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二匹の豚と猪【小説】

 豚が猪に向って自慢をしました。
「私ぐらい結構な身分はない。食べる事から寝る事まですっかり人間に世話をして貰って、御馳走はイヤと言う程たべるからこんなにふとっている。ひとと喧嘩をしなくてもいいから牙なんぞは入り用がない。私とお前さんとは親類だそうだが、おなじ親類でもこんなに身分が違うものか」
 猪はこれを聞くと笑いました。
「人間と言うものはただでいつまでも御馳走を食わせて置くような親切なものじゃないよ。ひとの厄介になって威張るものは今にきっと罰が当るから見ておいで」
 猪の言った事はとうとう本当になりました。豚は間もなく人間に殺されて食われてしまいました。

「やれやれ、言った通りになった。」
猪はため息をつきました。
「第一人間というものは信用ができないのだ。昔食べものが本当になかった時に、人間を頼ろうとしたことがあった。そういうときに限って人間は優しい顔を見せて来るものだ。いよいよかと思ったときに、なんとか踏みとどまることができたが、今頃は俺たちが豚の奴らみたいになっていてもおかしくなかった。」
そこへ今度はまた別の豚がやってきて言いました。
「よう猪さんよ。お前はいつまで経っても野生味が抜けないな。そろそろつかれてきただろう。お前もこっちにこいよ。うまい飯がたくさん食えるぞ。」
「豚よ。よく聞くが良い。今ここで、お前の仲間は人間に殺された。人間がお前達に優しくするのは、お前達を食うためだ。最初からお前達のことなんかこれっぽっちも考えていないのだ。」
豚はこれを聞くと、苦虫を噛み潰したような顔をして言い返しました。
「そんなことはない。人間達は俺たちを可愛がっている。確かに最終的には食べられるのかもしれない。だが、これだけ世話してくれたのだから、それも本望さ。」
猪は諦めて、山に戻って行きました。
豚は、それから三日後に屠殺されました。
その死に顔は皮肉にもとても安らかでした。

※この物語は、『豚と猪』(夢野久作.青空文庫)に加筆する形で描かれました。


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