Childhood's End⑦

６年生になると、『クラス替え』があり、文人は忍と同じクラスに、竜次は洋次と同じクラスになり、文人と竜次は初めてクラスが離れてしまった。
竜次と洋次のクラスの担任には、他校から転勤してきたばかりの大瀬浩一（おおせ　こういち）という体育会系の男性教師になった。
ＨＲの時間、大瀬は竹刀を持って教室に入ってきた。そして、自己紹介をしていた際、窓際の席に座っていた洋次の髪の毛の色を見ると、怒りを顕わにした表情で、洋次のもとへツカツカと歩いてきた。
「おいっ、コラッ、貴様っ！　ガキのくせに、この髪の毛の色は何だっ…！」
大瀬は、いきなり洋次の髪を掴むと、そのまま席から引きずりだした。
「いてっ…！　何すんだよっ…！」
洋次が思わずキッ！と大瀬を睨みつけると、大瀬は逆ギレし、そのまま洋次を廊下に引きずりだすと、水飲み場に連れてきて、水道の蛇口をひねって洋次の頭から水をかけ流した。
「教師に向かって何だっ！　その反抗的な態度はっ！」
他の教室にいた生徒達も、大瀬の怒鳴り声を聞いて廊下に出てくると、その様子を見て、思わず震えだした。
「先生、やめて下さいっ！」
「お前も逆らうのかっ！」
竜次が止めようと駆けつけたが、大瀬が手に持っていた竹刀を振り下ろし、竜次は打たれてしまった。
「やめて下さいっ！　沼津君は、亡くなったお母さんがイギリス人で、髪の毛の色は、生まれつきなんですよっ…！」
騒ぎを聞きつけた他の教師達が慌てて駆けつけてきて、大瀬に洋次の髪の毛の色について、事情を説明した。
すると…、
「…何だ、貴様、半人前かっ…？」
大瀬は、洋次に侮蔑の眼差しを向け、そう言い放った。
「何だとっ、この野郎っ…！」
洋次が反撃しようとした時、竜次はとっさに洋次を取り押さえ、有無を言わさずそのまま保健室に連れてきた。
竜次は、保健室に来ると、先生がいないので、棚の引き出しからバスタオルと着替えを出してきて（いつも文人を連れて来ているので、どこに何があるか把握している）、洋次に手渡した。
「…竜次、何で止めたんだっ？　アイツ、俺の事バカにしたんだぞっ…！」
洋次は、濡れた服を脱ぎ、髪を拭いながら、竜次を睨みつけた。
「洋次、少し落ち着けっ…。いくら俺達がケンカ慣れしてるからって、相手は大人だぞっ…」
竜次はそう言うと、洋次の額を指でバチッと叩いた。
ーー大人だろうが、教師だろうが、あの野郎、絶対許さねぇっ…！ーー
洋次は、大瀬に対して、沸々と怒りが込み上げてきていた…。

担任の大瀬は、何かにつけてクラスの生徒達に対して、体罰を与えるようになった。
生徒達は、なるべく大瀬を怒らせないよう、毎日顔色を伺い、怯えながら授業を受けていた。

１学期の半ばになると、大瀬の体罰はエスカレートしていった。
特に、洋次に対しては、ハーフだという事だけで『目の敵』にでもしているかのように、他の生徒達以上に体罰と嫌がらせを加えていった…。

そんなある日、大瀬は、洋次の髪の毛を掴むと、持っていたハサミで、洋次の髪を切り落とそうとした。
「先生っ、いい加減にしろよっ…！」
普段温厚な竜次も、この時ばかりは黙って見過ごすワケにはいかなくなった。洋次に対する大瀬の体罰と嫌がらせが、あまりにも酷いので、竜次は見るに見かねて止めに入った。
その結果、竜次も大瀬に『目の敵』にされてしまい、洋次と一緒に体罰と嫌がらせを受けるようになってしまった。
竜次と洋次の体のアザは、日毎増えていった…。

ある日の放課後、竜次と洋次は、誰もいない体育館そばの裏庭で話し込んでいた。
「…俺達、このままだと、卒業するまでにアイツに体罰受け続けて、その最中に、殺されかねないぞ…」
「あぁ…」
竜次も、大瀬の土を越えた体罰に対し、我慢の限界に来ていた。
「けど、どうやって仕返ししたらいいと思う…？　もし失敗したら、今まで以上にひどくなるかも…」
洋次はいつになく弱気になってそう言い、溜息をついた。
「…そういえばアイツ、前の小学校でも、同じように体罰してたんじゃないか？　だったら、俺達と同じように、アイツの事恨んでるヤツ、沢山いるんじゃないのか…？」
竜次の口からそんな言葉が出ると思っていなかった洋次は、驚いて思わず振り向いた。
ーー竜次…？　お前、何言ってる…？ーー
洋次は、うつむいた竜次の表情が、次第に険しくなっていくのを見て、思わず背筋がゾッとした。
「…なぁ、洋次。明日、大瀬が前にいた小学校に行って、俺達みたいに体罰与えられたヤツラを集めてみようか…？」
竜次の口から信じられない言葉を聞き、洋次は耳を疑った。
「…おいっ、竜次っ、お前、本気で言ってるのかっ…？」
「ああ…」
この時既に、竜次の心の中で、大瀬に対する『憎悪』が芽生えていた…。

翌日、竜次と洋次は、朝から具合が悪いフリをし、親が学校に連絡をして、『ズル休み』した。
通勤や通学の時間が過ぎてから、２人は家を抜け出し、大瀬が以前いた白石北小学校に行った。そして、大瀬が担任をしていたクラスの生徒達が卒業している事を知り、仕方なくその卒業生が通う白石北中学校へ行き、大瀬に体罰を与えられていた生徒を探し出し、事情を説明した…。
「あの暴力教師、まぁだそんな事してんのか…？」
元生徒の１人・風間司（かざま　つかさ）は、中学校の不良グループに入っていた。
「…俺らの上級生の中でも、アイツから体罰受けて、相当恨んでるヤツいるからよ、まぁ、任せとけって…」
司はそう言って、竜次と洋次を３年生の教室へ連れて来た。
「おう、司か。何だ…？」
その教室は、番長のいる教室だった。司は、番長に竜次と洋次を紹介し、２人から聞いた話をした…。
「…そうか、大瀬のヤツ、他の学校に転勤しても、相変わらず暴力振るってんのかっ…。あの野郎っ…」
番長は怒りを顕わにすると、司に仲間を集めてくるように言った。
「それにしても、お前ら、まだ小学生なのに度胸あるな…」
番長はそう言うと、竜次と洋次の頭を撫でた。
「お前ら、度胸ありそうだから、今から俺らの仲間に入って、鍛えねぇか？」
「えっ…？」
「…でもっ…」
竜次と洋次は、お互いに顔を見合わせた。
「俺らの仲間に入ったら、何も恐いもんなしだ♪　こう見えても、俺ら、市内の不良達の間じゃ名が通ってるからよ♪」
２人は、しばらく黙ったままだったが、大瀬に仕返しする為ならと考え、うなずいてしまった。

その日の夕方頃、番長は仲間達を中学校近くの空き地に集めた。
番長は皆に聞こえるよう、半ば怒鳴り声に近い大声を出した。
「…お前らの中に、あの暴力教師の大瀬の生徒だったヤツがいると思うが、あの野郎、未だに暴力を与えているらしいっ…！　小学生の頃は、体力の差があって仕返し出来なかったヤツもいると思うっ…！　今日、２人の小学生が、わざわざ俺らを尋ねてきたのは、俺らと同じように毎日暴力を受けているからだっ…！」
番長は熱っぽく、まるで演説するかのように、更に言い続けた。
「これ以上、アイツの好き勝手にさせていいと思うかっ？　アイツが教師を辞めない限り、俺らのように被害に遭うヤツが、今後も増えていくんだっ…！　この辺で、そろそろ、アイツに天罰を下してみようと思うがっ、皆はどう思うっ…？」
番長がそう言うと、集まった仲間達からドッ！と歓声が上がった…。
「大瀬に、天誅をっ…！」
その歓声は、しばらく空き地に響いていた…。

数日後、竜次と洋次は作戦を練る為、再び番長に逢いに行く事にした。
２人が放課後、学校からまっすぐ出掛けるところを、忍が偶然目撃し、こっそり後をつけた。
ーー…あの２人、どこに行くんだろう…？ーー
２人は空き地に到着し、番長達に逢って話していた。それを見て忍は、近くの公衆電話から好美に電話をかけた。
１０分後経ってから、好美は駆けつけた。
「…忍、どうしたの？」
駆けつけた好美は、忍がかなり慌てて電話をしてきたので、ただ事ではないと思っていた。
「好美ちゃんっ、あれっ、見てっ…」
忍はそう言って指をさした。
忍の指した方向には、竜次と洋次の姿があり、その周りを、中学生の不良グループが囲んでいた。更に、その中に司がいるのを見つけると、２人とも愕然とした。
「そんなっ…！」
不良グループの仲間である司は、小学時代から評判の悪いヤツだった。その司と、竜次と洋次が何故一緒にいるのか、検討もつかなかった。
「…どういう事…？」
「判らない…。でも、何だか嫌な予感がする…」
好美と忍は見つからないよう、話し声の聞こえる場所まで、少しずつ近づいた。
そうとは知らず、竜次と洋次は番長達と話し込んでいた…。
「お前達、もうすぐ修学旅行だよな？　あの大瀬も、引率で行くんだろ？　修学旅行から帰った後、一旦学校に集合して解散だよな？　その時に…」
その話を聞き、忍は驚いて声を出しそうになったが、好美がとっさに手で忍の口を押さえた。
「ごっ、ごめんっ…」
忍は小声でそう言った。

好美と忍は、不良グループが帰った後、しばらくしてからその場を離れた。
「…あいつら、どうやら大瀬にヤキ入れるつもりみたいだけど、どうする…？」
「…しかも、風間が関わってくるとなると…」
好美も忍も、大瀬が以前、白石北小学校にいたので、体罰の噂は聞いていた。被害に遭った生徒が多く、大瀬のせいで『不登校』になった生徒がいる事も知っていた。
だが…、
司が関わってくるとなると、竜次と洋次の２人が、大変な事に巻き込まれる可能性があった…。