【短編小説】③ 夜明け前の逃亡者
北海道の道東にあるM町は、10年ぐらい前から、ロックやポップスなど若者向けの音楽を一切禁止していた…。
それというのも…、
以前、アマチュアのロックバンドがM町でワンマンライブを開催した際、若い町民達が異常なほど熱狂してしまい、ライブ中に興奮した若者達が、ケンカしたり、失神して救急車で搬送されたり、挙句の果てに数名程が心臓発作で死亡するといった事態にまで発展してしまい、その年に町長の独断で禁止に至ってしまった…。
しかし、若い町民達が、いつまでも我慢出来るはずもなく、何度も町長に禁止の撤廃を申し出たのであるが、ことごとく断られてしまうのである…。
「…ったく、あの町長、ホント頭に来るよなっ! いい加減にしろってのなっ!」
ミノル達は、中学に入学した頃から、町長に何度も禁止の撤廃を申し出ていたが、この日も断られてしまい、ふてくされながら歩いていた。
「なぁ、ミノル。いっそ、道庁に行って、道知事に申し出た方がいいんじゃね? あの町長に何度言ってもムダな気がしてきたしよ…」
「…でもなぁ…、その前に、オレ達、この町から出らんねーぜ?」
「そうだよなぁ…」
ミノル達は、ハァーッと溜息をついた。
すると、その時…、
ミノルは、後ろから、ポンッ!と肩を軽く叩かれた。
「よぉっ、君ら、この町の子?」
後ろを振り向くと、ミノル達は、ギョッ!と驚いた表情で、声を掛けてきた男と、その仲間らしき男達を見た。
男達は、余所(よそ)から来たらしく、あまりにもド派手な格好をしていた。
「そっ…、そうです、けどっ…、あんた達はっ…?」
ミノル達は思わず一歩後退りし、ガタガタと震えながら男に訊いた。
「俺らさ、札幌からライブしながら道内回ってんだけどさ、この町でもライブさせてもらえねーかと思って、町の役場に行きてーんだけど、教えてくれねーか? あっ、俺、伽羅っていうんだ、ヨロシクなっ♪」
そう言いながら、伽羅(キャラ)はスッ!と手を差し出し、ミノルと握手を交わした。
が…、
「行ってもムダだよ…。この町、ロックとかの音楽、禁止してんだよ…」
ミノルはそう言いながら、ハァーッと溜息をついた。
それを聞いた伽羅達は、ププッ!と吹き出して笑った。
「冗っ談キツいぞっ…。イマドキ、そんなの禁止になんかっ…」
「マジなんだってっ! ウソだと思うなら、町長んトコ行ってみろってっ…!」
ミノル達がそう言うと、伽羅達は笑うのをやめ、半信半疑で町役場へ行った…。
そして、数十分程経ってから、伽羅達はムッとした表情で戻ってきた。
「なっ? ウソじゃねぇだろ?」
「…おい、一体、何なんだよ、この町。何でロックとかイマドキの音楽がダメなんだ…?」
伽羅は、納得いかないといった表情で、ミノルに訊いた。
ミノル達は、この町でロックやポップスなどの音楽が禁止に至った経緯を伽羅達に話した…。
一通り話を聞き終えた伽羅達は、考え込みながら、互いに顔を見合わせた。
「…なぁ、その事件、変だと思わねーか…?」
「だな…」
「それによ、そのロックバンドの名前、札幌で聞いた事ねぇし…」
「何か、わざと仕組まれたっぽくね?」
伽羅達が口々にそう言うと、ミノル達は、驚いた表情をした。
「わざとって…、何の為に…?」
「何ていうか…、あの町長、何か隠してるみたいな…」
伽羅達は、ミノル達と話し込み、夜中に町長の事を一緒に調べる事にし、作戦を練っていった…。
23時頃…、
ミノル達は再び伽羅達と合流し、人目につかないよう、町長の家に向かった…。
町長の家の裏側に着くと、ミノルと伽羅は屋根裏に忍び込み、天井の隙間から町長の部屋を覗き込んでみた…。
ーーこんな事、見つかったら、こっぴどく怒られるだろーな…ーー
ミノルがそう思っていた時、伽羅は、一瞬、目を大きく見開き、サーッと顔を蒼ざめた。
「おっ…、おいっ、見てみろっ!」
「んっ? どうしたんだ?」
伽羅は、ガタガタと身体を震わせながらも、ミノルにも部屋を覗かせた。
ミノルは、一瞬、悲鳴を上げそうになるのをグッと抑えるも、伽羅と同様、サーッと顔を蒼ざめた。
それというのも…、
部屋の中に、人間の皮が脱ぎ捨てられており…、
その傍らに、人間より大きな狐が、貪るように何かの肉を食べていたのである…。
「なぁ…、まさかと思うが、狐が食べてるのって…」
伽羅がそう言いかけてミノルの方を見ると、ミノルは、隅っこの方へ移動し、嘔吐していた。
ーーこれ以上、ここにいるのはマズいな…ーー
伽羅は、ミノルを連れ、急いで屋根裏から外へ出ると、町長の家の近くで待っていた仲間達のところへ来て、有無を言わさず、皆を連れて宿泊先の旅館まで一目散に走った…。
旅館に着くと、伽羅は部屋の近くに誰もいない事を確認し、部屋のドアの鍵をかけ、窓のカーテンも閉めると、念の為、どこかに盗聴器や隠しカメラが仕掛けられていないか、部屋の中を隅々まで入念にチェックした…。
「おい、伽羅、一体どうしたっていうんだ?」
「…いいか、ここで今から話す事は、絶対、他んトコで言うなよっ…?」
伽羅が、いつになく真剣な表情をしていたので、バンド仲間達は、とりあえずおふざけなしで、黙って話を聞いた…。
伽羅が、一通り話し終えると、皆、サーッと顔を蒼ざめた。
「マジかっ…」
「なぁ、伽羅…、それって、本物の町長が、そのデカい狐の化け物に食われたって事か…?」
「恐らくな…」
「…この町の人達、町長の正体知らねぇんだろうな…」
「かもな…。知っていたら、黙っちゃいねぇだろ…」
「オッ…、オレ達、このままじゃ、あの化け物に食われちまうかもしれねぇって事かよっ…!」
ミノル達は、今にも泣きそうな表情をしていた。
その日、ミノル達は、一旦家に帰る事にした…。
翌朝…、
ミノル達は、当面必要な着替え等を、大きめのバッグに詰め込むと、それを持って再び伽羅達の宿泊先の旅館に来た…。
「ミノル、オレ達だけ逃げても、他のヤツラはどうするんだ? このままじゃ、あの化け物に…」
「だからって、オレ達に何が出来んだよ?」
「見捨てんのか?」
「そんな事ぁ言ってねーだろっ!」
「じゃ、どーすんだよっ?」
ミノル達がもめていると、その様子を見ていた伽羅達は、止めに入った。
「おいおい、仲間割れしてる場合じゃねえだろっ!」
「少し落ち着けよっ…」
「あんた達は、どうせ札幌に帰っちまうから、そんな事言えんだよっ!」
ミノルは思わず、伽羅達にそう言い放ってしまった…。
だが…、
伽羅達は、怒るどころか、ミノル達が不憫に思えてきて、言い返そうとしなかった…。
少し経って、ようやくミノル達が落ち着いてくると、伽羅は、ミノルに話しかけた。
「俺らじゃ、大した力になれねーけど、腕のいい霊能力者なら、紹介出来るぜ…?」
「えっ…?」
「そいつ、タチ悪い低級霊とかを専門に退治したりするから…」
そう言いながら、伽羅は、知り合いの霊能力者の名前と連絡先、住所をメモし、ミノルに手渡した。
数時間後…、
伽羅達は、乗ってきたワゴン車で、M町から引き上げていった…。
ミノル達は、伽羅達を見送ってから、旅館を後にし、一旦ミノルの家に集まった…。
「ミノル、どうする…?」
「夏休みまで待った方が良さそーだな…」
ミノルは、伽羅から手渡されたメモに書かれた霊能力者の情報を、すぐにスマホの連絡帳に登録し、他の仲間達にも登録するよう促した。
全員の意見が一致し、ミノル達は、2週間後の夏休みに、作戦を決行する事にした…。
だが…、
1学期の終業式の3日前、ミノル達は、とんでもない話を聞いてしまった…。
HRの時間、担任教師が教室に入って来るや否や、
「今年の夏休みは、全校生徒が学校で合宿し、補習する事に決定しました…」
と言い出し、教室内にいた生徒達が、一斉にざわついた。
「なんでだよっ!」
「ふざけんじゃねーよっ!」
「ウソでしょっ!」
「これは、町長からの命令で、昨日、町議会で決定した…。仕方ないだろう…」
「冗談じゃねぇっ! オレ、夏休み中は家族と親戚んトコ行く予定あんのにっ…!」
「…それも、ダメらしい…。万が一、無許可で町を出ようとした場合は、1週間、拷問を受ける事になるそうだ…」
「…っ?!」
ーーそんなっ…?!ーー
担任教師の話を聞き、生徒達は騒然となった…。
下校時、ミノル達は、帰り道を歩きながら話していた…。
「どうする? このままじゃ、夏休み入っちまったら、オレ達、町から一歩も出らんなくなるぞ…?」
「…こうなったら、予定繰り上げて、今夜、決行しよう…」
「えっ…? 急じゃねっ?」
「いや、急いだ方がいい…」
ーー何か、やな予感するしな…ーー
ミノルは、言い知れぬ不安を募らせていた…。
ミノル達は急いで帰宅し、先日予め準備していたバッグを持ち出すと、21時頃、人目につかないよう、駅近くにある公園に集合した。
そして、伽羅にも、その日に聞かされた話をLINEで送信すると、すぐに既読がつき、
〈急いで町から逃げた方がいい!〉
と返信があった。
「みんな、揃ったな?」
ミノルの言葉に、皆、うなずくと、ミノル達はM町の駅からではなく、隣りのE町の駅に向かい、そこから札幌行きの特急列車に乗る事にし、人目につかないよう、乗ってきた自転車のライトは点けずに、E町へ向かった…。
暗い林の中や川岸を抜け、広いトウモロコシ畑の細道を、ミノル達はひたすら自転車を漕ぎ続けた…。
やがて、M町とE町の境にある橋の近くまで来た…。
その橋は、1km以上という長さだった…。
「この橋を越えて行けば、こっちのもんだよなっ…」
ーー…越えられればな…ーー
ふと、ミノルはそんな事を思いながら、皆と一緒に自転車で橋を渡ろうとした。
が…、
その時…、
「コラッ! お前達、どこへ行くつもりだっ!」
橋の近くで見張りをしていた警官が、ミノル達を見つけると、パトカーに乗って追いかけてきた。
「うわっ、ヤバいっ!」
「何で見張りなんているんだよっ!」
ミノル達は、必死に自転車を漕ぎ続けた。
E町にさえ入ってしまえば、M町の決議案は効力を成さない上、M町の警官は手出し出来なくなるからである。
ーーあと、もうちょいっ…ーー
だが…、
仲間の1人が、橋の上の置き石にぶつかり、自転車のコントロールが利かなくなり、自転車ごと転倒してしまった…。
「おいっ…?!」
ミノルはすぐに助けようと、引き返そうとしたが、
「行け、ミノルーッ!」
転倒した仲間は、警官に捕まってしまったが、必死に抵抗し、警官の手を煩わせて、ミノル達が少しでも逃げられるよう、時間稼ぎをした。
ミノル達は、橋を渡り切り、E町に入った…。
そして、E町の駅に着くと、ちょうど札幌行きの特急列車が到着していたので、ミノル達は急いで乗車券を買い、特急列車に乗って札幌へ向かった…。
ミノル達は、そのままぐっすり眠ってしまい、窓から差し込む朝陽で目を覚ました…。
外を眺めると、遥か前方に、札幌中心街のビル群が見えてきた…。
ーーあれが、札幌…ーー
ミノル達は、窓から、初めて札幌の街の光景を見て、不安な気持ちになっていた…。
※2024年4月10日、作(旧:1993年11月6日、作)
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