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双子星の夢

巻き貝が息吹き返す 夢の渦に海呑まれ
山の珊瑚は覚えているか
渦のゆくえを覚えているか

エルクの伝承唄『双子星』より

私が訪れたのは、双子星と呼ばれる二重惑星だった。たしかに惑星の形状はそっくりで、どちらもほんの少ししずく状にゆがんだ形をしていた。片方は白い海に覆われ、もう片方は緑豊かな星だった。

緑の星の草原で、双子星の片割れの真っ白い海が欠けたり満ちたりするのを、エルクたちと見上げるのが好きだった。緑の星から見た白い星は、大きな月のようだった。

しずく状にゆがんだ惑星の突起部分は、月の満ち欠けに応じて霧深くなったり晴れたりしていた。エルクたちは私が高原の向こうに見えるその霊峰に近付くことを許さなかった。私は高原の民エルクたちに敬意を払い、その言いつけを守った。

エルクたちの頭には、雌にも雄にも珊瑚の角が生えていた。

私はエルクたちが霊峰と巨大な月を背にゆっくりと草をんでいる様子を眺めるのが好きだった。月が重なる季節は山から霧が降りてきて、高原にうっすらぼやけた風が吹いていた。風は海のにおいがした。

エルクは草をむ。背中や尻尾は潮気を帯びて濡れている。この季節、幼獣はいつもより興奮しやすく、穏やかな成獣のエルクたちもまた、しばしば嬉しそうに鼻を鳴らしたり、月を仰ぐように高く吠えたりすることがあった。水滴を散らした珊瑚も、やはり生き生きとしていた。

エルクたちは私をとても親切に迎えてくれた。惑星の歌を採集しているのだと話すと、いくつかの伝承唄を披露してくれた。彼らと生活を共にしている中で、とりわけよく耳にしたのが『双子星』の歌だった。

霊峰に足を踏み入れることが許されるのは、生まれてから月が一巡りした幼獣だけだった。幼獣は『双子星』の歌を口ずさみながら、高原を去ってゆく。頭蓋にふくらむポリプは霊峰の霧を浴びて出芽し、珊瑚を携えた彼はもはや幼獣ではなく、成獣の群れに迎えられる。

私が誕生を見守った幼獣も、気がつけば高原を去る齢を迎えていた。一緒に低木の茂みで遊んだり、棒の引っ張り合いをしているときでも、ふと立ち止まって遠くに耳をすませ、ぼーっとするようなことが増えた。そんなとき、私はエルクたちと一緒にいると感じる、疎外感のようなものを意識する。彼らが聞く珊瑚の声が、私には聞こえない。珊瑚で語り合う彼らの会話が、私には聞こえない。

幼獣は頭の中にくぐもる珊瑚の声に導かれて、霊峰の霧の中に吸い込まれていった。また月が巡り、高原に帰って来たあの幼獣の目は、確かに私のよく知る彼のものなのだが、全く違う別のエルクのようでもあった。

私がエルクだと思っている彼らは、珊瑚こそ本体なのかもしれない。エルクの幼獣が成獣になるとき、それはむしろエルクであることを終えて、珊瑚になったということなのかもしれない。

双子星でエルクと過ごした日々は、思わぬ形で終わりを告げた。
その星に雨が降った。しおっからい雨が。月が満ちている。真っ白い月が。

エルクたちは、珊瑚をふりながら霊峰に登っていった。一頭、また一頭と高原から姿を消した。雨が降っている。私はその背を見送りながら、いつか聞いた詩の一節を口ずさんでいた。雨が蕭々しょうしょうと降っている。

私は船に乗って、雨が降り続ける惑星ほしを離れた。エルクたちが、歌っている。『双子星』の歌だろうか。彼らは珊瑚をきらめかせながら、濡れる霊峰を登る。高原からジャングルとマングローブを隔てた向こうにある海が沸いている。湯気と雨が、惑星を眠らせる。白い海の夢が、惑星を呑み込もうとしている。

双子星が互いの霊峰を向き合わせる。緑の星は白い星とその役割を交代しようとしている。もうじき、月が満ちる。珊瑚の興奮がエルクたちの脚を霊峰の頂に向かわせる。渦を巻く山頂の噴火口に。

私は船からエルクたちの最後を見届けた。
頭上の珊瑚は山頂に向かうにつれて成長し、首のたてがみ、背中、腹にまで広がってゆく。まだ珊瑚の角が出芽していなかったはずの幼獣たちにも、珊瑚が生えてきていた。エルクたちは月を目指す。私には聞こえない珊瑚の声に従って。

全身が珊瑚に覆われたエルクたちは、噴火口の向こうに姿を消していった。
双子星の月が満ち、ふたつの霊峰が互いに手を伸ばすそのとき、大地は震え海がとどろき叫び声をあげて、珊瑚の産卵が始まった。噴火口から吹き上がる燃える潮は宇宙空間に飛び出し、眠っている双子星の海に降り注いだ。

じきに緑の星は白い海の中に眠り、また夢を見る。あるいは緑の夢から醒めるのかもしれない。月であった白い星は、地表を覆っていた海を胎内に呑み込み、ざらざらとした白い地表をむき出しにした。

それは巨大な白い巻き貝だった。

いずれここに緑が満ちる。大きな白い月を背景に、珊瑚を生やすエルクが草をむ。雨が降っている。雨が蕭々しょうしょうと降っている。

(1997文字)


生まれて初めて参加する、文芸賞たるもの・・・物語たちの集う場所🫣!!
この短編小説は、花澤薫さんが主催する「すべて失われる者たち文芸賞」のための応募作です。

主催者の花澤薫さんが出版された短編集はこちら↓


ずっと頭の中に浮かんでいた景色。それをコトバを通してこの世に通してあげられたことに安堵。成仏してくれ。もう夢の中にも現れないでくれ。なむ🙏

作中で触れた「詩」は、三好達治の『大阿蘇』です。たぶん、いつか読んだこの詩に感動してこの物語が浮かんだのだろうと思う。

↓詩の全文、詩の味わいや解釈について書かれている方のnote記事を発見!

そうそう、この詩『大阿蘇』の最後のワンフレーズ、

もしも百年が この一瞬の間にたつたとしても 何の不思議もないだらう

この、世界と時間の接点によせる感覚。私はこれを物語を通して表現したいのかもしれない。不思議な世界、世界の不思議さを取り上げたいんじゃなくて、不思議でぶっ飛んでると思われるような世界が、淡々と、ただそこに存在していることを描写するような。

そのためには技術も語彙も未熟すぎて、書きながら(そして無数にあるすごい作品たちを読みながら)落ち込むわけだけど。
実は「やっぱ、書くのやーめた!」となりかけていた今日このごろ、花澤薫さんの企画記事が再掲されているのを見て、気がついたら書いておりました。すごく、楽しかった。

すべて失われる者たち。

彼らの物語を、私も書きたい。

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