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禍話リライト「電話のふたり」

 その夜は、地元の友人や後輩と集まって楽しく酒を酌み交わすはずだったそうだ。後輩の一人が浮かない顔をしていたものだから、Aさんはつい、何かあったのかと声をかけてしまった。

「怖いことがあったんですよ」

 Bくんいわく、Cくんが廃ビルに行くと言ったきり行方知れずになったらしい。最後のやり取りは一週間前だと言うので、Aさんたちは苦笑した。Cくんも地元の後輩の一人であり、顔馴染みだ。

 成人男性と一週間連絡がつかないくらいで大袈裟だろう。
 俺たちみたいな定職に就いてないやつってフラッとどっか行っちゃうじゃん。
 あいつ、彼女でも作って家に転がり込んだんじゃないの。
 口々に言葉をかけたけれど、「でも」とBくんは食い下がった。

「何回か電話かけても出なかったんですけど、おととい出たんですよ」


 電話をかけたのはバイトが終わったあとのことで、二十三時を過ぎていた。
 留守番電話に切り替わることもなく延々と呼び出し音が鳴り続く。
 きょうも駄目だろうかと思った矢先、不意に電話がつながった。
 心配させやがって。

「おいお前、」

 安堵とともに呼びかけた声を遮って、いやに明るい女の声が聞こえた。

『おかけになった番号の方はァ、もう何も届かない場所にいまァ〜〜す!』

 それだけ言って、切られた。
 知らない女の声だった。
 Cくんの彼女だろうか。ふざけてやったのだとしたら、Cくん本人も横にいて笑ったりするだろう。女の声しか聞こえなかった。
 なんとも言えない気味の悪さに怖くなり、それ以来電話をかけていない。


 そんな話を聞かされたものだから、にぎやかだった酒の席はしんと静まり返ってしまった。Bくんが感じた気味の悪さが伝播したかのように、嫌な空気が満ちている。

「えぇ、オバケが電話に出たってこと? そんなの出来すぎてるでしょ」
「オバケってそんな自己主張してこないよなあ」
「Bはからかわれたんだろ、悪趣味な話だけど」

 先輩たちに否定されたBくんが「マジっすよ」と抵抗するものだから、Aさんはつい、手を差し出した。

「だったらスマホ貸せよ、俺がいまかけてみるから」

 酔った勢いだったし何を言おうという考えもなかったが、こっちが先輩だしなんとかなるだろうと思ったそうだ。
 果たして、電話はつながった。
 何の異常もなく、ごく普通に、『もしもし』とCくんの声が返ってきた。
 Aさんはスピーカー通話に切り替えて、スマホを座卓に置く。

「おー、俺だよAだよ、久しぶりだな。いまみんなで飲んでるんだよ」
『あっ先輩。そうなんですか』
「なんかさあ、お前が廃ビルに行って帰ってこないってBが言うからさ」
『あぁそうなんですか。まあ間違ってないですけどね』

 間違ってない、とは。
 スマホを注視していた全員が怪訝そうな顔をする。

「え、なに、どういうこと?」
『いや別に、それ間違ってないですよ』

 Cくんは落ち着いた声で同じことを言う。

『それにしても、よくつながりましたねえ』
「つながったって……そりゃ俺がかけてお前が出ればつながるだろ」
『いやあ、よくつながりましたねえ』

 Cくんは感心したふうに同じことを言う。

『A先輩って霊感とかあるんですか?』
「え、ないけど……」
『じゃあそういう方がいらっしゃるんじゃないですか、A家の血筋に』

 そのとき、Aさんは〝血筋〟という単語に引っかかりを覚えたらしい。Cくんのボキャブラリーなら〝家族〟あたりが妥当なはずだ。
 お前なに言ってんの、とその場の全員が抱く疑問をぶつけてみても、Cくんは感心しきりでまともな返答がない。

『すごいなあ、すごい——ねえ、つながるもんだね』

 すごいすごいと繰り返していたのが、Aさん以外の者に話しかけるような口調に変わる。

「……誰としゃべってんの?」
『いやいや、すごいなあ。A先輩すごいですよ』
「感心してくれるのはいいけどさ、みんな心配してるよ」
『すみません、あの——あっちょっと、おい、違うってバカ、わかるだろ』
「おーい誰としゃべってんの?」
『あ、すみません。話が長くなるとツレが焼きもち焼くんで』

 そこで通話が切られた。
 暗い画面を見下ろした面々は、「は?」だの「ん?」だの、困惑の声を漏らす。
 Cくんの言葉の意味も現在の状況もわからず仕舞いで、腑に落ちない。

「……あいつ薬物でもやってるんじゃないの」
「シンナーとかな」
「それでおかしくなってるのかな」

 説明できない不気味さを別の言葉で吐き出し頷き合い、Bくんを励まし、その夜はお開きになった。


 数日後、Aさんの元にBくんから連絡があったそうだ。
 いっしょに警察に行ってください、Cくんの件で、と。
 Cくんは廃ビルで亡くなっていたらしい。
 彼が所持していたスマホにはBくんからの着信履歴が多数残っていた。
 そして、推定死亡日のあとに二回通話した履歴が残っていた。
 通話の相手はどちらもBくんだ。
 一回目の通話時間は短く、二回目はもうちょっと長く話している。

「Cが誰かといて、Cが亡くなったあとにその誰かが電話に出たんじゃないかって言われて。事情を聴きたいってオレ呼ばれてて。先輩いっしょに話してくださいよお願いします」

 二回目の通話は居酒屋に集まった夜のものだ。実際に通話ボタンを押したのはAさんなので断るわけにもいかない。警察署に同行し、見聞きしたことをすべて話した。
 仮にイカレた女がCくんといっしょにいたとして、Cくんが亡くなったあともしばらくその場にいたのだとしたら、一回目の通話は説明がつく。
 しかし二回目は間違いなくCくんの声だった。説明がつかないけれど、事実、そうなのだ。

「まあ、そしたら心不全ってことになるんだけどね」と、調書を取っていた警察官が言う。「このビルはね、昔からこういうことが多いんだよ。肝試しに行った人が亡くなったりね」

 そのビルは、一等地に建っているのにテナントがひとつも入っていないのだそうだ。かと言って取り壊されもせず、警備もなく、放置されている。〝良くない〟ビルなのそうだ。
 そもそも何故Cくんがビルに行ったのか。肝試しでないことは確かだが、はっきりした理由はわからない。
 ビルに誘われたってことなのかな、とAさんは呟くように言っていた。


※「ザ・禍話 第七夜」より

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