JR九州階段_編集後

一度目で、やろう

精神力を、鍛えられたら、いいなあと思う。

どんな場面でも、心がアップアップしなければ、こんな私でも、もっとうまくできるはず、と思うことがある。

焦らせないでくれ! 同時に複数のことを頼まないで! と相手にいえるわけでもなく。言ってみたところで、他人を意のままにうごかすのは、ものすごくむずかしい。

自分が強くさえあれば、という結論になる。

そんなとき、思いうかぶのは、コンピュータの処理速度。

どんなときに、処理速度は遅くなる? それはもちろん、マルチタスク。

自分の脳を、コンピュータのメモリ容量にたとえてみる。

メモリそのものが大きければ、ある程度のマルチタスクまで耐えられるだろう。ただし、メモリそのものを大きくしたい、となれば、買いかえるか、外部メモリを買ってくるしかない。それらの対応策は、人間の脳では対応不可なので、想定にいれない。

では、どうする?

マルチタスクをさせない事。一度に、一つのことをする。一度に、一つのことしかしないよう、努力する。

マルチタスクにも種類があって、なにか気になることを引きずりながら、ひとつの仕事をする場合と、それから、ほんとうに2つの仕事をしようとする場合がある。

後者は、けっこう本人の意のままになる場面が多い。「ながら作業」というのが、それ。できてしまえば得するし、できなくても、ひとつずつこなせばよいので、それでよしとする。

問題は、前者。

日々の生活のなかで、気になってしまう事は、山ほどある。ゴミ箱にたまったゴミをまとめなきゃ、に始まり、いつまで続くかわからない人間関係の齟齬に至るまで、大小さまざま。性質も色々。

それも、「気にかけよう」と自分で意識しなくても現れるやつもあるから、たいへんだ。だまって後ろをついてくる。「ゴミをかたづけて」「新聞縛って」「PCそろそろ買い換えて」「国民年金払って」。いつかはやろう、と思っている。けれど、火急ではないから、後回しにする。

ゴミ箱が、目にはいる。「まとめなきゃ」って思う。

家のなかを歩くたびに、ゴミ箱は、目にはいる。そのたび、気にかかる。さらに、「片づけられなかった前回の自分」のことも、思いだす。

そこ。

そこで、メモリの浪費につながっていると、わたしは思った。

人間の脳は、特技も欠点もあるけれど、損か得か、という評価をくださない、こういう性質がある「やらなきゃ、と少しでも意識すると、しばらくのあいだ忘れない」

ゴミ箱なんか、あふれても死なないし、あとでいいや、と割りきれる人なら、問題ない。そのことが課題となるのは、ゴミ箱はなるべく空の状態にしておき、快適に使いたい、と考えている、身ぎれいな人。

そういう人の脳は、ちゃんと、ゴミ箱のことを忘れずにいるのだ。なにか他の作業をしていても、しばらく尾を引いて、ゴミ箱のことを覚えている。

すると、マルチタスク。すると、パフォーマンスが下がる。

後ですればいいこと、ってたくさんある。でも、後回しにして本当に得かどうかは、その人が、どれくらいその事を、切りすてられるか。

切りすてられない、という性格を、悲観することはない。性格は、直すのに時間がかかるので、手をつけない。

そのかわりに、するのが、「一度目で、片をつけよう」

ちょっとでもメモリの大きい人は、「片づけよう、けれど、あれとこれも同時にできれば効率的だから、条件がそろうまで待とう」と考える。

あれも、これも、それも、とだんだん欲張るようになる。そのうち、一度で片づけるには大きすぎる課題に、成長している。

一度目で、一つ目から、やってみる。おっくうだ、と思っても、一粒目から、こなしてみる。

すると、将来、なんども襲ってきたであろうメモリへの再入力から、自由になれる、とわたしは思ったのだ。

身軽な人は、やっぱり、つよくて優しい。


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