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速達性をどこまで追い求めるか?

JR九州は2022年2月22日、西九州新幹線「かもめ」の開業日を秋の3連休初日となる9月23日と正式に発表した。西九州新幹線は、長崎と佐賀県の武雄温泉との間、約66キロを約30分で結ぶもので、長崎、諫早、新大村、嬉野温泉、武雄温泉の5つの駅が設けられる。ただし、武雄温泉~新鳥栖間は佐賀県から許可が下りておらず、まだ着工もしていない。したがって福岡から長崎へ行く場合、鉄道を利用する場合は武雄温泉でいったん下車し、在来線から乗り換える必要がある。JRは、武雄温泉駅では新幹線と在来線が対面で乗り換えられるように、同一ホームに発着させるように工夫されていると説明している。新幹線の開業により、両都市間は30分短縮され、1時間20分程度で結ばれる予定だ。

というニュースは、ちょっと検索すればインターネット上でいくらでも出てくる。だから、あえて私が同じことをここで説明するまでもないだろう。気になったのは、この30分の短縮と引き換えに、例え対面で所要時間は30秒だとしても、乗り換えをすることが許容できるか否か、という点だ。

これはあくまで私の考えだと前置きをしておくが、私は「否」だ。

理由は難しい話ではない。ある程度の長距離を移動する場合、私は車内でのんびりと寛ぎたい。ぼんやり車窓を眺めながら、ウトウトすることだってある。その貴重なぼんやり時間に、2時間という長さは大きな苦とは感じない。いや、その時間が1時間20分であっても3時間であっても、そのぼんやりするのを妨げられたりしなければ、苦痛でも何でもない。

だがウトウトしている時、あるいは読書をしている時、あるいはスマホでネットを閲覧している時、あるいはゲームをしている時、「ここで下車してください」と言われて強制的に降ろされることは苦痛だ。帳消しどころではない、むしろ不愉快とすら思う。(何度も申し訳ないが、これはあくまで私個人の私見なので、他の意見に対してはきちんと尊重している)

率直に申し上げて、フル規格での部分開業というのは、正しいやり方だったとは到底思えない。

何でJR九州は、こんな愚策へと走ったのか。西九州新幹線はそれほど重要だろうか。会社経営を根底から覆すほどの経済効果が見込まれるだろうか。このコロナ禍で、もちろん当初は珍しさもあって、余程第〇波が猛威を振るっていなければ利用者も増えるだろうが、それがこの先10年間ずっと続いていくだろうか。ただでさえコロナ禍によって休日の外出はおろか、ホームオフィスへ移行する企業も増え、出張の数も減っているこの状況、ちょっと考えれば、そんな夢のようなことがあるわけはないと気付く。

おそらく、全線フル規格が決まっていれば、それなりの経済効果はあったかもしれない。新幹線効果で、長崎の町が観光客で溢れ返ってパンクしそうだ…という、これまた夢か胡散臭い儲け話か、というような現象は起きなくても、少し増えるということは考えられた。だが、全線フル規格の話は現時点では完全に頓挫している。佐賀県内は着工すらしていない。

これはつまり、今年の9月から少なくとも10年近く、下手するとこの先ずっと、福岡~長崎間の鉄道は乗り換えが必要になるということだ。仮に今日、今この場で着工しますと言っても、2~3年後には開通するだろうか?常識的に考えて、まずありえない話だ。やはり5年以上、下手すれば10年以上掛かることも考えられる。何しろ、まだどのルートを通って建設される、ということすら決まっていないのだから。

新幹線開業を正式に発表してしまったことで、もう後戻りはできない状況になっている。全くシステムの異なる新幹線をなし崩し的に開業してしまえば、あとは一歩も下がることは許されず、とにかく佐賀県に土下座どころか土下寝以上にひれ伏して、何としてもフル規格新幹線の建設を許可させなければならなくなる。でなければ、長崎~武雄温泉間だけが完全孤立した状態となり、それが何年も続くことになる。

何故、こんなことになってしまったのか。新幹線の長崎ルートに関しては、FGT(フリーゲージトレイン)案を筆頭に、山形や秋田のようなミニ新幹線案、新幹線の路盤を活用した在来線型のスーパー特急案などが出ていた。FGTは、佐賀県付近の在来線区間と新幹線区間を直通させるという目論見で最有力候補となっており、実際試験車両の試運転が行われていた。

その最有力となっていたFGT案はしかし、FGT技術のこれ以上の開発が困難ということで呆気なく断念となってしまう。足回りに可動部分が多いFGT技術は、そもそもメーカーの経験値が十分でないことに加え、安全面に直結する台車部分の信頼性をきちんと高める必要があること、また複雑な構造に起因する軸重の増大が軌道へ悪影響を与えること、そして技術的に最高速度260Km/hが限界ということ、といういくつもの問題に直面した。これらの課題を開業までに解決できる見込みがない、ということが開発断念へ至った理由だった。

そこで代替案を模索することになったのだが、当初候補として挙がっていたミニ新幹線およびスーパー特急方式ではなく、まさかの「フル規格新幹線によるリレー方式」に決まってしまう。

真相は知る由もないが、この決定にはどうも、「西側区間だけでもなし崩し的に着工を決めてしまえば、佐賀県も首を縦に振らざるを得ないだろう」という楽観的な考えがJR九州や長崎県、福岡県にはあったのではないだろうか。

筆者は学生の頃、長崎へ足繁く通った。もう何度も福岡からかもめに飛び乗り、有明湾を眺めながら右へ左へとカーブする、長崎本線を乗り通している。この20年間、ほぼ所要時間は変わらず、1時間50分~2時間程度で結ばれている。この肥前山口~諫早間の連続急カーブこそ、この長崎本線の弱点で、それを一気に内陸側で突き抜けてしまおうというのが西九州新幹線というわけだ。

だとしたら、少なくとも佐賀県が着工について首を縦に振るまで、この新幹線の軌道を使って、在来線の特急をそのまま乗り入れさせることも一案だったのではないか。スーパー特急方式は予算の面で高額になると判断されたそうだが、今の在来線車両、787系や885系をそのまま使って、最高速度130Km/hで運転しても、あの有明湾のカーブを思えば相当な時間短縮になったはずだ。

あくまで仮定の話だが、もしこの先ずっと佐賀県が首を縦に振らなかったら、どういう未来になるだろうか。いや、どういうも何もないだろう。ずっとこのまま、武雄温泉で乗り換え続けなければならない…ということで、それはとても異常なことだ。これまで、2時間前後乗車すれば長崎へ乗り換えなしで直通できたのが、今年9月からは期間未定で乗り換えなければならなくなる。下手すればこのまま一生、その状況が続いていくことになる。大袈裟なようだが、私の寿命と全線フル規格開業、どっちが先に訪れるだろうか、という話になる。

他の地域では問題となっているが、救いは並行在来線となる区間が上下分離方式となり、引き続きJR九州が運行を担うということ。ということは、そこに鉄路が残り、引き続きJRが運行を担うということだ。経営の完全分離によって在来線が寸断され、経営が苦しくなっている会社はいくつもある。

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【写真】高速列車の運行開始でほとんどが廃止されたイタリアの夜行列車は、利用客から「高速列車の押し売り」と批判を浴び、1年で復活した。

もちろん在来線に再び特急を走らせるなど、元に戻すということは100%ありえない話だが、ヨーロッパでは高速列車運行開始で在来線列車の廃止や減便に批判が巻き起こり、後に復活や増便を行った例もある。そもそも日本と異なり、インフラは全て同じ会社が所有し、線路の幅も車両の規格もすべて同じだから、戻そうと思えばいくらでも戻せる点が異なる。こうした問題は日本だけに限った話ではないのだが、日本と異なる点は、「問題があれば引き返せる」ということなのだ。

こうした私の懸念が単なる戯言に終わるかどうか、この先10年を注視していきたいと思う。

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