第13話「銀行口座開設と日本からエアメール」
ICEに通学し始めて大体2週間が過ぎたが、カツヒロは相変わらず英語のリスニングには苦労した。元々、知っている単語の数が少ないから、紙に書いてもらって、それを辞書で調べてやっと理解する。そういう作業を何度も繰り返す事でちょっとずつ英語が身についていた。
学校の近くにサンドイッチバーがあって、ランチタイムはそこで好きなサンドイッチを作ってもらった。オーダーメイドで好きな具材を挟んでもらうのだが、嫌いな玉ねぎを入れられそうになったので、ノー玉ねぎ、ノー玉ねぎと言ったら何の事だか伝わらず、慌ててノーオニオンと言い直した。
学校の正面に大きな公園があり、そこで日向ぼっこしながら、仲間と食べるサンドイッチは格別だ。友達も10人以上出来た。英語の実力はまだまだお粗末だったけど毎日、学校に来るのがとても楽しかった。
今日は放課後に仲良くなった日本人仲間とハイアットホテルの1階にあるお洒落なカフェで、評判のニューヨークチーズケーキを食べるつもりだ。同じクラスのミカとタカエ、マヤとカズの4人と一つ上のIntermediateクラスのヒロミの6人で出かけた。
ヒロミはカツヒロ達より3か月早くオーストラリアに来ていたから、大分、英語が上手かった。それから、どうやって知り合ったのか、モナシュ大学に留学しているマレーシア人のコウと言う男性とお付き合いをしていた。
「ヒロミは良いよな~、あんなに英語が上手で。」
先週、カツヒロ達が現地で銀行口座を開くのに、英語力が不安だと言っていたら、ヒロミが窓口まで付き添って通訳をしてくれた。ANZオーストラリア・ニュージーランド銀行の支店網が充実しているから、そこが良いと勧めてくれて。無事に口座開設が出来た。
「ヒロミ、この前は本当にありがとう。助かったよ。」
カツヒロ達は先日のお礼にケーキをごちそうするとい言ったけど、
「あ、そうだったね。そんなの、全然気にしなくていいから。」
「だって、困った時は助け合いだからよ。私も最初の頃、結構苦労したんだよ。今のカツヒロ達みたいに、色々と友達に助けてもらってね。そのおかげで何とかやって来れたからさ。この前のあれはさ、ある意味、その助けてもたっら行為に対する恩返しなんだよ。」
と笑って言い返した。
・・・。
数日後、自宅に戻るとテーブルの上にカツヒロ宛の手紙が2通置いてあった。送り主は姉のサチコとトラジャルの同級生の櫻井君からだった。
「うわー、エアメールが2通も届いた。」
「すっごい、嬉しい。」
他に連絡手段がなかった時代だから、8,200キロ離れた東京からはるばるメルボルンにやって来た手紙の存在はとにかく貴重だ。ちょっとオーバーかも知れないけど、1年ちょっと前に、ドラゴンクエスト3の発売日の前日から徹夜で列に並んで、そのソフトを手に入れた時ぐらいかも知れない。
「お、櫻井君か、何が書いてあるのかな?」
早速、カツヒロはエアメールを開封した。
武藤君、こんにちは。お元気ですか?メルボルンの生活は楽しんでいますか?きっと武藤の事だから、たくさん金髪のお友達も出来て、毎日楽しんでいると思うけど、俺にも誰かカワイイ子を紹介してな。俺は2年生になりクラス替えがあったから、去年のクラスと大分雰囲気が変わったよ。仲良しだった、大竹と清水とも別のクラスになり、未だあんまり新しいクラスに馴染めていなかったから、武藤から手紙とポストカードをもらえてとても嬉しかったんだ。本当にありがとう。俺も武藤みたいに留学してみたいな。オーストラリアは治安もよさそうだから、何時か行ってみたいと持っている。また、良かったらポストカードを送ってくれ。それから、健康に気をつけて頑張れよ。
「櫻井は、少し内気な性格だから、苦労しているのかな?でも、律儀に返信をしてくるのがあいつらしくて、ちょっと胸が熱くなったよ。本当にありがとうな。」
多分、これからトラジャルの2年生は就職活動で大変なんだろう。今年1月にアメリカがイラクを攻撃して、湾岸戦争が起こったから急に海外旅行需要が冷え込んだようだし、株価も年明けから一気に下がりだしたから、景気は悪くなるんだろうな。
「でも、皆、負けんなよ。俺も頑張るから、お前らもな」
とカツヒロは自分にエールを送った。
姉のサチコからの手紙は、両親の様子や自分がロンドンに留学した際に、苦労した事が書いてあった。
「世界中で自分だけが独りぼっちと感じた時は、迷わず誰かに話しかけてごらん。相手もきっと誰から話しかけられることを待っているだから。そうすれば、道はきっと開けるんだよ。」
サチコは手紙と一緒に和英辞書を送ってくれた。
未だ、孤独を感じる日はなかったけど、姉の優しさがとても嬉しかった。
つづく
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