『雲一つない青空』
始
今日は、休日で仕事が休みだった。娘は朝からアルバイトだという。せっかくなので、車でバイト先まで送ってあげようと思って、早起きをした。
娘は、今日もいつも通り、どうしたらそんな顔ができるんだというくらいの暗い顔で、起きてきた。昨日も、たくさん泣いたのか、目が充血して、目の周りが腫れている。
昔からそうだ。親には何も言わず、ひとりぼっちで、涙を流して、朝、暗い顔で起きてくる娘に、私は声をかけたことがない。見て見ぬフリをして、見守っている気になる酷い親だった。
助手席に座って、無言でスマホを見ている娘の目はあまりにも死んでいて、指先だけが、カタカタと動いていた。その姿や雰囲気が、あまりにも、仕事に謀殺されて死んだ目をしている大人たちに似ていたので、少しびっくりしてしまった。
最近の若者は、という言い方は嫌がられるけれど、最近の若者は、スマホを持っているおかげで、若いうちからとんでもなくたくさんの人間関係や、タスクの多さに悩まなければいけないんだろう。
彼ら、彼女らは、本当に大人たちと同じように、ある種の「諦め」を持ちながら生きているように感じる。それでも、ネット上には、遠くにいる人の有象無象が溢れていて、それと自分とのギャップを感じ、理想と現実の乖離に苦しくなってしまうんだろうか、、。
でもそんなのは、きっと老害の小言にすぎない。きっと、大丈夫、と言って、抱きしめてやれない私に、力なんて、何も無いのだ。
いつものように静まり返った車内で、私は、独り言のように言った。
「空が、青いね、。いい天気だ、、。」
普段、私には、作り笑顔なのか分からないが、気をつかって他人行儀に接する娘が、珍しく、掠れた声で、
「なにが、、、雲一つない青空なんて、私は、大っ嫌い。」
と言った。
その声は、少し、震えていた。
何年ぶりだろう。娘が、私の前で、本音のような何かを、呟いたのは。私は、驚いた顔をしないように、必死だった。
かなり、心が弱っているのは、分かる。でも、何を言ってやることも、してやることもできない。これはきっと、これまでずっと向き合うことを避けてきた最低な自分への罰なんだろう。
空に、薄らした雲が、浮かんでいた。
知らぬ間に、私も、口から声が出ていた。
「私も、雲一つない青空なんて、大嫌いだ。」
終