『白い靄のその下で』
始
あれ、なんだろう、この世界は…
目の前には、何も、世界が広がっていないようで、それでいて、何か、あるような雰囲気だけを感じる。
隣を見ても、誰もいないし、目に見えるところに、人影はない、、、。
ふと、足元を見ると、なんだか白いモヤの上に立っているのに気が付いた。少し息をフッと吹きかけてみた。するとほんの少しモヤがフワッと舞い上がり、横に消えていくのが分かった。モヤの下に、うっすらと、ちょっとくすんだフィルターをつけたような世界が見えた気がした、、。
もう一度、今度はさっきよりも強く、フッと吹きかけてみた。すると、ぶわっと、白いモヤは一気に消えて、くすんだフィルター越しの世界が現れた。
なんとそこにいたのは、私の妻だった。
妻は、仏壇の前で這いつくばって、まるで駄々をこねる少女のように、大きな声を出して泣いている。
私は、咄嗟に、声が出た。
「いいんだよ、、、。」
驚いた。自分の意思で言葉を出していない。だけれども、これまで「意思」と思っていたものが、どんなに探しても、どこにも、どこにも、見つからない。
目の前にたち現れる全てのものに、咄嗟に、
「いいんだよ、。」
と、深い愛情が心の底から湧き出ると共に、口からその言葉が出るだけだった。
私の心は、驚く程に満たされていて、それ以上、何も思うことはなかった。
見える場面が一気に変わった。
妻は、優しい笑顔で笑っていて、その前には、激しく大きく、見たこともないような、大自然、大きな滝が広がっている。
「今から、いくね。」
と、言って、妻は、一歩、踏み出した。
それでも、それなのに、私は、
「いいんだよ、。」
以外、何も思わず、何も感じなかった。
ぶわっと、目が覚めた。
僕は、死んだのだろうか。
横を見ると、妻が、いつものように小さないびきをたてながら、眠っている。
その優しい寝顔を見ながら、
「いいんだよ、。」
と、言ってみた。
それで、
いいんだよ。
終