はとても少なく、多くはアルバイトで日銭を稼ぎながら学んでいるのです。
しかもその中の殆どの人は、学ぶ内容よりも学んだ「証」が欲しいだけで、その理由も自分の求める職に就きたいからというよりも、世俗的なメリットを求めてのことなのです。
もし、この世の中に知性が溢れ、人々が知性を何よりも大切にし賢くあるならば、今のような世界は僅かの間だって維持することすら不可能でしょう。
あっという間に良い意味で「崩壊」する事でしょう。
日常付けているマスク1枚とってみても、「どうして付けないといけないのですか?」と質問したって科学的な理由を根拠とした回答は返ってきません。
未だに選挙は人気と見た目と縁故と情報操作で選ばれます。
CGでとってもカッコいい映像が日夜飛び交っており、小銭を鳴らすことなく買い物が出来て合成写真を現実として勘違いする事がなし崩し的に許可されている世の中です。
何となく自分も知的になったような雰囲気だけは、どこに行っても醸し出されているのですから、その匂いに酔ってしまっても無理ないかも知れません。
内側に醸成されるべき知性は日々どんどんと外部へ漏れ出し、自撮りの合成レイヤーが重なるほど中身は薄く目減りし続けるのです。
つづく