『風の吹く丘の上で、風が吹いた』
始
ゆっくり、ゆっくり、でも、しっかり、しっかりと、一歩一歩、大地を踏みしめて、登ってゆく。
ザワザワという、木が揺れる音がして、少し雨が降った後の匂いがする。
細い山道の旧道を、少しずつ進んでいる。
上を見上げると、太陽の光がほとんど入ってこないほど、木が生い茂っている。
後ろを振り返れば、自分が歩いてきた道があるだけで、誰もいない。
前を見ても、ただ、ゴールの見えない森が、遠くの方まで続いているだけだ。
もう、森に入ってから、3時間、歩き続けてきた。聞いた話では、1時間も歩けば、目的地に着くはずだった。こういうのは苦手だ。だいぶ迷子になったってことなんだろう。自分は普通に歩いてるはずなのに、なんでか知らないけどいつの間にか自分がどこにいるか分からなくなっている。
それでも僕は、歩き続ける。諦めないのが、好きだ。僕は、諦められたくないから、僕も諦めないでいたい。僕は、希望を捨てられたくないから、希望を持ち続ける。
そんなクサイことを言ってみたら、ザザーっと森の木々が大きな音を立てた。
もうあと、少し行けば、現れるはずなのだ。
一歩一歩、進んでゆく。
大地はなにも語らないが、大地は全てを僕に伝えてくれる。
ぱぁあ
ひろがった。
いきなり、光が広がって、黄緑と黄色が眩しいほど視界を占領した。上を見あげれば、青すぎる空が、パノラマに広がっている。
僕はここを、探しに来た。
走った。
大草原の中を、僕は走った。
ただ、ひたすら、前だけを見て、走った。
涙が、後ろに飛んで行く。
涙の雫をたくさんおいてけぼりにしながら、僕は、走ってく。
そのまんま、少し丘になっているところを登ってゆく。
丘の頂点について、僕は止まった。
右から、左に、風が吹いた。
いや、左から右だったかもしれない。
持ってきた小さな瓶の中には、灰色の粉が入っている。僕は瓶の蓋を開けて、手のひらに少し落とした。サーッと落ちたその粉々は、まるでさっきどこかに落としてきた涙のように、輝いた。
手のひらの粉にフッと息を吹きかけると、粉がフワッと舞い、走ってきた草原の空に向かって、羽ばたいた。
僕の心に、何か、懐かしい風が吹いたような気がした。その風は、懐かしいにおいを運んでくれた。僕はふと、空を眺めた。
その時、フゥっと風が吹き、瓶が倒れて、瓶の中の粉が、外に舞い上がった。
この粉は、僕の、遺灰である。
僕の遺灰は、風の吹く丘で、風を吹かせて、
舞って逝った。
なんで、僕が僕の遺灰を飛ばすのかって?
僕には、誰も、いないからさ。
誰も、いないからさ。
それでも、草原は、終わらずに広がっていて、
風の吹く丘には、風が吹いていた。
終