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第79葉, 「よるのあと」とか 蜂蜜ヨーグルトとか 窓とか

こんばんは、yasu59 です。
今夜は オーリーのインスタライブを聴きながら、これを書いています。おそらく 投稿する、数日前の出来事となるでしょうが。「あさま」、最高です。

最近は オーリーの「窓」を何度も聴いている。もう最高、これがファーストミニアルバムの収録曲とは 驚きである。先日 買った、オーリーが特集されたユリイカの増刊号もまた 最高なのである。まだまだ、というよりも 知らなかった事だらけである… 恥ずかしながら。

そのユリイカ増刊号にて、「サウンド・マター」という言葉を知った。概念というべきなのかもしれないが、面白いモノである。よく言う「雨の匂い」とは、”雨に濡れたアスファルトの匂い” である事が しばしばあると思う。それに 少し似ていると思うのだが、雨の音とは 雨が何かに当たってから、その何かを震わせる事で生じた音である。風の音、も また然り。

だからと何だ? と問われれば それ迄だが、単純だが 根源的で、かつ 身も蓋もない話でもある。案外 そんなモノなのかもしれない、と思わされる。

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久々に聴きたくなって、adieu の曲を聴いた。

持った思い出のすべて 悲しみだけじゃ寂しいでしょう
よるのあと 呪い解いてあげるわ

adieu, 「よるのあと」より

呪(まじな)い という歌詞と、キリンジの「エイリアンズ」が 自分の中で交差する。そして、「よるのあと」という題と オーリーの「春」の歌詞全体が呼応する。夜という 紫のイメージも相俟って、最終的には… ゲイというセクシャリティ自体が、サウンド・マターのように 単純だが根源的で、かつ 身も蓋もない話で、案外 そんなモノなのかもしれない と思わされる。

そう思いたいだけの ただの願望、かもしれない。
けれども、紆余曲折あって… ありすぎて、その結果 こう書けた事。
それ自体は 間違いなく、春だ。
春 "かもしれない" ではなく、間違いなく 春だ。

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思い返せば、私が好きなお店には 素敵な窓がある事が多い。通りが見える窓、通りが見下ろせる窓、街路樹が見える窓、川のそばの樹々が見える窓、はたまた (反対からみて)今日も お店が開いている事を示す、明かりの灯った窓。

今日も、遠出して 好きなお店のいくつかに立ち寄った。その中に ヨーグルトの美味しいお店がある。自家製のヨーグルトが小さなカップに入れられ、さらにその上には(自家製の)ジャムがのせられている。独特のコクがあって美味しく、また 珈琲にも合う。

それを、この前は ジャムではなく、蜂蜜で サーブして下さった。それもまた、とても美味しかった。家に帰ってから、それを自宅で真似して 食べてみた。十分すぎるほどの、ご馳走だったのだ。

ただ それだけの事だ。それらに励まされたという、単純なコトだ。

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窓 と コップ、
最近 大事にしたいと思える、イメージである。
備忘として。

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遠出する時の手荷物を出来るだけ 少なくしようと、最近ふと 思った次第である。そんなこんなで、これを投稿する今も蜂蜜ヨーグルトを食べている yasu59 でした。

ー筆おきー

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