禍話リライト「↓ここにうつる」
・公園の男子トイレ
・四つある手洗い場の、入口から三番目の鏡のところに「↓ここにうつる」という落書きがある
・公園の管理者が消してもまた書かれる
・「落書きはやめてください」という貼り紙にも「うつるものはうつるからしょうがない」なんて同じ筆跡で書き込まれる
そんなオバケの写るトイレが近所にあると聞きつけて、五人の男子大学生が訪れた。
夜間なら見回りもない。丑三つ時に肝試しと洒落込んで、一人ずつトイレ内の写真を撮ってこようという計画だった。
まずAくんが公園に向かう。残りの四人はすこし離れた場所で待機する。
やがて戻ってきたAくんは拍子抜けした風で、何も起きなかったと言った。まあそんなものだろう。しかし噂の落書きは本当にあったそうだ。
気味が悪いと言い合いながらBくんを送り出す。
やがて戻ってきたBくんは怒った様子で、電気消すなよ、と言った。トイレの入口に照明のスイッチがあって、それがオフになっていたそうだ。
「さっき行ったときに消しといたんだろ。お前さあ、やめろよな」
「いや、消してないよ……」
Aくんの反論は消え入りそうに小さく、冗談でも嘘でもなさそうだ。
「えっ」
「おれ、消してない……」
「……いまBは電気つけて来たんだよね?」
ちょっと嫌な空気になりかけた中、Cくんが尋ねた。
「つけてきたよ、普通にトイレ使う人もいるかもしれないだろ」
「じゃあ俺行ってくるわ」
そう言って出発したCくんは――トイレに入らずに引き返してきた。
「消えてるってぇ!」
なんだかよく分からないけれど、つけた電気が消されている。地味だけど怖い。
「ええー……」
「どうする……?」
「オレ行くよ、結局誰も写真撮ってないじゃん」
次に控えていたDくんは豪胆な奴だった。オバケが電気消したりしないでしょ、と言うDくんを送り出す。
すこし経って、待機していた一人の携帯電話が鳴った。Dくんからメールだ。戻ってから見せてくれたっていいものをわざわざ送ってきたのか、と開いてみたが画像は添付されていない。件名も無い。
『うつんないじゃん』
その一言だけのメールだった。
「あー、オバケ写んなかったんだな」
「でもせっかく撮ったんだから添付すりゃいいのにな」
それから二十分ほど過ぎてもDくんは戻ってこなかった。待機場所と公園はそんなに離れていないはずだ。電話を掛けてみると、十コール以上鳴ってからDくんの声が聞こえた。
「ハッ……ハァ……何? 何!?」
全力疾走した直後みたいに息が荒い。
「何じゃないよ、お前どうしたの?」
「だからっ……うつんないじゃん!」
「え、いや……お前、走ってんの?」
「うつ、映んないじゃん! そこにいたじゃん!」
そこで電話が切れてしまった。
Dくんと連絡が取れたのも何があったのか聞けたのも、夜が明けてからだった。
Dくんがトイレに行ったら、電気が消えていたそうだ。
電気が消えていたから、つけた。
つけたら、立っていた。
件の鏡の前に、誰かが。
Dくんが電気をつける前から立っていたのだ。
深夜の真っ暗なトイレの中に。
そこでDくんは気を失った。
気がつくと、トイレの入口にへたり込んでいたらしい。
顔を上げると、誰かがDくんの携帯電話を操作していた。そいつはDくんに向かって携帯電話を放って寄越した。うつんないじゃん、というメールが送信済みになっていて、「へっへっへっ」と不気味に笑いかけられて、――Dくんは逃げ出した。ついて来るんじゃないかと思って、地区から出ようとして走っていたそうだ。
千葉県のとある公園の男子トイレの話である。
※「禍話X 第八夜」より
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