第9話「母の涙とファーストフライト」

カツヒロを乗せたMH81便はおおよそ6時間程フライトすると、クアラルンプールではなく、クチンと言う都市に着陸した。

このクチンと言うのはボルネオ島にあり、かつて、英国出身の白人王が統治する「サラワク王国」の首都として栄えた町だそうだ。現在はマレーシア・サラワク州の州都として、マレー人、中国人、イバン族などの先住民族、インド人など、様々な民族が暮らしている。

カツヒロの座席の周辺には、マレー系や中華系とおぼしき乗客が多くいた。お隣のBとCの席にはイギリス人の中年夫婦が乗っており、現在、アジア旅行を満喫中とのことだった。

このボルネオ島は面白い島で、マレーシアとインドネシア、ブルネイ王国の3か国が存在する。一番領土が広いのがインドネシアで、全体の4分の3近くを占め、次にマレーシアが4分の１、最も小さなブルネイ多くは0.8％とガイドブックに書いてあった。

「あれ、この飛行機はクアラルンプールへ直行するのだと思っていたけど、1か所経由地があるんだ。」

「そういえば、池田先生が添乗実務のクラスで、航空便には3種類あって、①直行便：最終目的地までノンストップ。②経由便：経由地で飛行機の乗換は無く便名もそのまま。③乗継便：経由地で便名の異なる便に乗り換える。」と言うのを習ったのを思い出した。

あまり好きでなかった国際航空運賃計算の山本先生の授業でも、航空券の読み方で、フライトする都市のスリーレターの右側に／1と書いてあったら、経由地が一か所あるという事を習った。

カツヒロのオープンチケットにもNRT／KUL／1と書いてあったから、この／１がクチンの事だと理解出来た。

クチン空港で給油と新しい乗客を乗せると言う事で、1時間半ほど滞在する事になった。カツヒロは生まれて初めて英語を使って買い物をした。本当にシンプルなシチュエーションだが、空港内のお店で飲み物とお菓子を買うのに

「Excuse me, do you accept traveler's checks?」と尋ねると

「Yes,what do you want？」

「I would like to have this and this.」

USドルで20ドルのトラベラーズチェックにサインをして、代金を支払うと、おつりはリンギットで返された。

・・・。

MH81便は再びクアラルンプールに向け飛び立ち、2時間程でクアラルンプール空港に到着した。

そういえば、成田空港でチェックインカウンターの人が、乗継カウンターに行って次のメルボルン行きの搭乗券を受け取るように言ってたな。どこに行けば良いのかな？と空港内をさまよっていると、Transfer deskと言う案内を見つけ、そのカウンターの前の列に並んだ。列の中に日本のパスポートを持っている人を見つけたが、少し離れていたので声をかけることはしなかった。

ここで次の便まで7時間を過ごさないといけないんだ。免税店をのぞいてみたけど、まだまだ、時間は山ほどある。オーストラリアのガイドブックは穴が開きそうなくらいたくさん見たから、何もすることがない。

仕方なく、カツヒロはしばらく、ベンチに腰かけ、ぼーっと人が通り過ぎるのを見ていた。あまり治安が良くないのだろうか？軍服を着て、ライフル銃を持っている人が数名いた。あれはセキュリティーの人なのかな？とにかく海外は日本のように安全でないから貴重品はしっかり肌身離さずにしておこうと気を引き締めた。

．．．。

かれこれ、12時間ぐらい前になろうか？成田を出発する際、母のマキと叔母のレイコ、上の姉のサチコが見送りに来てくれた。

カツヒロはマキたちが見送りに来ることを聞かされていなかったので、危うく3人と会えぬまま出発するところだった。だけどギリギリ出国審査に向かう前に出会う事が出来た。マキはカツヒロにお守りを渡した。

数年後、叔母のレイコから聞いた話だが、マキはカツヒロを見送った後、涙を流したそうだ。小さかった息子が、いつの間にかどんどん大きくなって、自分の知らない世界へ旅立つようになった寂しさと嬉しさの両方が混じった涙だった。

つづく。

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