【おはなし】記憶
振られたから記憶を消してほしい。そいつはそう言って研究室に来た。さっき緑川さんに会ってきたのだという。
確かにここでは記憶に関する研究をしている。部分的な記憶を消す装置の試作品がつい先日、完成したばかりだ。特定の記憶を消す事で、様々な分野での使用が期待される。
本当にいいのか尋ねると、赤くなった目をはっきり見据えてそいつは頷いた。
記憶の消去は成功した。こいつは緑川さんの事を忘れて、これから過ごしていくのだろう。
***
自分だけ忘れられているのはなんだか気に食わないと言って、緑川さんがやって来た。先日記憶を消したあいつの事を、自分の記憶からも消して、完全に交流を絶ちたいのだそうだ。
勝ち気な緑川さんらしいと思ったが、それも彼女なりの誠意なのかもしれなかった。
あいつが突然告白してきた時には、とても驚いてしまった。怒っているのか何なのか知らないが、緑川さんは耳を真っ赤にして俯きながらそう言った。
電子レンジでも扱うくらい手軽な操作で、装置は簡単に扱える。好きにすればいい。
これで二人とも、お互いの事を全く知らない状態になった訳だ。二人が関わる事はもうない。
***
数ヶ月後、仲良く二人は研究室に現れた。
初対面で意気投合して食事に行き、映画を見に行き、旅行へ出かけ、交際を始めたのだという。
こんなに話が合う人は初めてだ。運命かもしれないと緑川さんは笑った。
こいつらは一体何をしてるんだと思ったけど、本当にどうでもよかった。私は装置の研究データが取れれば何も文句は無い。
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メンテナンスをするために装置を調べていると、使用履歴を見てある事に気づいた。
緑川さんが使用した際、この装置にはスイッチが入っていなかったようだ。
本当に、何をしてるんだと思った。
おしまい
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