【脚本公開②】「朗読劇 ミニチュアワールド」
世にも奇妙な系のファンタンジーです。
短編。
初演
劇 市川アートフェスティバル「桜」公演
惑星ロケット/「朗読劇 ミニチュアワールド」
日程 2013/03/23~24
会場 市川市市民会館ホール
タイトル
「朗読劇 ミニチュアワールド」
登場人物(男2・女1・男女可2)
御曹司(男)
召使い(男女可)
奇書蒐集家(女)
占い師(男)
ナレーション(男女可)
上映時間の目安
20分~30分
本文
オルゴール調のBGM。
薄暗い照明。
キャストは全員脚本を持っている。
全員、客席に向かって一礼してから、それぞれの椅子に座る。
ナレーションにスポット。
ナレ 「あるところに、一軒の立派なお屋敷がありました。そのお屋敷には、大きな会社の主とその一家、そしてたくさんの召使いが住まっていました。ですが、突然の主人の死を堺に、屋敷の人間が一人、また一人…と消えていきました。不思議に思った当主の息子は、その原因を解明するために、警察や、探偵や、医者や学者や予言者、果ては花屋や牛乳屋なんかを呼んで調べさせましたが、原因はわかりませんでした。困り果てた御曹司は、藁にも縋る思いで、高名な占い師を呼びました。その占い師は、屋敷で起こった怪異について占うと、御曹司に向かって、一言言いました。」
占い師にスポットor舞台全体を薄暗く。
占い師 「全ての怪異の原因は、呪いの書にあります」
ナレ 「と…。」
地明かりをつける。
ナレ 「そうして、もうすっかり人が消えてしまったお屋敷の一室に、御曹司とその召使い、占い師と、占い師が呼び寄せた奇書や古書を好んで蒐集しているコレクターの4人がひっそりと集まったのでした。」
御曹司 「本日はよくいらっしゃいましたね。自由におかけになって下さい」
ナレ 「始めに口を開いたのは、御曹司でした。」
占い師 「やや、これはどうも」
ナレ 「次に占い師、」
蒐集家 「お言葉に甘えさせていただきますわ」
ナレ 「そしてコレクターが来客用のソファに腰を下ろしたところで、召使が人数分のティーカップと茶菓子を持って来ました。」
召使い 「どうぞ」
蒐集家 「あらありがとう」
御曹司 「もうこの屋敷には僕と婆やしか居ないもので、手入れの行き届いてない屋敷にお呼び立てして申し訳ありません。」
占い師 「いやいや、お気になさらずに。私も彼女も好事家なもんで、そんな事は気にしないのさ」
蒐集家 「そうですわ。それに私は…早く、例のあの子に会えさえすれば、何の文句もありませんの」
占い師 「君は相変わらずだねぇ」
召使い 「あの子、とは」
御曹司 「こいつの事でしょう」
ナレ 「そう言って御曹司は、一冊の古びた本を取り出しました。深い紫色の革張りの表紙に、題字の印刷は無く、代わりに表紙の下部に金の文字で小さく番号が付されているのみでした。その数字は…」
蒐集家 「8528番目の呪いの書…ですわね」
御曹司 「いつからこの屋敷にあったのかはわかりませんが…何しろ、見つけたのはつい先日なのです。彼の導きによって、発見された」
召使い 「私も長くこの屋敷で働かせていただいておりますが、そのようなものは存じ上げませんでした」
占い師 「そりゃそうでしょう! だからこその、呪いの書、だ。」
蒐集家 「拝借してもよろしいかしら」
御曹司 「もちろんです」
ナレ 「呪いの書は、御曹司の手からコレクターの手へと渡りました。コレクターはすぐさまその書を腕の中に抱き、心酔し始めました。」
蒐集家 「あぁ…会いたかった…。あなたはなぜこんなにも私の心を惑わすのかしら…。魅惑のあなた。私は、このときを、心待ちにしていたのですわ…。」
御曹司 「危ない人ですか?」
占い師 「彼女はいつもこうなのさ」
蒐集家 「…こほん、失礼いたしました。つい興奮してしまいましたわ」
召使い 「お茶のお替りをどうぞ」
蒐集家 「ありがとう」
ナレ 「コレクターは、ティーカップに口付けるようにそっと一口紅茶を啜ると、御曹司に向き直り語り始めました。」
蒐集家 「この子は、魔法使いの8528番目の呪いの書、通称「箱庭」と呼ばれている代物ですの」
御曹司 「箱庭…?」
占い師 「そう。このナンバリングは意図的なものだろうねぇ…」
御曹司 「意図的…?」
召使い 「坊っちゃん、語呂合わせではないでしょうか」
御曹司 「はっせんごひゃくにじゅうはち…は、こ、に、…あぁ、なるほど」
蒐集家 「魔法使いの呪いの書は…」
御曹司 「すみません! 話についていけないんですが、そもそも、魔法使いって」
占い師 「あぁ、やっぱりにわかには信じがたいよねぇ。それも無理はないさ。君たちは、魔法使いなんて寓話の中にしか存在しない、架空の存在としか思っていないんだろう」
御曹司 「…違うんですか?」
占い師 「違うとも」
蒐集家 「私たちの言う“魔法使い”は、それこそ架空の人物や伝説なんかではありませんのよ」
召使い 「坊っちゃんにもわかるような易しい説明でお願い致します」
御曹司 「婆やひどい」
占い師 「いいでしょう。…ううむ、わかりやすく言うと、現代の呪術師ってところかね」
御曹司 「呪術師…っていうのも、実在してるとは考え難いんですが…」
蒐集家 「あら、随分と呑気ですのね。この屋敷の人間が根こそぎいなくなったのも、呪術によるものでしてよ」
御曹司 「けど、呪いなんて」
蒐集家 「ありますわ。」
召使い 「言い切りますね」
蒐集家 「当然ですわ。呪術を否定するということは、即ち私の愛する奇書たちの存在をも否定するに等しいのですから!」
占い師 「でもほら、実際にこうして不思議なことが起きてるわけだし…ますは“呪い”や“呪術師”…いや、“魔法使い”の存在を信じないことには、話は進まないわけで」
御曹司 「で、でも…。」
蒐集家 「実際に、怪現象が起きているのでしょう? あなたの仰るように、もしこれが呪術のせいでなく、科学や医学で説明できるような事象であれば、警察にでも調べさせればすぐに原因なんてわかったはずですわ。…けれど、そうじゃなかった。当たり前ですわ。科学や医学と、呪術なんて、全く畑違いのジャンルですもの。…ねぇあなた。それこそが呪術の、いえ、魔法使いの存在を裏付けることになるのではありませんか?」
御曹司 「そ、それは…。」
占い師 「まぁまぁ、落ち着き給え。ささ、ほら、ここに君の大好きな焼き菓子があるよ」
ナレ 「占い師はお茶請けに出されたクッキーやマフィンの載った皿を、コレクターに差し出しました。」
蒐集家 「子ども扱いしないでくださる?」
占い師 「私の分もあげよう。ほら、食べなさい」
蒐集家 「……ありがとう。」
御曹司 「仲が良いんですね」
占い師 「家が隣だったんだ」
召使い 「それはまたベタな…」
蒐集家 「美味しい…」
ナレ 「コレクターは、皿の上にたくさん載っていた焼き菓子をすっかり平らげてしまいました。」
御曹司 「あっ僕の分までなくなってる!」
蒐集家 「何のことやらわかりかねますわね」
御曹司 「もう! 明らかにアナタが犯人じゃないですかぁ!」
召使い 「坊っちゃん、まだありますから」
ナレ 「そう言って、召使いは残りのお菓子を取りに部屋を出ました。」
御曹司 「うぅ…僕もいま…いま食べたかったのに」
占い師 「落ち着いたかい」
蒐集家 「えぇ。」
ナレ 「コレクターは、ポケットから白いハンカチーフを出して口元を拭うと、御曹司に向き直り問いかけました。」
蒐集家 「それで、どうなんですの? 少しは信じる気になりました?」
御曹司 「僕はいま、あなたのその体のどこにあんな大量のお菓子が消えてしまったのかという謎に興味があります」
蒐集家 「私の話、きちんと聞いていましたの?」
御曹司 「睨まないでくださいようこわいよう」
召使い 「坊ちゃん、お待たせしました」
ナレ 「召使いがトレーに焼き菓子をたくさん盛った皿を載せて戻ってきました。御曹司の目の前にその皿は置かれます。」
御曹司 「よっしゃ!」
蒐集家 「……そろそろ話を戻しますわよ?」
御曹司 「アナタのせいでしょうが!」
占い師 「まぁまぁ」
蒐集家 「よいですか? 呪術は実在します。その証拠がこの奇書と、それにまつわる怪異ですわ。あなたはそれを目の当たりにしてきたはず…。」
御曹司 「…ううん、やっぱりはっきりと信じることはできませんけど…信じないと始まらないというなら、そうですね。……信じます。」
召使い 「私も、信じましょう」
蒐集家 「ふふ、お二人とも素直でよろしいこと。では、呪術師、いえ、魔法使いは実在するという前提で話を進めますわよ。」
御曹司 「お願いします。」
ナレ 「コレクターは、満足そうに喉を鳴らすと、傍らに置いていた呪いの書「箱庭」を、全員が囲むテーブルの中央に据えました。」
蒐集家 「この子は、先ほどもお話しした通り、魔法使いの8528番目の呪いの書と呼ばれています。まず背景ですが、かつて魔法使いは呪術…いわゆる、“魔法”ですわね…を使って、人々を導いたり手助けしたりするような立ち位置のものでした。医者に近いものと考えてくださって構いませんわ…。薬品を調合し、人々の病気を治したり、まじないや祈祷で人々を幸福へと導いていました。」
御曹司 「えぇと、それまでは人間を助ける存在だったってことですか?」
占い師 「そうだね。昔は技術も発達していなかったから、それこそ神様のような存在に見えただろう。…私たちのような、普通の人間にはね」
蒐集家 「それがいけなかったんでしょうね…。いいですか、魔法使いというものは大いなる知恵を持った存在なのです。賢者とも言うくらいですもの。そんな魔法使いの行いは、それこそ人々の目には神秘的に見えて仕方がなかったのでしょうね。人々は、やがて魔法使いを崇め奉るようになりました。」
召使い 「お一つ、質問してもよろしいでしょうか」
蒐集家 「どうぞ?」
召使い 「このお話に出てくる魔法使いは、ただ一人なんですか?」
御曹司 「ひとり、って?」
召使い 「坊ちゃん。伝承に出てくる魔法使いは何人も何種類もいるでしょう。坊ちゃんは書物や遊戯が好きだからよくわかっているはずですよ。魔法使いは、物語のお助け役としても、悪役としても登場するでしょう。」
御曹司 「あっ…そっか! シンデレラに出てくる魔法使いと、白雪姫に出てくる魔法使いのようなことを言ってるんだね?」
召使い 「坊ちゃんに理解して頂けて婆やはうれしく思います。」
蒐集家 「先ほどから思っていましたけれど、どうやら主人よりも家来の方が理解力が高いようですわね」
召使い 「ぐうの音も出ませんね坊ちゃん。」
御曹司 「ぐう。」
占い師 「まぁでも大事なことだよねぇ。団体と個人とじゃ影響力が違ってくる。うん、それはここで話しておいた方がいいねぇ」
蒐集家 「褒めて遣わしましょう。この話に登場する魔法使いは、団体名ですわ」
御曹司 「じゃぁたくさんいるってことですか」
占い師 「たくさんというほどたくさんではないだろうけど…大昔から今まで、呪術を受け継いで生き残るくらいの数はいるだろう」
召使い 「今も、今この瞬間も、どこかに魔法使いは存在していると?」
蒐集家 「えぇ、もちろん。」
占い師 「まだ呪いの書がこうして存在しているんだから、そうだろうねぇ。」
御曹司 「どういうことですか?」
蒐集家 「順に説明しますわ。おとなしく聞いていることね」
御曹司 「ぐぬぬ」
蒐集家 「魔法使いは神格化されました。それでも最初は平和でしたわ。神と、信者。美しい構図が出来上がりました。けれど、いくら神と崇め奉られたところで、魔法使いだって人間です。神格化されることで全能感にあふれ、ついには自分たちが人間よりも上位の生き物であるという認識をするようになる。」
御曹司 「つ、つまり?」
占い師 「本当に自分たちを神のような存在だと信じ切ってしまったということだよ。そうなってしまったら、もう、彼らにとって、自分たちを崇める人間たちなんて同じ生き物とも思えない。」
蒐集家 「魔法使いは、人間たちを捕食するようになりました。」
御曹司 「ほしょく…」
召使い 「魔法使いが肉食動物、人間が草食動物です、坊ちゃん」
御曹司 「いや、人間は人間でしょ! 動物じゃないよ。魔法使いも人間じゃん!」
蒐集家 「捕食…そうですわね、もしくはモルモットと言ったところでしょうか。人間をどのように利用すれば自分たちの利益につながるかを考えましたの。」
占い師 「はじめは、本当に、少しずつ実際に食べていたって言うよ。けれど、それでは人間たちに怪しまれてしまうのも時間の問題だろう…そう考えた魔法使いたちは、やり方を変えるようにした。」
蒐集家 「先ほど、魔法使いはまじないや祈祷をしていたと言いましたわね。あのね、呪いとまじないって、実質同じものなんです。ただそれが、人間にとってプラスに働くものかマイナスに働くものかって違いしかありませんの。」
占い師 「人間たちを何度か捕食することで、人間の持つ精神を吸収して流用すれば、自分たちの魔力…呪術の成功率や威力、みたいに考えるとわかりやすいかね…を高められることに気がついたらしいんだ。人間の体ごと吸収してもいいけれど、もっといい方法がある」
蒐集家 「人間の体から、魂だけを取り出すんです。精神は魂に宿ると言われますもの、それが一番手っ取り早いですわよね」
御曹司 「で、でも、そんなこと、簡単にはできないですよね」
召使い 「それこそ、呪術を使った…というわけですか?」
占い師 「ご名答。呪術の威力を上げるために、呪術を使って狩りをしたんだ。そりゃぁ、魔力はどんどん強力になっていくよね。」
蒐集家 「肉体という器から魂だけを取り出す。原因の解明なんかできませんもの、人間たちは事故か病気か、それとも祟りかと騒ぎ始める。そこを、魔法使いたちは、自分たちの言うとおりにしていれば安心ですと唆す。それを信じた人間たちをいいように操って、精神をじわじわ吸収していく…。そうして吸い尽くしたら、別の土地に赴きまた初めから同じことをするんです。原因なんかわかるはずありませんわ、解明に近づいたものもすべて消えてしまうんですもの。」
召使い 「…人間って、恐ろしいですね。自分より下のものになら、どんなひどいことをしても構わないって、思うようになってしまうんですね」
御曹司 「…そうだね。」
蒐集家 「ですが、いつまでもそんなことを続けるわけにはいきませんでした。彼らは賢かった。人間に対する直接の干渉がリスクを伴うことだと気付いたんです。だから、自分たちのかわりに狩りをする道具を作った。」
御曹司 「どうしてリスク?」
召使い 「新興宗教ってあるでしょう、坊ちゃん。あれ、信者も多いですけど不信感を持ってる人も多いでしょう。」
御曹司 「あぁ…。怪しまれるかもしれないって思ったんだね」
蒐集家 「その、呪術を使った狩りをするための道具が、この呪いの書ですわ。一万冊あると言われていると言いましたわね。けれど、その大半はダミーなんじゃないかと、思いますの…。」
御曹司 「どうしてです?」
蒐集家 「木を隠すなら森の中というでしょう。たくさんのダミーの中に、少しだけ本物の呪いをかけておけば、本物が見つかってしまう可能性が低くなる。実際に、あなたたちは今の今まで、呪いの書の存在なんか知らなかったはずですわ。」
御曹司 「それは、確かに。」
占い師 「今はもう呪いの書の数は淘汰されていっている。その淘汰されていったものがダミーなんじゃないかとね」
蒐集家 「実のところ、すべての呪いの書の本物の数も、呪いの効力も、把握しているわけではありませんの。ただ、何種類も呪いの書の種類はあるとだけ。たとえば、持ち主一人の精神を、所有しているだけでじわじわ吸収していくとか、呪いの書に実際に素人でも簡単にできる呪いの方法が記述してあって、それを実行した人間と使われた人間の両方の精神を吸収するだとか…」
占い師 「さて、ここからは君たちが話す番だ。聞かせてくれるかね? この館で起こった怪異を…。彼女は、詳しくは知らないもんでね」
御曹司 「…そうですね。初めからお話ししましょう。」
ナレ 「召使いは、すっかり空になっていた御曹司のティーカップに、紅茶を注ぎ入れました。それを見て、御曹司はひとしきり湯気を吹き消した後、ティーカップに口をつけました。」
御曹司 「僕の家はもともと、テクノロジー系の子会社をまとめる大きな会社でした。この屋敷には、祖父、祖母、父、母、兄、そして僕が住まっていて、他はみなお手伝いさんでした。お手伝いさんは、全員合わせて百人程度いて……でも、僕の家族も、婆や以外のお手伝いさんも、みんな父の死をきっかけに姿を消してしまいました。」
召使い 「そもそも、ご主人様もなぜお亡くなりになられたのかというはっきりした理由はわからないんでしたよね。肺を患っておられて、定期的にお医者様に健診を行っていただいていましたけれど、死に至るような病状の悪化はなかったと…。」
御曹司 「それからです。屋敷の人間が少しずつ、行方不明になっていきました。…僕の家族も、お手伝いさんたちも…。期間にして、半年くらいでしょうか。その間にみな忽然と姿を消してしまったんです。」
召使い 「怪異と呼べるものかはわかりかねますが、すべてにおいて原因がわからないということは、薄気味悪いこともあり…坊ちゃんがお二人をお呼びしたというわけです。」
御曹司 「ごめんなさい。お話するとは言いましたが、僕たちもわかっているのはこのくらいなんです。元々、兄が会社を継ぐ予定だったこともあって、僕はお屋敷のことにはあまり干渉していなかったんです。父も兄も居なくなってしまったので、今は、父についてよく働いていた、マネージャーさんが会社をまとめてくれています。だから、僕は会社のことは何も知らない…。」
召使い 「坊ちゃん…。」
御曹司 「でも、もしこうなってしまうとわかっていれば、もっと、父様や母様やお兄様と、会話をすべきだったと…思います…。今となっては、仕方のないことですが…。」
ナレ 「今にも泣きだしそうな御曹司の背中を、召使いが優しくさすっていました。」
蒐集家 「心中お察し致しますわ。お辛いでしょう、お話ししてくださってありがとうございました。」
御曹司 「なんかアナタに気遣われても……気味が悪い…」
蒐集家 「私、お暇させていただこうかしら」
御曹司 「うそです! すみません!」
召使い 「坊ちゃん」
御曹司 「大丈夫、反省してる」
蒐集家 「……はぁ。まぁいいですわ。だいたいの見当はつきました。」
御曹司 「ほ、本当ですか!」
ナレ 「御曹司が身を乗り出し、コレクターに詰め寄りました。コレクターは、すっとさりげなく身を引きました。」
召使い 「坊ちゃん、お行儀悪いですよ」
御曹司 「重ね重ねスミマセン…。」
蒐集家 「ふふ、いいですわ。私、今、とっても気分がいいの」
占い師 「あぁ、気が付いた?」
蒐集家 「もちろんですわ。あなた、相変わらず意地が悪いのね。」
占い師 「お褒めの言葉として受け取っておこうかな」
御曹司 「??? あの、お二人はいったい何の話を…」
蒐集家 「いいですか? まず、屋敷の人間が消えてしまったという原因は、この「箱庭」で間違いないでしょう。」
召使い 「質問です」
蒐集家 「はいどうぞ。」
召使い 「先ほど、魔法使いは呪術で人間の肉体から魂だけを取り出すと、おっしゃっていましたよね?」
御曹司 「どういうこと?」
召使い 「魂だけなくなるなら、肉体は残るはずでしょう、坊ちゃん。」
御曹司 「えっと…?」
占い師 「彼女は、屋敷の人間が行方不明…つまり、肉体ごと姿を消したってことを気にしているんだよ。」
蒐集家 「そう思うのも無理はありませんわね。だって、この子は、他の呪いの書とは違いますもの」
御曹司 「どういうことですか?」
蒐集家 「この子の通称は「箱庭」と言います。それは、覚えていますわよね?」
御曹司 「えぇ。」
蒐集家 「その名前の通りなんです。この子は、この小さな体に、今まで数多の人間を閉じ込めてきたのです…。」
御曹司 「……え?」
召使い 「だから、「箱庭」と?」
占い師 「そう。この本は、これだけで、小さな世界を持っているんだよ。」
蒐集家 「この中には、一つの物語が記されています。この子はね、物語を読んだ人間をみな魅了して、自分の中に体ごと取り込んでしまうんですわ。」
御曹司 「はぁ!?」
召使い 「坊ちゃん、お行儀」
御曹司 「いやいや、落ち着いてられないよ!」
召使い 「まったく、お気持ちはわかりますけどね」
蒐集家 「信じられなくても、それがただ一つの真実ですのよ。」
御曹司 「えぇ…」
占い師 「まぁ、お坊ちゃまや給仕さんは君のような怪現象大好きっ子じゃないんだから、信じられなくても仕方はないかもね。そもそも、今まで住んでいた世界が違うわけだから。」
蒐集家 「いくら自分にとっては現実感のないことでも、現実に起こったことだということだけは理解していただけますかしら。そうしないとまたお話が止まってしまいますわ。」
御曹司 「ううん、とりあえず、わかりました。」
召使い 「私も、わかりました。」
蒐集家 「いいでしょう。……ここからは、私の想像になるのですが…。」
ナレ 「コレクターは、まだテーブルの上に残っている焼き菓子に手を伸ばしながら、話します。」
蒐集家 「お父上が亡くなられた時には、この子の他に、もう一冊呪いの書があったのではないかしら。先ほど言いましたよね、所有しているだけで所有者の魂をじわじわ吸い取っていく呪いの書もあると…。」
占い師 「人間は、大金持ちってだけでどこかで恨みを買っているものだからねぇ…。テクノロジー系の会社ってくらいだし、新技術の開発にこちらの技術書はいかがですかとかなんとか言って、お父上に密かに恨みを持つ人間が渡したんじゃないかなぁ」
蒐集家 「そして、所有者の魂を吸収した呪いの書は、次の獲物の手に渡ったんでしょう。今はもうこのお屋敷にはないかもしれませんわね…でも、構いませんわ。手がかりを見つけただけで十分。」
御曹司 「ちょ、ちょっと待ってください! じゃぁ呪いがどうのって言ってても、結局は人為的なものが原因ってことですか? 父は、恨まれていたから呪われてしまった……んですか?」
蒐集家 「それだけでは、ないでしょうが…。お父上にその呪いの書を渡した人間と、この「箱庭」をお屋敷に潜ませた人間とは、もしかしたら同一人物かもしれませんわね。」
御曹司 「ど、どうして…」
蒐集家 「そうすれば、お屋敷と会社の両方を乗っ取ることができますもの。…まぁ、それが誰であれ、悪く思わないで差し上げて。呪いの書を渡るのは人の手を介してですが、呪いの書には人間の心を惑わす不思議な魔力があります。惑わされたからこそ、人の手から人の手へと渡っていく。これこそが、呪いの書の力なのです。人間を惑わし、操ることで、より多くの人間の魂を手に入れるのですわ!」
御曹司 「……桜。」
占い師 「うん?」
御曹司 「まるで、桜の木みたいですね。」
召使い 「桜の花の香りには幻覚作用があるとか…そういうことですか?」
御曹司 「ううん。それもあるんだけどさ、桜の木の下には死体が埋まってるってよく言うじゃない。」
蒐集家 「桜は人間の血を吸って咲くから、花びらがピンク色に色づくのよね…うふふ、素敵。確かに、桜の木のように魅惑的ですわ。この子もね、より多くの人間の魂を手に入れるほどに、魔力や影響力がどんどん強くなっていくの。」
御曹司 「あの。」
蒐集家 「なぁに?」
御曹司 「この、呪いの書を消滅させる方法って…ないんですか?」
占い師 「それを知ってどうするつもりだい?」
御曹司 「それは…。」
蒐集家 「…まぁ、貴方の気持ちもわかりますわ。けれど、それは難しいことよ。呪いの書が作られてから今まで、魔法使いは魔力を増幅し続けてきました。呪いの書はいわば魔法使いの体の一部と言っても過言ではありませんわ。その体の一部を消滅させるには、……根源を断つしかありませんの。」
御曹司 「…なんだか、可笑しいな。この本はこんなに小さいのに、この小さな器に入りきらないくらい、大きな力を持っている…。僕の大切な人たちも、こんなに小さな本の中に消えてしまったなんて……思いもよらなかったな」
ナレ 「御曹司のその言葉によって、あたりに沈黙が訪れました。そして何時間にも感じられるほどの数秒の沈黙ののち、召使いが顔をあげてつぶやきました。」
召使い 「……私たちも、そろそろ限界かもしれませんね。」
御曹司 「…え?」
召使い 「坊ちゃん、いいんです。もうわからないふりしなくていいんです。坊ちゃんも私も、もしかしたら、もうこの呪いの書の魔力に、魅入られてしまっていたのかもしれません……いつのまにか。」
御曹司 「…婆や?」
占い師 「私は、君がしようとしていることを止めはしないよ。けど、…責任もとれないからね。」
御曹司 「な、なんの話をしているんですか?」
蒐集家 「一つだけ忠告しておきますわ。「箱庭」に引き込まれた人間は、こちらの世界に戻ってきたことはありません。未だかつて。だから…」
召使い 「きっと、本の世界からこちらの世界へ、引き込まれてしまった人々を取り戻すことなんて、できませんよね…。」
蒐集家 「前例がないと言っただけです。可能か不可能かなんてわかりませんわ。」
御曹司 「ね、ねぇみんな可笑しいよ、なんの話をしてるんですか?」
召使い 「坊ちゃん。いいんです。もう取り繕わなくて、いいんです。……坊ちゃんの
したいようにして、いいんですよ。」
御曹司 「……婆や……。」
召使い 「私も、きっと、坊ちゃんと同じことを考えています。」
御曹司 「ごめんね、婆や…。頼りない主で、申し訳ないや」
召使い 「あらあら、今に始まったことじゃありませんよ」
御曹司 「はは、相変わらず婆やはひどいや。」
ナレ 「御曹司は、テーブルの中央に置いてあった「箱庭」を手にすると、コレクターと占い師に向かって、深く礼をしました。」
御曹司 「お二人とも、ありがとうございました。」
蒐集家 「もう、決めたんですのね」
占い師 「礼なんていいんだよ。こっちも、好きでやっていることだからね。」
御曹司 「いいえ、それでも…。これで、僕はみんなに会いに行くことができるんです。もう、以前のようにこのお屋敷で一緒に暮らせることはないかもしれないけれど……。でも、僕は、もう一度だけでもいい、お屋敷のみんなに会って、たくさん話がしたいんだ。」
召使い 「坊ちゃん。私も、お供しますよ」
御曹司 「婆やが居れば、怖くないね! 本当に、ありがとう。」
召使い 「坊ちゃんのことは、私がお守りします。」
御曹司 「心強い。」
ナレ 「そして、二人は…魔法使いの8528番目の呪いの書を開き、……本の中へと、吸いこまれていってしまいました。」
暗転。
次にゆっくりと明かりがつくと、御曹司と召使が消えている。
占い師 「さて、次は私たちの番かな?」
蒐集家 「惜しいですわね…もうちょっと我慢すれば、もう一冊の呪いの書を手にすることもできたかもしれません」
占い師 「でも、それはもう叶わぬ願いだね」
蒐集家 「…いいのよ、あなたは、残っても。」
占い師 「何を言っているのかな? 私が、一人だけ残るなんてあり得ない。それに、君の狙いも、なんとなくわかるしね」
蒐集家 「意地が悪いのは、昔からですわね…。そのひん曲がった性根、叩き直して来たらいかがかしら?」
占い師 「君も、口が悪いのは昔からだね。いいよ、叩き直してこよう。…箱庭でね。」
ナレ 「そういって、占い師は、「箱庭」を開くと、…本の中へと、消えて行ってしまいました。」
暗転。
次に明るくなると、占い師も消えてしまっている。
蒐集家 「ばかね。」
ナレ 「コレクターは、そうつぶやくと、「箱庭」を愛おしそうに腕の中に抱き…」
コレクターは、脚本を閉じてしまう。
蒐集家 もう結構ですわ! そのくどいナレーションも、終わりにしてくださる?
ナレ ……メタ発言はやめてもらえませんか?
蒐集家 もういいでしょう。これでもうこの舞台でのあなたの目的は果たせたはずです。
ナレ 知っていますか? 朗読劇のナレーションは、あくまでも客観的な役割で、キャストと違ってキャラクターがないんですよ。
蒐集家 それはあなたが思う朗読劇でしょう。それに、これは朗読劇なんかじゃありませんわ。朗読劇という劇中劇を行った、ただそれだけの、いつも通りの舞台ですわ。
ナレ 夢がない言い方ですね。
蒐集家 だってそうでしょう? この劇のナレーションには、あなたには、人格がある。…だって、あなたこそが、この「箱庭」を受け継ぐ、魔法使いなんですもの。
ナレ ……。
蒐集家 私は、本物の魔法使いに会いたかった。あの人には、怪現象大好きっ子なんて言われましたけれど…。
ナレ 厳密には、違いますよね。コレクターは、怪現象を愛すると同時に、存在を疑ってもいました。だから、ずっとこれまで、怪現象を引き起こす奇書を蒐集してきたんでしょう? いつか本物の、怪現象を体現する人物に、会うために。
蒐集家 ふふ、「箱庭」の呪いの効力を目の当たりにしましたからわかっていましたけれど…本物の魔法使いに、会えるなんて嬉しいですわ。
ナレ 期待に応えることができたようで、光栄です。けれど、私もそう気が長い人間ではありません…。早く、この舞台を終わりにしたいのです。
蒐集家 聞いてもいいかしら。なぜあなたは、この舞台を選んだの?
ナレ うすうす感づいていますよね? あなたは賢いのですから…。「箱庭」が、どういった場所に引き寄せられるのか。
蒐集家 ……人が集まる場所、かしら。
ナレ 正解です。御曹司のお屋敷も、会社も、そしてこの舞台も、たくさんの人間が集まります…。そこで、「箱庭」を開けば、とても効率よく、人間の魂を吸収できるでしょう? これは、そういった特色をもつ本なのですよ。
蒐集家 …この屋敷に住まう彼らにとっては、この子はまさに桜の木ね。
ナレ どういう意味ですか?
蒐集家 庭に桜の木を植えたら、その屋敷の一族が滅びるという言い伝えがありますもの…。ついでにもう一つ、質問してもよろしいかしら?
ナレ いいでしょう。
蒐集家 あなたはなぜ、そこまで人間の魂に拘るのかしら。
ナレ あなたがた人間は、毎日食事をするでしょう。食事をするのはなぜかと聞かれて、「生きるため」という以外の理由がありますか? そういうことですよ。
蒐集家 けれど、魔法使いと言えども、あなたも人間ですわ。
ナレ 人間の魂から魔力を吸収する、それは間違いありませんが…単純に、私たち魔法使いは、美食家なのです。あなたの食事と、私たちの食事で、メニューが違うだけですよ。
蒐集家 …悪趣味ね。
ナレ ありがとうございます。さぁ、もうこれであなたの願いは叶ったでしょう? 早く、お話しの続きを語りませんか?
蒐集家 ……そうよね。だって、あなたも私も、この舞台の上では、コレクターとして、また、ナレーションとしてしか存在することができない。そして、舞台が始まってしまった今となってはもう、すべてが手遅れだった…。
ナレ 幕を開けたら、きちんと閉じなければいけません。それが、舞台のあるべき姿です。そうでしょう。
蒐集家 楽しみね。私、本物の怪現象を、今度は実際に体験することができるんですもの…。いいわ、続きを始めましょう。そして、終わらせるのよ。この舞台を…。
コレクターとナレーションは、再び脚本を開く。
蒐集家 「私も、もうコレクターとしての好奇心を止めることなんてできませんわ。…ふふ、これもこの子のせいなのかしら? いいわ、あなたの望み通りにして差し上げましょう…。私を、連れて行って。」
ナレ 「コレクターは、腕の中に抱いていた「箱庭」を、開きました。そして、物語に魅了され、……本の中へと連れて行かれてしまいました。」
暗転。
明るくなると、舞台上にはナレーションしかいない。
ナレ これで、この舞台は終わりです。不思議な本の物語、いかがでしたか? ……意味がわかりませんか? …いいでしょう。種明かしをします。
ナレ この舞台で語られた一連の「箱庭」の物語こそが、「箱庭」という呪いの書に記された物語でもあるんです。この朗読劇のタイトルは、なんでしたっけ? 思い出してみてください。この舞台の幕を閉じれば…このお話をここまで聞いていた、客席のみなさん。あなた方は、もうこの世には存在しないかもしれませんね…。
ゆっくりと、BGMとともに舞台が暗転していく。
そして、完全に暗転した舞台の上で。
ナレ ほらね。
BGMが高まり、幕。