Book Mountain 《 MVRDV 》を見た。
MVRDVが設計した建築は日本にもある。表参道の神宮前交番付近から始まるキャットストリート、その入口にある【GYRE】は有名だ。さすがとしか言いようのない竹中工務店の施工により複雑な建築計画と納まりが精巧に建築された。ハイブランドやデザインショップが店を構えるGYREは、今や表参道のランドマークの一つである。
そんなGYREを設計したMVRDVに興味を持たないわけがない。彼らは自国でも多くの素晴らしい建築を設計してきたことを疑う余地はない。しかし素晴らしく見える建築だけにHPの写真だけでは不明瞭な詳細部がどのように納まっているのか気になり始めた。
私はRotterdam郊外にあるBook Mountainに目を付けた。
2012年に竣工したその建築は夕景、夜景の中で輝くように美しく撮影されていた。私は意地悪にも曇天を選んでその図書館を訪れることに決めた。
Rotterdam中心地からメトロでおよそ30分。Spijkenisse Centrumで下車する。駅から10分ほど歩くと目的地BookMountainに到着した。ちょうど雨が降り始めた。内心「建築見学日和になった。」と思った。
早速建物の中に入ろうとしたところ、メインエントランスが回転ドアであることに気が付いた。
オランダではよく回転ドアが使われる。イケアや大型ショッピングモールのなどある程度の規模の建物のエントランスであれば大抵回転ドアである。その理由を2点仮定した。1点は冬場の気温が非常に低いため空調効率の向上。もう1点は盗難抑止。オランダは比較的犯罪の少ない国ではあるが全く無いわけではない。回転ドアが盗難を防止できるわけではないが心理的な面でそれを抑止する効果はあるのではないだろうか。
しかし私がここで回転ドアが気になったのは、建物意匠を検討するにあたり平面計画が矩形でありそこから唯一その回転ドア部が突出してしまうからだ。平面計画では気になるが立面にすると意外と気にならないことも多々ある。しかし私はこの回転ドアの出は気になる。設計者でなければ分からない理由があるかもしれないのでこれ以上言わないが、私は気になった。
建物に入るとすぐ正面に本の崖があった。
1階はエントランスホールとエレベーターホール、トイレがある。ポール照明が街灯のようで建物内に街が延長されているようなイメージを持った。
階段を使い2階に上がったところから振り返りエントランス方向を見た。建物の中央を軸にぐるぐる廻るように回廊と階段がある。上階ほど中央に近づくため床面積は狭くなるが、代わりに利用者の数が減りフロアは静かになる。Book Mountainと名付けられたこの建築のすべてを表現しているように感じたシーンだった。
2階にあがると本の崖から本の山になった。しかし頂上は見えず、回廊と階段はまだまだ続く。
ここでふと気づいたことがあった。外皮となるガラスを支える木質構造体が創り上げる内部空間は無柱。私は構造計画には明るくないので良く分からないが、合掌造の扠首構造のようにして解決しているのかもしれない。
2階にはカフェ(おそらく当初は無い)、ブラウジングコーナー、キッズコーナー、インターネットコーナーなどがあった。2階は大人同士がおしゃべりしたり子供たちキッズコーナーで遊びとても賑やかだった。もしろんそばで勉強している人もたくさんいたが彼らはヘッドホンをし、それを気にしていないふうだった。
3階に上がると突然静かになった。孫に本を読むおばあさんの声だけが聞こえていた。オランダでは子供が利用する場所はカラフルでポップな内装にデザインされていることが多い。そしてそれはよく目立つところにある。
Rotterdamの市役所にあるキッズコーナーは応対カウンターからよく見える位置にある。子供が大きな声を出すこともあるが誰も気にしない。親が応対カウンターで相談している時でも目の届くキッズコーナーでなければそれは役に立たない。
余談だが、オランダは子育てや幼児教育に力を入れている。例えば、会社は家庭の事情を大きく考慮する。日本に比べ休みがとりやすく、平日でも図書館を利用する家族をよく見かける。
この読書コーナーは私に、登山中に休憩を取ろうと選ぶ雪崩を受けない岩場空間を連想させた。このような意匠は設計者の人柄が特に表出している気がする。
このコーナーは集中して1~3人程度で制作、学習するために使うようで、ラップトップで課題をしている子供たちがいた。
4階はガラスの勾配屋根が近く曇天でもとても明るい。幅をもたせた通路と四隅に用意されたスペースには家具が置かれ、静かに読書を楽しむことが出来る雰囲気があった。
個人的に、家具がイームズのプライウッドチェアが選ばれていたことは意外だった。
5階は実質的に最上階でありとても静かな空間だった。
現在はカフェとして使用されていないが家具がそのまま残され、そこで子供たちが勉強をしていた。
見晴らしの良い最上階にカフェを計画することは誰もが検討したいことだ。しかし今回のような山のような図書館の最上階が賑やかになると問題かもしれない。そのような理由かは分からないが、現在カフェは2階で運営されていた。
5階のもう一つ上にある小さなスペース。使用用途は不明だが5階との関係性を考えると使い方によっては面白い空間になるかもしれない。
また、正面の煙突のような構造体の穴が建物トップに溜まった暖かい空気を吸い、煙突先端から外部に排出しそうだ。
建築家であればきっとトイレは気になるはず。私はどんな建物でも必ずトイレを見ることにしている。
このトイレはいたって普通のトイレでちょっと拍子抜けした。
もちろんオランダ仕様なので機器形状は異なるが平面計画はとてもシンプル。トイレの扉を開けると左側の壁に小便器が並び、右側に便房がある。そして入り口扉の左隣に手洗器。
屋根の木質構造材にはメンテナンス用の階段、その階段を移動させるためのレール、スプリンクラー配管、照明器具といろいろな設備が設置されていた。意匠的には出来る限り見せたくはないものだろうけど、簡素にすることで違和感がないように計画されていた。
どのような時に使用される窓なのかは分からないがリミットスイッチがあるところを見ると非常時だろう。近くにオペレーターが見えなかったので一括操作だろうか。
2階にて良いものを見つけた。外皮部廻りの断面ディテールである。
分かる人にはこれがどれほど大切か、そしてこれを見て1時間は議論できるかもしれない。
断熱材が入っている地中部空洞の用途は不明だが空調ルートなのかな?と思ったり。分かる人は教えてください。
建物角の納まり。サッシと構造体を繋ぐ金物に苦労の跡が伺える。
各木質構造体の間に鋼管が設置されている。かつての長押のような柱同士を固定させる役割かもしれない。
全体を通して奇抜なディテールは目に留まらなかったがそれぞれに苦労の跡が見える。しかしそれを違和感のないように納めており技術力の高さが伺える。
地盤が下がったようにも見えるが、開口部に擦り付けたのだろう。
建具は経年によりそれなりに痛みがあった。建物際の狭いグレーチングのような金物の目的は水路側溝だろうと予想したが正確には分からない。
外壁は細かく見ると劣化が進んでいる。特に雨や雪の多いオランダでは建物の継続的なメンテナンスは大切になる。
約1時間、この建築を見学した。
竣工から10年以上が経過し一部で見られる劣化のせいかHPで見るような煌びやかさは感じられなかった。しかし建物内は屋外のように明るく、訪れた人たちが気持ち良く過ごすことのできる空間があった。
図書館には平日にもかかわらず多くの利用者がいた。利用者が多い建物はいきいきとしている。この建築はこの街に住む人々の生活にとてもうまく馴染むことが出来ているように私には見えた。
オランダには登山ができるような山は無いけれど、とても楽しく読書と山歩きが出来る建築に出会うことができた。