『記憶の淵から撥ねられて』
始
ここは、どこだろう、、、。
白い天井が見える。横にはカーテンがかかっていて、少し風でヒラヒラとなびいている。
身体の節々が痛い。左足に激痛が走った。
左足を見ると、ガッチリと白い包帯でぐるぐる巻きに固定されている。骨折でもしたのだろうか。
自分は、どこで、何をしていたんだろうか。
記憶の末端を辿り始めてみたが、なんだろう、この感覚は、何かあったような、どこかで、生きていたような気がするのに、
何も、思い出せない。
サラサラっと音がして、カーテンが開いた。そこには、50代くらいの、女性が立っていた。
「あ、起きたぁぁ、」
と、嬉しそうに、ほっとしたようにその人は言った。すると、彼女の目からツーっと、涙が零れた。
僕は尋ねた。
「すいません、、。大丈夫ですか?」
その人はキョトンとした表情で、
「大丈夫よ。もう大丈夫やで、。」
と、なぜだか僕を安心させようとした。
なんとなく、親しい人のような感じがした。
どうやら、僕は記憶を無くしたらしい。
聞くところによると、深夜にバイクで川に落ちて、低体温症になりかけて死の淵を2日ほどさ迷っていたらしい。
そんな話を聞いても、あらまぁ、、という他人事のような、感じだった、、。
周りの人の話を聞いていると、どうやら僕は事故前、かなり自由に楽しそうに生きていたらしい。だけれども1つだけ気になったのは、なぜ、僕が川に突っ込んだのか、ということだった。スリップの痕跡はなく、どうやら、「意図的に突っ込んだ」というのがかなり確実だったというのだ。どうにもみんな、不思議がっていた。
退院が決まった。入院中は、たくさんの人がお見舞いに来てくれたが、正直誰一人として思い出せなかった。でもその全ての人に、懐かしさを、どことなく感じた。
僕は、初めに声をかけてくれた50代の女性のお家に行って、住まわせてもらうことになった。聞くところによると、「母親」のようだ、、。うーん、顔、似てるだろうか、、? でも、なんだかそんな気はした。
それから、半年が過ぎた。
入院中にも来てくれた方々が、色んなことを手助けしてくれて、最近はアルバイトをしながら、時折、気の赴くままに旅に出かけるような、のんびりとした生活をしている。
過去の写真や、エピソードを聞きながら、記憶の欠片を辿るように、僕はいろんな場所に行って、いろんな人に会いに行った。
なかなか「記憶」は戻ってこなかったが、周りの人が温かかったからだろうか、あまり焦りもなく、それはそれで冒険しているような、楽しい日々でもあった。
毎日の記憶が積み重なっていくのもまた、なんだか面白く感じた。
今日は、通っていたという大学を訪れることになった。仲良くしてくれていたという友人が何人か構内を案内してくれた。
その帰り道のことだった。
道端の景色を時折カメラに収めながら、1人でとぼとぼと歩いていた時に、突然、なんだか脳みそが「フッ」と浮き上がるような感覚を覚えた。それと同時に、凄く、懐かしい香りを感じた。
振り返ると、ついさっき5mほど横を通り過ぎて行った女性に、目がいった。
そして次の瞬間、脳みそが沸騰するように暴れ始めた。
30秒くらいそれが続き、目を開けると、全ての記憶が、戻っているのに気が付いた。
その女性は、男性と一緒に歩いていた。
間違いなく、その女性は、僕が記憶を無くすまで、「パートナー」と読んでいた女性だった。結婚はしていなかったが、一生共に過ごす人だとお互いに感じあっていた関係性だった。
しかし、僕が事故に遭う3ヶ月ほど前、彼女は僕にこう言った。
「他にも一緒に生きたい人ができたかもしれない」
それ以降、3ヶ月の間、僕は自分ととにかく向き合った。
「受け入れてくれないなら、私とは生きれないよ。」
と、何度も言われて、それでも私はその人が大切だったので、踏ん張って受け入れようと、もがいていたし、自分の感じた感覚を、忘れたくなかった。
そして、事故に遭う前の日、僕は彼女にお花のプレゼントを渡した。それは、僕はなんだって受け入れるから大丈夫だ、という気持ちを伝えるためでもあった。彼女は、喜んでいた。少し、ほっとしたことを、覚えている。
その時の僕は、もう全てを受け入れようと、心に決めていたので、苦しみもなく、落ち着いた心を取り戻していた。
僕は、記憶が無い時に、一度その女性に、会っている。それは、入院中の時だった。病室の入口のドアから少し顔を出して、こちらを見てくる女性がいたので、僕は
「どうしましたか?」
と声をかけた。そしたらその女性は、
「いえ、間違えました、、。」
と言って、いなくなった。
全ての記憶が繋がり、全てのことが、どうでもよくなった。そして、とんでもない量の涙が溢れてきた。
僕が、パートナーだと思っていた女性は、僕が記憶喪失になった瞬間、僕を捨てたのだ。
そして、今は、別の男と、楽しそうにお喋りをして、5m先を歩いている。僕には全く気がつく様子もなく、手を繋いで、歩いていた。
どうして、僕が、川に突っ込んだのか、その時の感情や、脳内の状態まで、全て、鮮明に記憶が蘇った。
今、5m先に見える景色は、一体、何だろうか。
人は、一体、どこまで残酷なのだろう。
なぜだろう、ちょうどその瞬間、教科書で昔読んだ詩の一節を思い出した。
「生きているということ、いま生きているということ、それは、あなたの手のぬくみ、いのちということ」
次の瞬間、右から風が吹いた。大きな音が鳴った。とんでもなく強い衝撃を感じ、僕はそれ以降、もう何も感じなくなった。
車が、僕を吹っ飛ばした。
僕は、ちゃんと、死んだ。
いのちは、尊い、奇跡である。
僕らはそんな記憶を失くしている。
最後の最後に記憶を取り戻したことなど、誰にも知られることなく、僕は死んだ。
きっと、僕にとっての最後の願いは、幸せは、それだけだった。
いのちは、ちゃんと、尊かった。
いのちは、ちゃんと、尊かったんだ。
終