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然り、揺らぎ
救済に関する緩やかな三部作の最後の話です。
然り、揺らぎ
ちょっと急だし長くて大変だよ。道を尋ねた駅員にそう言われた石段を、四百まで数えたところであとは無言で登りつめると、初冬の紅葉が迎えてくれた。山間を抜ける冷たい風に汗がひいていく。玉砂利が敷かれた境内に入ると、歩くたびに小気味よい音がする。
ロザリオ。胸元に手を触れたあとで石段を登る前に外してポケットに入れたことを思い出す。アーメン(然り)。ザッザッ、音を踏みしめていくと宮司と遭遇した。軽く会釈をし、そのまま通り過ぎようとしたが、後で話を聞くことになるのだからと話しかけることにする。声をかけると宮司は立ち話もなんですからと社務所にいざなってくれた。
異星の神が降臨されてから三年が経ちました。宮司は語りはじめた。ええ、降臨されたときのことは今でもはっきりと思い出すことができます。あれは前日の台風で吹き飛んでしまったお社の飾りの修繕をしていたときのことでございました。お社は先祖代々数百年続くもので、父が宮司でした。わたくしはといえばまだ神職見習い、修行中の身でございました。修繕しておりますと、境内にいれば感じられる神の気配が立ち消えてしまったのでございます。消えたといっても突然ではなく、少しづつでした。薄れていく気配の代わりに感じたのはとてつもない大きな力でした。この大きな力に、ご先祖さまたちが祀っていた神は破れてしまったのだと感じ取ったのでございます。大きな力を感じたのはそれが最初で最後でした。わたくしは父にそのことを話そうと自宅に向かったのですが、父はおりませんでした。しばらくして気がついたのです。神は父を依代としたのだと。そして神が破れてしまったのですから、依代となった父もこの世にはいないのだと。病気平癒の神でしたから戦いにはむいていなかったのでしょう。そこからはニュースでも報道されましたのでご存知でしょうけれども、各地におりました神々は異星の神と戦い、そして次々と破れて消えていきました。
そこまで話したところで宮司はお茶の一杯でもどうですかと、返事も待たずに奥のほうへと歩いていった。しばらくしてお盆をかかえてもどってくる。石段の途中で茶畑が見えたでしょう、あそこで採れた茶葉ですよ、そう言いながら宮司は湯呑をおいた。
話のつづきですね。それからなにが変わったのかといえば、奇跡が起こらなくなりました。飛行機事故が起こっても、奇跡的に助かる人はおりません。病気で余命宣告を受けた場合でも、その余命を大きく超えて生き延びられる方はいなくなりました。確率的に求められる事柄は、だいたいその確率通りとなりました。
奇跡は神様が起こしていたのですか。そう尋ねると宮司はこう答えた。
そうですね。神が消えてしまい、そしてそれと同時に奇跡が起こらなくなったのですから、そうなのではないでしょうか。奇跡は神が起こしていたものだったと。奇跡はわたくしたち人間と神との間の契約であり、それは信仰によってもたらされるささやかな見返りだったのではないのでしょうか。そのように考えております。
神様がいなくなってもここのように神社やお寺はまだ残っていますね、教会やモスクも。……主よお許しください
はい、そうですね、もちろんなかには消えてしまった宗教もあるでしょう。奇跡が起こらなくなってしまっても、神に対する信仰を捨てない人はまだ大勢いらっしゃいます。信仰とはなんでしょうか。信じるという気持ちのことではないでしょうか。神無き今こそ見返りをもとめない純粋な信仰ができるのではないでしょうか。
服の上からロザリオに触れた。……主よ、お許しください
異星の神は我々人類が初めて空の彼方から降臨された神なのでございます。信仰は信じて仰ぐと書きます。まさしく仰ぎ見ることのできる神だったのです。もちろん実際は目に見ることすらできないですし、どこにいらっしゃるのかもわかりません。
それは日本語の解釈じゃないですか。
はい、そうでございます。しかし他国の言葉であったとしても、異星の神は初めてその存在を認識することのできた神なのです。唯一その存在を信じることのできる神。信じるということ、それは信仰におけるいちばん大切なことがらではありませんでしょうか。
異星の神を信じるということですか? 異星の神を信仰して大丈夫なのですか? 聞きたかったことをようやく切り出すことができた。
それはわかりません。しかしながら、神とはそのようなものではないのではないですか。あなたも神の存在を信じ、そして信仰をしていらっしゃったでしょう。奇跡の見返りまでは求めていなかったとしても。そして神はわたくしたちと共にあり味方なのだと信じていた。実際は見たことはおろか、その存在すら確認したこともなかったというのに。ええ、そうです。表立ってお祀りしてはいませんが、ここでは異星の神を祀っております。あなたもお参りをしにいらっしゃったのではないですか。
……主よ、お許しください
そしてうなずいた。
宮司は立ち上がると、社の奥へといざなう。
先月、娘が難病にかかり余命宣告された。以前ならばわずかな奇跡にすがることもできたのだが、いまはそれすらできない。異星の神は奇跡を起こしてくれるのだろうか。信仰すれば奇跡を起こしてくれるのだろうか。迷い揺らぎながらも、私は宮司の後をついていくことしかできなかった。
救済に関する緩やかな三部作
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