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マフラーのようにカメラを扱う
考え方は人によって違うから、あくまでボクの考え方だと思って寛容な心で聞いてほしい。
ボクはカメラをまるでマフラーを脱いでポイって放るように扱いがち。もちろん言葉の通りに放り出すなんてことはしないんだけど、感覚的には「ポイッ」ってのが合ってる気がするレベル。カメラは精密機械だしモノによっては何十万もするものもある。だから高くても数万円のマフラーと同じ扱いをするなんてって金額で違和感を覚える人もいるだろうし、衣服と同じ扱いをすることに不満を感じる人もいるかもしれない。
少しキャッチーにしたくて「マフラーみたいに」って、たまたま目に入ったマフラーを例にあげて言ってみたけど、これは物理的な扱い方だけを言ってるわけじゃなくて、ボクとカメラの距離感というかカメラへの物感として捉えてもらえるともう少しだけ理解しやすいのかもしれない。
マフラーは冬場になると外出する時には毎回持ち出す物だから、毎回ハンガーにかけてクローゼットにしまうことはめんどくさくて、ついついソファーや椅子の背にポイってかけてしまうことが多い。そしてまた翌日外出する時はまたそれを手に取ってヒョイって首に巻いて外出する、それがボクに取ってのマフラー。
ボクにとってのカメラもそんな感じで、外出先から戻ってくるとポイってテーブルの上に投げ出す。だからボクの家のテーブルには常に3台くらいはカメラがゴロゴロしてる。そいって翌日外出するときは目に留まったカメラを手に取ってカバンにポイって入れる。
マフラーを脱ぎ捨てるようにカメラを放り投げる。そんなカメラとの距離感な自分。
— すぎっち (@cedar_studio) January 19, 2022
たとえそれがハッセルであっても同じで、もっと大切に扱わないとな〜と思いつつ自分とカメラの適切な距離感がこれなのかなぁと思って。
将来ライカ持っても同じなんだろうなぁ… pic.twitter.com/fy7ml11ufZ
だからこんな意味もないカメラを主題にしたテーブルフォトをたくさん撮ってしまうのかもしれない。
マフラーもそうなんだけどカメラについても「大切に使う」って感覚が人よりも少ないのかもしれない。だからカメラはすぐに傷がついちゃうし、それなのにレンズ保護フィルターもつけない派。X100Vなんかはレンズキャップも付けずにそのままカバンの中に入れて持ち歩いてる。
この辺のカメラとの距離感は、大切にカメラを使ってる人にしたら信じられないだろうし反感を覚えるかもしれない。だから最初に言ったようにボク個人の考え方だから寛容な心で受け止めてほしい。
そしてそんなカメラとボクの距離感はカメラの価値や値段とはあまり関係ない気がする。ボクが持ってるハッセルブラッドの907Xというカメラ。Amazonには売ってないからぜひネットでその価格を調べてみてほしい。ちょっと高級なおはぎよりももっと高級な価格が出てくるから。そんなハッセルブラッド907Xも基本的にはX100Vと同じ扱い方をしてる。
カメラは消耗品じゃん。
なんて言葉で整理するつもりは全くなくて、ボクはできるだけ長くカメラを使い続けたいと思っているから、別に壊れてもいいやと思って扱ってるわけじゃない。それよりは「もっとたくさん使いたい」と思ってる。
お気に入りのマフラーはシーズン中は一度もクローゼットに入らないことがあるように、ボクのカメラたちはどれもお気に入りだから防湿庫に入れる暇がないのかもしれない。大切に扱うことに気持ちの重心が移っていくと、持ち出す回数も減るかもしれないし、カバンの奥底に大切にしまうことでカバンから取り出すことが億劫になってしまうかもしれない。
それよりかはこのカメラと生活を共にする何年間は濃密な時間を一緒に過ごしたいと思ってるからこその扱いなんだよ。
カメラのどんどんついていく傷は、ボクと一緒に過ごした時間の長さを表してくれるし、シャッターを押して出てくる写真はどれも期待を裏切らない。
そんなボクと最愛のカメラたちの距離感。
多分それは将来ライカを買ったとしても変わらない。
だってどれもボクにとって最愛のカメラたちだから。
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