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洋装の「本物」さと純度
モノの真贋の判別によりそのモノの価値は大きく左右されます。時計やブランドモノを例にとっても、そのモノの保証書やプロによる鑑定書など、本物であることの証明ができるか否かで経済的な価値は大きく揺らぎます。
どんなに綺麗に作り込んでいてもひとたびそれが本物ではないことが判ると、途端に経済的な価値(換金性)は地に堕ちてしまいます。
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我々が求める「本物」
世間がモノの真贋を重視していることがわかった上で、洋品類に於ける本物と偽物と聞いて何を思い浮かべるでしょうか?本革に対する合成皮革、天然繊維と合成繊維、中国製と英国製、マシンメイドとハンドメイド、耐用年数の長短。。。
イタリアの皮革製品と聞くと、一般的には本物の上質な品物を連想します。しかし「made in Italy」の表記をする上での基準はイタリア国内で最終処理を施していること。
表面の磨き、タグ付け、装飾などの工程をイタリアで行いさえすればそれはあなたの連想した高品質なモノでしょうか?
そんな背景を知ると、経済性が満たされることが即ち皆さんが求める「本物」ではないことが分かります。
この肩透かし感は、上記で確認してきた換金性とはまた異なる角度の「本物」さを求めているからこそ湧いてくる感情であり、あなたが本質的なモノの良し悪しに惹かれ興味を抱いているということの証明です。
そして、洋装に求める「本物」性とは形や素材、ディテールなどが歴史に裏打ちされた、文化の血が通っていることだと考えます。
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翻って、偽物の偽物たる所以は、まず本物が実在してそれに似せて作られている事です。
例えるなら、カニかまぼこは美味しいですが、カニそのものかと言えば明確に偽物です。存在を否定するわけではなく、本物ではないという事実があります。
それではウールと化学繊維の混紡素材は偽物でしょうか?
手に取ったジャケットがウール100%だと思っていたら、素材表記を確認すると実は化学繊維が使われていた時、購買意欲が大いに萎えていくのを思い出して頂ければ思います。
敢えて申し上げるなら、半分本物、つまりは本物度合いの低いものと位置付けることができるでしょう。本質的には本物度合いに対して純度が高いモノを我々は求めているのです。それがモノ選びの重要な視座になります。
「本物」の変遷
はたまた、スーツの源流である英国の物を本物とした時、フランスやイタリアのものは偽物でしょうか?
これについては、そうとも限らないと僕は考えます。ダブルカフスをフレンチカフスと呼ぶように、かつてそれは英国人から見て偽物でしたが、歴史の証左を得て今やそれが「本物」(=クラシックな意匠)と見なされるようになりました。
(元来シャツの袖先は硬く硬くノリ付けされてシングルカフで作られていました。ノリで固めずともハリを出すように袖生地を二重にしたのがフレンチカフスです。)
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これを相対的な本物と捉えることもできますが、現代に於けるクラシックなディテールの主流となったことに疑問を差し挟む余地はありません。
すなわち段階的で長期の時間経過を必要とはするものの、「本物」は流動的であるということです。常に唯一の「本物」が存在するわけではなく、「本物」はそれを扱う人々の認識に合わせ、時とともに変化していく可能性があります。
2億年前のパンゲアでさえ現代の大陸に形を変えるのですから、「本物」も徐々に変化を遂げていきます。(ややダイナミックな表現でしょうか?笑)
現代の「本物」の洋装
それでは、現代に於ける洋装の「本物」とは何でしょうか?上記ように源流を辿るならば、モーニングやフロックコートが「本物」になりますが、これらを日常的に着用するのはもはや現実的ではありません。
夕食後のリラックスウェアとして19世紀に誕生したスモーキングジャケットがタキシードの原型になっていることを考えても、当時の日常着と現代のそれとの間には大きな乖離があります。
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スタイルの点で言えば、ビジネスマンが日常的に着用し、一般社会に馴染み、かつ相応の評価を得る洋装の代表格として、上下揃いのスーツにネクタイをしめることが現実的に取り入れやすい「本物」であると考えられ、スーツがその座を譲ることは、この先数十年は起こり得ないでしょう。
それではスーツの「本物」としての純度を高めるには?
要素ごとに源流に近づけることがひとつの答えになると僕は結論づけています。コシのある生地、お尻の隠れるジャケットの着丈、ブレイシーズ、スラックスのゆとり、ロングホーズ.....。
例をあげるとキリがありませんが、これらを正しく取り入れることで、着用するお客様ご自身が「本物」として世間に認知されるようになるのです。