迷妄の道
記憶の砂嵐が吹き荒れる道の上で私は身を伏した...
巡礼の道の途上にてうずくまる身体のなかを、粒子となった記憶がノイズとともに吹き荒れてゆく...ノイズが身体を解体してゆくような感覚のなかで、思考は堂々巡りを繰り返し狂ったように暴走しはじめ、私の身体を抜け出してノイズの塵のなかへと紛れていった...
そこには虚ろになった頼りなさを抱えながら、自分が外界との接触面のみで成り立っている薄い殻のようなものだけになった私がいた...外皮を透して世界を視ているような… 或いは 外皮のスクリーンに映し出された世界を観ているような私がいる...
記憶の塵のひと欠片になったような感覚と、自分の殻が巨大な天蓋でもあるような感覚とが錯綜しながらも、私は私であるという実感だけは辛うじて保たれていた...殻としての自分と、その中にいる微生物のような極微の生命体としての自分と、それを上空から視ている私とが同じ私であるという不思議な実感のなかに私はいた...
迷妄の闇の中からうごめき出す幻影の手招きがスクリーンに映し出され、まるで舟人を惑わすセイレーンのような声が現れては消えてゆく...それは古代から蓄積されてきた人類の記憶が呼び戻された如くに立ち現れて来る...
寄る辺なき旅の途上に現れた幻影は、外皮のスクリーンを喰い破るように手を伸ばし、ときにやさしい顔で… ときに恐ろしい眼で私を翻弄してゆく...
記憶の嵐はしだいに激しさを増し、蠢く魑魅魍魎たちが次々に合体しながら妖しい龍の姿となって私を呑み込んでいった...
身体を切り刻むようなノイズは止み、静寂のなかに呼吸だけが反響する空間認識のなかで、私は誰かに見られているような… 或るまなざしを感じていた...私ではない誰かが私の呼吸をしずかに視ている...まるで重力を持っているかのように、それは私のど真ん中を射抜いていた...
中空の殻になった私が嵐のなかで吹き飛ばされなかったのは、この撃ち込まれた視線の所為だったのかもしれない...その視線は屈んだ目の前の地面を僅かに照らし、覚束のない私にひとつの明かりが灯ったような安堵感をももたらしていた...
それは蛹のなかに命が灯ったような… 繭のなかの命が目覚めたような感覚を呼び起こし、極微の生命体がしだいに増殖し外皮の天蓋を満たしてゆくような、言い知れない感情へと私を導いていった...
一個の微生物としての視座のなかで、この器としての肉体は大地の土壌でもあるかのように命で満たされている...
それは私の身体がひとつの生命圏でもあるような世界の在り様を見せられた感覚だった...
迷妄のなかに見たvisionは、吹き飛ばされた思考の代わりに土壌としての私を賦活させ、脳と腑の二重構造のなかに、何者かの眼差しによって放たれたひかりがオーラとして輝いている姿を想起させるものだった...
ほのかに照らされた巡礼の道は、私を呑み込んだ龍の胎内を思わせる闇の彼方へと続いている...それは空間としての太極図を思わせ、陰のなかに宿った陽の道であることを私の腑は教えていた...
意識のひかりでは辿れない巡礼の道は、ときに迷妄のなかを潜り抜け、魂の視座としての腑の土壌を耕すことを求めているのかもしれない...
誰かのまなざしに導かれるように...
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