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チェリオス効果 -2.0

 大学の正門をくぐったところで真衣はチラシを手渡された。
「十時から学祭広場で星ルビコのコンサートが始まるっす」チラシを手渡した男が言った。
「有名なの、その人」
「ご当地地元企業アイドルっす」
「地下アイドルみたいなもんなの」
「違うっす、地元企業がスポンサーとなって地元企業の宣伝のために働くアイドルっす。十時からですからもうじきっす。十時から二十時まで十時間休憩無しのぶっ続けっす」
「地元企業のわりにはブラック企業だね」
 どんな顔のアイドルなのか、真衣は手渡されたチラシを見た。しかしチラシにはでっかくアイドル風の女の子のイラストが描かれているだけだった。
「ねえ、これいらすとやのイラストなんだけど、手抜きじゃない。しかもアイドルのイラストじゃなくてアイドルファンのイラストだし」
「そんなことまでよくわかるっすね」
「わかるもなにも、ここに書いてあるじゃん。(c)いらすとや 【かわいいアイドルファンのイラスト(ペンライトなし)】って、身内にはブラック体質だけど、外に対しては訴訟されないように神経使っているようだね」
 そう言って真衣はもう一度チラシを見てみる。アイドルファンのイラストの胸元ふきんにでっかく文字が書かれていた。

架空☆1レビュー

 と読めた。
「なに、この架空☆1レビューって」
「違うっす、カロ穴木工 星ルビコって書いてあるっす。カロ穴木工株式会社のアイドル、星ルビコっす」
 そう言われて真衣はもう一度よーく眺めてみた。たしかにそう読めないこともない。
「ほんとにブラックねえ、デザイナーもケチって、ちょっとばかしデザインできそうな社員に描かせたんじゃない。架空なんて、いかにもちょっとレタリングしてみましたっぽい感じだし、ルビコも手書き風で、最後の横棒がなんかわからないけど……あ、集中線か、漫画によくあるやつ。勢いを付けようとして失敗してるね」
 真衣に説明していた男の顔が沈んできたが、真衣は気がつかなかった。学祭広場のほうから音楽が聞こえてきた。
「あんがと、ちょっと行ってみるわ」そう言って歩き出したところで声をかけられた。
「あなたの健康と幸せを祈らせてください」不自然なまでに明るい笑顔の男だった。
「あんたのチンコをしゃぶらせてくれたら祈らせてやるよ」
 男の笑顔が凍り付いた。
「あんたねえ、痴女だと思ってんの? ちがうわよ、あんたが私の健康と幸せを祈ってくれるっていうからお返しにチンコしゃぶってあげるって言ってんの。等価交換よ、等価交換。何かを失わなければ何かを得ることなんてできないでしょ」
 男の中で春まで冬眠していた性欲が、啓蟄が来たとむくりと目覚め始めた。しかし局地的な春であり、うっかり外に出てしまえばそこは極寒の冬であることには違いない。そんなことは男の性欲もわかっていた。しかし一度冬眠から目が覚めてしまったら、もう外に出るしかない。
「あんた、どうすんの?」
「すみません、どっか行ってください。早急に」男は自分の中の性欲をなんとかしてふたたび冬眠させようと必死だった。

 ♪うなれ丸鋸!
 ♪巻き上がれ鉋(かんな)の削りくず!
 ♪社長の奥さん、かんなさん!

 学祭広場から歌が流れてきた。歌詞はともかく歌はうまかった。
 三ヶ月ほど前にどこかの高校の校歌がなんとかコンテストで優勝していらい、あちらこちらの企業が社歌を作るようになった。カロ穴木工株式会社のその例に漏れず。ひょっとしたらうちのとこもワンチャンあるかもしれないと思ったらしい。
 真衣は学祭広場まで向かっていくとコンサート会場が見えた。舞台の真ん中あたりで真衣と同じくらいの年齢の女の子が歌っている。

「星ルビコー」
「星ルビコー」
「星ルビコー」

 社員らしき男達が声援を送っていた。

「やってらんねーよ」
 笑顔で歌っていた星ルビコはそう叫ぶと、手に持っていたマイクを床にたたきつけ、舞台から飛び降りた。そして真衣のほうに向かって走ってくる。
「バイト代につられて歌ってみたけど、こんな歌十時間も歌ってられるかよ」星ルビコは叫んでいる。
「待てー、涼子、契約違反だぞ!」コンサート会場から何人かの男達が叫びながら星ルビコを追いかけてくる。
 星ルビコが真衣の横を駆け抜けていったとき、真衣は運命的な何かを感じた。真衣は星ルビコ涼子のあとを追いかけて走り始めた。


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