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メタバース最後の日

昨今良く取り上げられる「メタバース」という言葉。これを苦々しく思っているのは私が元祖メタバース(とも言われる)「セカンドライフ」(以下SL)の住民だったからかもしれません。
世間的にはダメダメですぐに廃れたレガシーでチープな仮想世界ということになっているSLですが、内部にいた者からすると「それはちょっと違うんじゃないかな?」と思わなくもないのです。
実は今の仮想世界の実態と比較しても優れている部分はいろいろあります。

・自分が作った3DCG的な成果物を低コストで他者と体験として共有できる
・インスタンスではなく同時に存在する複合的なシムの集積である「世界」  を実現していた
・独自の電子通貨の存在とその経済規模(しかも$兌換)
・購入や支払いから着替えまで全てがインワールドで完結するシステム
etc

確かにブームとしてのSLはすぐに終わりましたが、実はその後も世界中の住民が、同時接続数万人という規模で15年以上に渉ってこの仮想世界に関わり続けているのが真実です。(なんという化け物ぶり)

PhotoShopもBlender触ったことがないnewbieとしてスタートし、コミュニティやお店が出来上がって街になり、そこにインワールドカルチャーや経済が生まれるのを見てきました。

「欲しいけれど無いから作る」を信条に、私のお店”Five minutes after”はSL内に数年間存在していました。ヴィンテージ感のある建物や家具からアクセサリー、服や靴など欲しいものを細々と作っては販売して楽しんでいましたが、2019年くらいに一通りやりたいことをやり切ってしまった感覚がありました。コミュニティの形も当初とはかなり変わってしまったこともあり、ふと「もうそろそろいいかな」と思い立って、友人たちと作ったminnalousheという島から去ることで私のFive minutes afterは終焉を迎えました。
(私が現在VRをプレイするために構築した環境、数千ドル分の全てがこのSLでの店舗の売上から捻出されています)

これはお店を閉めるにあたって、お店ブログに最後に掲載したエントリで、私がメインに使っていたAgatheとUsacoというアバターの2人がSLの世界を去るという体のお話仕立てで書いたものです。たしかお店を撤去する前に撮ったスクショ(トップの画像がそれです)から即興で思いついたものだったと思います。(思えば変なお話仕立てに駄文を書くことがわりとたまにありました)
久しぶりに自分で読んでみたら、我ながらわりとエモかったので個人メモとしてnoteにも残しておきます。(お目汚しとは思いますが)

2019-10-11終章 5分後の世界

こんにちはうさ子です。

いま私の横では女子高生コスのアガットさんが超絶下手なリコーダーで「蛍の光」を演奏中。つっかえたとこでやめて、また最初から再開するのでいつまでたっても終わりません。成り行き上、見守らざるを得ない私としてはたまったものではありません。いいかげんにしてほしい。とはいえ、この島で暮らし始めて早5年。さすがに今日が最後だと思うと感慨深いものがあるに違いないのです。
傾き始めた午後の日差しの中、私は諦めて日傘を畳みました……

アガットさんと知り合ったのは3年くらい前のことでした。
こんなわけのわからない世界に放り出されて途方に暮れている私にここでの暮らし方や生きていく術をを与えてくれたのが彼女です。足を向けて寝られません。
確か残業後にタクシーを拾おうと外苑西通りに身を乗り出したらそのまま前方不注意のトラックに轢かれたはず。なのに気が付いたら無傷でここにいたのでした。
ははーん、これがいわゆる異世界転生ってやつだな? 
やってたゲームの中に転生しちゃう系だなこれ。
でもね、だからこそほんとに困ったんですよね、このゲームみたいなへんてこな世界には。
だってここには冒険者ギルドもないし、魔法もチートもレベル上げも無い。
ただただカオスで世知辛くて、目的も何にも無い世界だったんですから。

途方に暮れてアキバのカオスな街で行き倒れていた私に、謎のうさみみヘッドホンの人が声をかけてきました。それがアガットさんと私の最初の出会い。なんでも遠い南のほうの島でずっとお店をやって暮らしている人なのだそうです。「居候の一人くらいはどうにでもなるから」と、遠慮する私を半ば強引に連れ帰ってくれたアガット氏。今考えると便利な働き手が欲しかっただけに違い無いのでした。

彼女が作る謎の家具とか変な服、変な建物。
塗装の下地作業とか縫製とか、まあいろんなお手伝いをしました。働かざるもの食うべからず。それはそれで楽しかったのです。「これからは飲食だ!」とか突然思い立ってカフェで働かされたりもしたのも今となっては良い思い出。
親切な近所の友人や、楽しいお客さん(たまに変な人もいましたけど)に囲まれてそれなりに充実した毎日。
漠然とそんな日々がず~っと続いていくような錯覚に陥っていました。

「うさ子、ちょっと話があるんだけどいい?」
ある日のカフェの店じまい後、彼女がそう切り出しました。
予感はなんとなくあった。そうあったんです!
ここは余生(secondlife)の世界。でもいまの私たちはなんか違うな~って。
なんとなくだけど、こういうことではなかったはずなんですよ。

「……とりあえず今のお店はいったん畳んで旅に出ようと思うんだけど」
うさ子はどうする? 読めない表情の目の奥で彼女がそう言ってる気がしました。漂泊の思い止まず。
そんなの答えは一つに決まってるじゃないですか。


思い出のお店を取り壊す前日。
なんとなく二人でお店の前で佇んでいました。
そして冒頭の「蛍の光」に至るわけです。
だめだこの人、壊滅的に音楽的センスが無い……。
アガットさんがふと謎の演奏を止めます。
「Five minutes afterってどういうことかわかる?」
「あ、はい、村上龍の『5分後の世界』にインスパイアされたんでしたっけ? でも文法なんかおかしくないですか?」
これは本当は言ってはいけないことなのです。アガット氏の機嫌を損ねます。でも最後の日だからまあいいよね。
「5分後の世界って結局平行世界の話でしょ? 
私もうさ子もまあいわば平行世界から来たわけで」
……言っていることはよくわかりませんが、
言わんとしていることはなんとなくわかるのです。

たぶん分岐したたくさんの平行世界=選択肢の中でなにも見失わないように。なにかあってもまたここに帰ってこられるように。
「目印みたいなものだよ、ここは」
じゃあ壊しちゃったらダメじゃん!?
「目印はお店そのものじゃないんだよ、たぶんね」
そうですね、たぶんここでの縁や繋がり、そういったたくさんのもの……。

私はいくつもの世界(ゲーム)を旅してきた。
思えば遠い別の宇宙での惑星開発から始まった旅だったはず。

「さあて、これからどうしましょうか?」
私は彼女のリコーダーをさっと奪い取ってしまいました。
「とりあえずはどこか他の土地でも探そうよ。
でもその前に今夜は祝杯を上げにいこう? 何の祝杯かはわからないけどさ」
そして私たちはいつものように笑い合いながら
島のワープゲートに向かって歩き出しました。

Restart of five minutes after
<完>


最後に撮った二人のポートレート。私のアバターは我ながら美少女だったです


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