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【全文公開】実践コース:課題.5【何かが終わるシーンを書いてください】"「私」物語化計画"
オンラインサロン"「私」物語化計画"の「実践コース」。第5回のテーマは『何かが終わるシーンを書いてください』だ。詳しくはWebサイトを。課題の全文が公開されている。
「何かが終わるシーンを、400字詰め原稿用紙5枚以内で書いてください。ストーリーを説明するのではなく、あくまでもシーンを描写すること。」
"「私」物語化計画"の「実践コース:作家へのロードマップ」では参加者に毎月課題が出される。課題を提出すると、山川健一さんとプロの編集者による赤字・添削を受けることができるコースだ。
以下、この課題を読んだ感想というか、メモみたいなものだ。
わたしの感想
課題には、例によって注意書きがある。
何かが終わるシーンは、「制度からこぼれ落ちていく個体の悲しみ」という小説にとって最も重要な感情を描くことなしに成立しません。
したがってなるべく深い悲しみを書くように努力してください。ストーリーを作ろうとしないでください。まず「描写」することが大切です。
どこから手を付けたらいいものやら、というのが正直な気持ちだ。
「制度からこぼれ落ちていく個体の悲しみ」……なるほど。深い悲しみを書く……まあ、何かが終わるのだから悲しいって感情が生まれるわな。ストーリーを作るより、まずは「描写」……了解。ダメだ、それより先に脳みそが動いてくれない。
前回の課題「絶対に告白してはいけない相手に告白するシーン」は、制度というものを、いかに対象化すれば良いのか、というレッスンでした。
本来的に「絶対に告白してはいけない」対象というものは存在せず、それはあくまでも「制度」側の要請なので、このシーンを書けばごく自然にあなたにとっての「制度」というものがわかるはずでした。
しかし残念ながら、課題の趣旨に沿った原稿はお一人も提出されませんでした。難しかったのかな、と反省しております。
「課題の趣旨に沿った原稿はお一人も提出されませんでした」、こんなふうに書かれたら、さすがに悔しい。だが、「次はやってやろうじゃないか」という野心めいたものもめらめらと出てくる。主催の山川健一さんに「難しかったかな」と言われないように、今回の課題は気を引き締めて取り組まなくっちゃ。
さらには、こんな注意書きも。
例外的に予告しておきますが、5月の課題は4月に提出していただいたシーンを含んだ、400字詰め原稿用紙15枚の小説を書いていただきます。
まずシーンを書き、それをベースにプロット、その次にストーリーを構築するレッスンです。
初めに、深い悲しみを落とし込んだシーンを考える。深いを追求すれば、まあ、勝手にストーリーらしきものも付いてくるだろう。でも、悲しいって感情は言葉にするほど単純でも簡単でもないんだよね。演技力のない役者みたいに泣けばいいというものでもないし、叫べばいいというものでもない。ただ、それだけだと観客は興醒めしてしまうし、物語の外へと退場してしまうからね。悲しみを表現するのは意外に難しい。
さてさて、どのようなシーンにしようかな……。
掌編は3分ほどの音楽のように、と思っているが、今回はいつもと異なるアプローチを試してみたい。せっかくの機会だし、これまでのやり方と同じでは面白くないからね。そうだな、10分ぐらいの短編映画を制作する監督のような気分がいいかもしれない。ちょうど、こんな作品みたいに。
『10ミニッツ・オールダー』。15人の有名監督……ベルナルド・ベルトルッチ、ジャン=リュック・ゴダールジム・ジャームッシュ、チェン・カイコー、ビクトル・エリセ!など……が「時間」をテーマに撮ったオムニバス映画だ。どの作品も、監督の個性が出ていて素敵なんだよね。
とにかく、アプローチのイメージとしては、こういう感じで。頭をフル回転してガンバロ。
Text:Atsushi Yoshikawa
(注)感想はあくまでも、わたし個人の感想です。決して、"「私」物語化計画"の講義に対する正答や正解ではありません。