【Steve* クリエイティブ酒場】第4回(前半)「ただかっこいい」ものは「かっこわるい」
日本のどこかにお酒を酌み交わしながら、腹を割って語り合える一夜限りの酒場がある――。その名も「Steve* クリエイティブ酒場」。ブランディングや商品開発を企業と一体となり行うクリエイティブカンパニー、Steve* inc.の代表取締役社長で唎酒師でもある太田伸志が、今語り合いたいクライアントをおもてなしする特別な席。
Steve*クリエイティブ酒場第4回目のお客様は、NHKのプロデューサーとして数々の人気番組を作り上げ、今年7月にはそのNHKから独立して、株式会社Daysを設立した河瀬大作さん。番組プロデューサーだった河瀬さんとSteve*が繋がった縁から、仕事と向き合う考え方、そして今求められるデザインの在り方まで、心置きなく語り合いました。その様子を前後編の2回にわたってお送りします。
プロフィール
株式会社Days(ダイズ) 代表取締役
河瀬 大作(かわせ だいさく)
株式会社Days代表取締役。元NHKプロデューサー。1969年、愛知県生まれ。1993年、名古屋大学大学院文学研究科修了後、NHK入局、ディレクターとして『プロフェッショナル仕事の流儀』『NHKスペシャル』『クローズアップ現代』などを制作。プロデューサーとして『探検バクモン』『世界入りにくい居酒屋』『あさイチ』などを手掛けてきた。今年6月末でNHKを退職し、独立。現在も『突撃!カネオくん』『オドモTV』『おやすみ日本』『ズームバック×オチアイ』のプロデューサーとして活躍し、番組制作以外では一般社団法人「FUKKO DESIGN」代表理事、「design_DesignMuseum」理事、2022グッドデザイン賞審査委員を務めている。
オーナー:
太田 伸志(おおた しんじ)
株式会社スティーブアスタリスク 代表取締役社長。宮城県出身。クリエイティブディレクターとして、広告企画や商品開発を多数手がけると同時に、大好きな地元、東北を中心にした地域ブランディングにも積極的に取り組む。また、武蔵野美術大学や東北学院大学の講師も歴任するなど、大学や研究機関との連携にも力を入れている。作家、唎酒師としても活動。『アニメ 大福くん』脚本執筆、Pen Online『日本酒男子のルール』連載、七十七銀行FLAG『大学で教えてくれないことは東北の居酒屋が答えをくれる』連載など。今年の夏からは故郷である宮城県と東京との2拠点生活を始めた。
「凡庸な番組は罪」。制作は本質を射抜いた驚きがあってこそ
太田:河瀬さん、今日はお越しいただきありがとうございます!
河瀬:こちらこそですよ。
太田:早速、僕の大好きなサッポロ黒ラベルで乾杯しましょう。
河瀬:おっ、乾杯!
太田:本当はもっと早くこの企画にお招きしたかったんですけれど、河瀬さんが6月末にNHKを退職して独立されるということだったので、一区切りついた後の方がいろいろと気兼ねなくお話しいただけるだろうと思って。大変お待たせしました(笑)。
河瀬:確かに(笑)。
太田:そうだ! まずは河瀬さん、株式会社Daysの設立、本当におめでとうございます!
河瀬:あっ、ありがとうございます(笑)。スティーブさんにはサイトのデザインから制作までやっていただいて感謝しています。独立してからまだ全然時間は経っていないんだけれど、今どんな感じかと言うと……。退職前に、映画プロデューサーの川村元気さんに「河瀬さん、独立したら自分の時間を全部埋めようとしちゃダメだよ? そうすると本当にやりたいことが来た時に対応できない状態になって、独立した意味がなくなるから」って言われてたんですけど、まさに今それ。パンパンにしちゃってる(笑)。でも本当にありがたい。
太田:なかなかこうして改まってお話をする機会もないので、お聞きしたいのですが、河瀬さんは僕と初めて会った時のことって覚えていたりしますか? 新しい復興支援を進めるために設立された一般社団法人FUKKO DESIGNの打ち合わせに僕が初めて参加した時だったんですが。そこに河瀬さんが代表理事としていらっしゃって。
河瀬:正直、あんまり細かくは覚えていないかもしれない。ごめん! 僕、今になってその時のことをものすごく反省してるんだけど、あの頃は本当に 忙しかったんですよ。だから色々な場所を「こんにちは! よし! またね!」みたいな勢いで動いていて。
太田:ですよね。笑。あの頃の河瀬さんは、とんでもなく忙しい人なんだなという印象がありました。
河瀬:だけど、その時の太田さんの雰囲気は覚えてますよ。FUKKO DESIGNって被災地支援が目的だから、企業にとっては儲かるものでもないし、むしろ手弁当で色々なご無理をお願いするようなものじゃないですか。それなのに、そこで初めて会った太田さんは「やります!」ってすごく真っ直ぐに言ってくれて。僕はその姿に「どうしてこんなに前向きに手伝ってくれようとするんだろう」と不思議に思ったくらいでしたから。
太田:そもそも、僕をFUKKO DESIGNに呼んでくださったのが河瀬さんもお付き合いのある博報堂の木村充慶さんなんですが、Steve* inc.と木村さんとは前々から仕事をしていた縁があったんです。木村さんは東日本大震災のボランティアで僕の地元である宮城県や東北に来てくださっていたり、2019年の東日本台風で僕の故郷の宮城県丸森町が被災した時にも来てくださっていたりして。それで、その台風の直後くらいに木村さんから「太田さん、絶対に来た方がいい打ち合わせがありますよ」って。それがFUKKO DESIGNの打ち合わせだったんです。
河瀬:なるほど、そういう流れだったんだ。
太田:僕としては何かプレゼンをしに行ったわけではなく、むしろ自然災害や復興支援に対して思うことがたくさんあって、そのために何か力になれるならという気持ちだけだったと思います。
河瀬:嬉しいよね。もちろん僕自身も同じ気持ちではあったんだけど、自分以外の人がそう言っていると不思議な感覚で。だけど、僕はその後、2020年2月に自宅が全焼する火事に見舞われてね。その詳細は僕のnoteにまとめていて太田さんも読んでくれていたけど、あの経験を経て、ようやく素直にみんなの善意というものを理解できるようになった気がしているんですよね。
太田:ご自宅の全焼は本当に大変なことだったと思います。そして、それを詳細に記事にして発信することも。普通はできることじゃないからこそ、河瀬さんらしいと思いました。復興支援に関してだと、僕は地元が東北で実家も被害を受けているということもあるのかもしれないんですが、なかなか支援というものに気軽に踏み込めない感覚があったんですよね。東京の友人や知人は早くから「募金を集めよう」とか、「デザインで解決できることはないのか」とか、一斉に行動を始めている中で、僕は何かしなきゃとは思いながら何もできなかった。地元だからこそ気軽には動けなかったのかどうか、今もまだ分からないんですけれど、こういう感覚は意外と多くの人が持っていると思うんですよね。
河瀬:確かにそうかもしれないなあ。
太田:ずっと動かなきゃと思い続けてきたからこそ、河瀬さんにお会いした時に社内の合意を取ることもなく稼働を決めてしまって。でもSteve* inc.のみんなも「いいですね!やりましょうよ!」って言ってくれて。僕にとってはとても大きな出会いでした。Webサイトリニューアルも全力でやらせてもらって。
河瀬:そう、Webは仕組みも含めてかなり大胆にリニューアルしてくれて、これがめちゃくちゃすごくてびっくりした。ステイトメントに埋め尽くされているトップページなんて想像もしていなかったもん。僕がNHKを退職する時にもらった色紙に後輩が「河瀬さんに言われて覚えていること」として書いてくれた言葉があるんだけど、その一つが「凡庸な番組はうんち」っていう言葉で。そうはいってないと思うんだけど後輩はそう記憶してるんですよね(笑)「凡庸な番組は罪」ぐらいのことはいったと思うけど。
太田:河瀬さんらしいですね。
河瀬:これは番組だけじゃなくて、色々なことに言えるんですよね。つまり、スティーブさんが作ってくれたFUKKO DESGINのサイトには凡庸さなんて微塵もないわけ。だから見たら「何だ、これ!」っていう驚きがある。文字ばかりかつ白黒で、だけど、そこに書いてあるのはものすごく熱い言葉ばかりで。僕はこのデザインを見た時に、「ああ、僕らがなぜFUKKO DESIGNというものをやろうとしたのかという本質をしっかりと射抜いて、デザインしてくれたんだ」と感じて本当に嬉しかったんですよね。これはまさに「デザインの力だな」と。その瞬間から、僕はもう「ああ、この人たちはすごく信頼できて、すごい仕事をしてくれる人たちなんだ」と確信しましたから。
かっこいいだけでなんとかなる時代はもう終わった
太田:では、ここで僕から河瀬さんにおすすめの日本酒を。今回は僕の地元の宮城を代表する7つの酒蔵が力を合わせて作っている「DATE SEVEN」ブランドの日本酒を2種類ご用意しました。
河瀬:それぞれの蔵のお酒がブレンドされているってこと?
太田:いえ、「今回のリーダーはこの蔵」というのを決めた上で、精米はこの蔵、発酵はこの蔵といったように担当を分けて力を合わせて作っているんです。今年は浦霞と黄金澤という蔵がそれぞれに指揮した2種類が七夕に発売されたんですが、2本を並べるとパッケージの天の川が繋がるというデザインになっています。
河瀬:味は違うってこと?
太田:全く違いますね。お米と酵母はどちらも全く同じものを使っているんですが、仕切っている蔵、杜氏が違うので味も全く変わるんです。元の素材が同じだからこそ純粋に蔵の違いを楽しめるので、その違いをぜひ。
河瀬:すごく緊張する飲み比べだ。飲む方も、飲まれる蔵の方も。
太田:その緊張感を保ちたかったというコンセプトなんですよ。競い合うことでしかクオリティは保てない、自分を高めることはできないという。
河瀬:おお、かっこいい。
太田:ではまずは浦霞スタイルから。
河瀬:じゃあ、いただきますね。……あっ、美味しい! フレッシュ! もう果物みたい。
太田:宮城のお酒は基本的に食中酒として作られているんですが、これはその中でも少し華やかな味わいです。
河瀬:ラベルにも花が描いてありますもんね。
太田:河瀬さん、このラベルデザインって決して「すごくお洒落!」とは言えないと思うんですよ。だけど、7つの蔵で協力し合うという仕組みも含めて、頑張ってる。僕はその「頑張っている」ことがすごく愛おしいし、素晴らしいと感じていて。
河瀬:大事ですよね。ラベルのデザインだけで勝負するというのはもう通用しないと思う。
太田:ですよね。僕も「ラベルかっこいいでしょ」だけでなんとかなる時代はもう終わったと思っています。
河瀬:かっこいいだけ、可愛いだけではダメで、そこに背景があってこそ“良いデザイン”。つまり、企業の理念や背景が感じられないものはもうデザインとしてはあり得ないんですよね。
太田:河瀬さん、ちなみにこちらもどうぞ。
河瀬:え? おつまみも?
太田:これは、僕が仙台で一番好きな「仙薹たんや 利久」というお店の牛たんです。
河瀬:利久は有名ですね。
太田:利久は全国に店舗も増えて「はいはい、利久ね」と言われがちなのですが、僕は味付けは高級店に負けないなと思っています。店舗によって味のばらつきはあるのですが、これは東京駅店で買ってきました。塩加減も肉の柔らかさも好み。味を変えたい時には南蛮味噌とお漬物をお好みで。
河瀬:うんうん、利久。おいし〜!
太田:こんなに濃厚な牛たんですが、宮城のお酒は甘すぎないので非常に相性がいいんですよ。
河瀬:うん、美味しい。……あっ、これはグルメリポーターが一番言っちゃいけないコメントだった。でも……、ただただ美味しい(笑)。
その仕事は「頼んででもやりたい仕事」かどうか
太田:ぜひ食べながらまたお話を伺いたいんですが、FUKKO DESIGN以降は、実はあまり直接的にお会いしてはいないんですよね。
河瀬:言われてみれば確かに。コロナ禍ということもあったとは思うけど、太田さんと次に会ったのっていつだったかなあ。
太田:Steve* inc.が2つのプロジェクトでグッドデザイン賞を受賞させていただいた2020年頃ですかね?
河瀬:ああ、そうだ! 僕が審査員をしているグッドデザイン賞の2020年度の選考で、僕は社名や属性を一切見ずに無記名のような状態で一生懸命にWeb審査をしていて。残ったもので面白いものについてはリモート審査をすることになって、いざ当日になったら、僕を含めた5人の審査員の前にある大きなモニターに太田さんが出てくるという。僕は内心、「……あれ? これ、太田さんじゃない?」って。
太田:ずっと内緒にしていました。クリエイティブに関わる者として当然のことですが、中身だけでフェアに選ばれたかったので。
河瀬:そうやって久しぶりにモニター越しに偶然の再会を果たして、「そういえば、一緒に飯食ったことないよね」ってなったんだったよね。
太田:やっとでしたね。
河瀬:それでその飲み会の席で僕はきっと太田さんに「独立しようと思ってたりもしちゃったりもして」みたいなことを相談して。
太田:「時期はまだ分からないけど」って。
河瀬:僕がその時のことでよく覚えてるのが、その話をした時に太田さんが「めっちゃいいですね!」って手放しで言ってくれたんですよ。「河瀬さん、めっちゃいいじゃないですか!」って。
太田:本当にそう思いましたもん。
河瀬:それがすごく嬉しかった。最後には「僕、河瀬さんが大好きなんですよ」って何度も言ってきて(笑)。太田さんって、すごくチャーミングなんですよね。自分のことを素直に表現できて、それで「ああ、この人すごいな」って。
太田:嬉しい!とか楽しい!とか思うと、昔からつい言葉に出ちゃうんですよね〜。
河瀬:そこで、太田さんが上京する時の話だったり、Steve* inc.という会社を作り上げていく時の話だったり、色んな話をしてくれて。そうした過程の想いの素直さも素敵で。太田さんの言うようにちゃんと会話できたのはその時なのかもしれないですね。
太田:僕が河瀬さんに心を開けた理由はたぶん、河瀬さんが「仕事」を「仕事」としてではなく、日常の延長線上のように話してくれたからだと思うんです。「明日、ラジオでこういうことするんだよね」とか「昨日撮影でこういうことがあってさ」とか、仕事のこともまるで日常のように楽しそうに話してくれて、その姿がとても素敵で。
河瀬:言われてみればそうかもしれない。僕って、仕事でつらいと思ったことがほとんどなくて、どんな状況でも面白いと思えるんですよ。それは自分の頭の中に複数の階層や視点があって、常に切り替わっているから飽きないし、歳を重ねて腹が立たなくなったというのも含めて。
太田:僕はそこまで達観できていないなあ。
河瀬:どうでもいい、っていうと言葉が正確じゃないかもしれないけど、本当にそんな感じ。腹が立ちそうな時は「それなら、この仕事は任せます。僕はもういいです」とか思ってしまう。ねえ、厄介でしょう?
太田:なかなか(笑)。でも分かる気もします。
河瀬:仕事って、やらせてほしくてやるものとか、頼まれるものとか、色々なパターンがあるじゃないですか。このうち「やらせてほしくてやる仕事」は簡単。だって、自分がやりたくて手をあげるわけだからやりたい仕事に決まってて、やりたいことは楽しいに決まってる。だけど、頼まれたものをどうするか。これが難しいですよね。これについて、前にコピーライターの糸井重里さんに「糸井さんには仕事たくさん来るでしょう? その時にやる、やらないってどうやって決めるんですか?」って聞いたことがあるんですよ。そうしたら糸井さんが「 僕は決めていることがあって、自分がその仕事を頼んででもやりたいと思うならやるんだ」って。これ、すごくシンプルなんだけど、すごく本質的なんですよね。
太田:確かに。
河瀬:じゃあ、「頼んででもやりたい仕事」ってどんな仕事かと言うと、僕の中ではちゃんと「自分の仕事にできる仕事」ってことなんですよ。つまり、他の人がやりたいことを、いやだなぁと思いながらやるんだったら、それは僕である必要がない。これって仕事をする時にはすごい大事な視点で、これをどのくらい自分で貫けるか。貫かないと苦しくなってしまうと思うんですよね。
太田:そういう意味では僕と河瀬さんが出会ったFUKKO DESIGNも、そして今回河瀬さんが独立するにあたって任せてもらったサイトデザインも、どちらも「やらせてほしくてやる仕事」でしたし、「頼んででもやりたい仕事」だったのは間違いないです。まさか独立するサイトを作らせてもらえるなんて思ってもいなかったですし。
河瀬:いやいや、こんなに素敵な仕事をして、人間味あふれる人から「やらせてください」って言われたら、「え? むしろやってくれるの?」という気持ちでしたよ。
太田:それはありがたいです。仕事だけを見れば決して関わりが多いわけではない僕らと河瀬さんですけれど、河瀬さんにはSteve* inc.はどう見えているんですか?
河瀬:Steve* inc.って、言葉にすると「スティーブ・アスタリスク」ですよね? もうすごくかっこよくて、すごくシュッとしてる。だけど、実際にその中の方々に会うと、まず代表の太田さんは、見た目はシュッとしているけれど、想いや熱にあふれていてすごく人間くさいんですよね。それは太田さんだけじゃなくて、他のSteve* inc.の皆さんにも感じる面白いところだと思っています。どこまでもかっこいい人はいるけれど、それだけじゃない。そこに人間味があるというのは、Steve* inc. が手がけるデザインにも通じる魅力だと思います。
太田:人間くさい(笑)嬉しいです。DATE SEVENのラベルの話にも近いですね。デザインも人も企業も、ただかっこいい、可愛いだけじゃ面白くない。本当にその通りですよね。
(後編へつづく)
今回登場したお酒「DATE SEVEN SEASON2 Episode1 浦霞style」
今回登場したおつまみ「仙臺たんや 利久」:
Steve* inc.
Steve* Magazine by Steve* inc.
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