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DoorDashが米国フードデリバリー市場でトップになれた要因
米国のフードデリバリー市場においてDoorDashは近年トップシェアを獲得しています。その成功要因を、競合他社との比較、マーケティング戦略、ロジスティクスとテクノロジー、レストランとの関係、価格戦略、地理的戦略の観点から分析します。
1. 競合他社との比較
市場シェアの推移: DoorDashは2018年頃までグラブハブ(Grubhub)が支配的だった市場で急成長し、2019年までに主要競合を追い抜きトップに立ちました (How DoorDash's Strategy Achieved Food Delivery Domination | Latana)。2018年3月にはDoorDashの市場シェアは約15%に過ぎませんでしたが、わずか11か月後の2019年2月には28%に倍増し、同期間にグラブハブは38%から27%に低下しています (DoorDash Passes Grub in Delivery Market Share | Food On Demand)。2019年初頭にはDoorDashが約28%で首位、GrubhubとUber Eatsがそれぞれ25%前後で拮抗していました (On-demand food delivery growing fast | Payments NEXT)。その後パンデミック期に需要が急拡大すると、2020年5月時点でDoorDashは45%ものシェアを占め、Grubhubは23%、Uber Eatsは22%、Postmatesは8%にとどまりました (Report: Uber makes offer to acquire food delivery service Postmates - SiliconANGLE)。以降もDoorDashのリードは拡大し、2024年3月にはDoorDashが米国67%という圧倒的シェアを獲得し、Uber Eats(Postmates統合済み)約25%、Grubhubは8%にまで後退しています (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure) (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)。このようにDoorDashは短期間で競合を凌駕する成長を遂げました。
競合各社の戦略の違い: Grubhubは2000年代からオンライン注文仲介で先行し、2010年代中頃まで市場をリードしました。しかし、ドライバーを抱えるオンデマンド配達モデルへのシフトが遅れ、他社の台頭を許しました。Uber Eatsは2014年にライドシェアのUberから派生し、既存の膨大なユーザーベースと資金力を背景に都市部を中心に急拡大しました。その利点は「Uber」ブランドとの統合で、利用者が同一アプリで乗車と配達を切り替えられる点や、既存のライダー顧客を獲得しやすい点にありました。一方でUber Eatsは当初から都市集中戦略をとり、地方や郊外では対応エリアが限定的でした。Postmatesは2011年創業で、「何でも届ける」サービスとして差別化し主に都市圏で展開しましたが、市場全体ではシェアが小さく、2020年にUberに買収されています (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)。DoorDashは「我々はフード企業ではなくロジスティクス企業だ」とのミッションを掲げ (How DoorDash's Strategy Achieved Food Delivery Domination | Latana)、他社と異なるアプローチで市場に参入しました。特に郊外市場に注力した点が競合との差別化となりました。従来GrubhubやUber Eatsが都市中心の展開だったのに対し、DoorDashはレストランが徒歩圏内にない郊外の需要に着目してサービスを拡大しました (DoorDash ft. Tony Xu – The “Wrong” Moves That Built a Giant | Sequoia Capital)。こうした逆張り戦略により、既存競合が手薄だったエリアで早期に顧客基盤を築くことに成功しています。また、競合他社が大型チェーンとの独占契約に注力する中、DoorDashはあらゆる規模のレストランを幅広く取り込む戦略を採りました(後述)。
競合他社の現況: 競争激化により市場再編も進みました。Uber Eatsは2020年にPostmatesを買収しシェアを合算しましたが、それでもDoorDashには及びません (Report: Uber makes offer to acquire food delivery service Postmates - SiliconANGLE)。Grubhubは成長が鈍化し、2021年に欧州のJust Eat Takeawayに買収された後も低迷、2024年には買収価格の10分の1以下の評価で再売却される事態となっています (The fall of Grubhub: exploring third-party delivery market penetration since 2021 - Brizo FoodMetrics) (The fall of Grubhub: exploring third-party delivery market penetration since 2021 - Brizo FoodMetrics)。現在米国市場はDoorDashとUber (Eats)の寡占状態であり、DoorDashが明確なリーダー企業として認知されています。
2. マーケティング戦略
ブランドポジショニング: DoorDashは創業当初より「地域のオンデマンド物流インフラの構築(ローカルのFedExになる)」を掲げ、消費者と小規模ビジネス双方を支援する姿勢を強調してきました (How DoorDash's Strategy Achieved Food Delivery Domination | Latana)。このミッションは単なるフードデリバリーに留まらず、日常のあらゆるニーズに応えるプラットフォームというブランドイメージ形成につながっています。実際、2021年には「フードデリバリー物流企業からマルチカテゴリーのマーケットプレイスへ」とブランドイメージを転換する大型キャンペーンを展開し (DoorDash rides with Daveed Diggs, 'Sesame Street' for first Super Bowl ad | Marketing Dive)、スーパーボウルにて有名キャラクター(セサミストリートのマペット)を起用したテレビCMを初投入するなど、大規模プロモーションでブランド認知を高めました (DoorDash rides with Daveed Diggs, 'Sesame Street' for first Super Bowl ad | Marketing Dive) (DoorDash rides with Daveed Diggs, 'Sesame Street' for first Super Bowl ad | Marketing Dive)。またDoorDashは顧客セグメンテーションを明確にし、マーケティングメッセージを最適化しています。具体的にはサービスの主要顧客を「利用者(消費者)」と「レストランパートナー」の2群に分け、それぞれに響く訴求を行いました (How DoorDash's Strategy Achieved Food Delivery Domination | Latana)。消費者には「自宅で質の高い料理を便利に楽しめる」という利便性を訴求し、レストランには「新たな顧客と売上機会をもたらす物流パートナー」としてDoorDashを位置付けています。このようなポジショニングにより、両者から支持を得て成長を後押ししました。
広告・プロモーション施策: 急成長期には各社とも多額のマーケティング投資を行いましたが、DoorDashも例外ではありません。大手ベンチャーからの豊富な資金調達を背景に、積極的な広告展開と割引キャンペーンでユーザー獲得を図りました。初回注文の割引や期間限定の無料配達などプロモーション合戦が繰り広げられ、競合他社と「顧客の奪い合い」が起こりました。例えばDoorDashは2020年にChase銀行と提携し、同社クレジットカード会員に無料のDashPass会員権を提供するプロモーションを実施しています (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)。この施策により何百万人もの新規ユーザーを取り込み、定着化を図りました。同様に、学生向け割引プラン(DashPass for Students)や動画配信サービスRokuとの提携による無料会員提供など、多面的なプロモーションを展開しています (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)。一方Uber Eatsもライドシェアユーザーへのクロスプロモーションや有名人起用のCM、GrubhubもAmazonプライム会員に自社サブスクを1年間無料提供 (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)するといった対抗策を講じました。顧客ロイヤルティプログラムにおいては、DoorDashのDashPass(後述)が競合に先行して開始されたこともあり、プロモーションと連動してユーザー囲い込みに大きく寄与しました。
顧客ロイヤルティの確保: デリバリー各社はサブスクリプション型の会員制度でリピート利用を促しています。Postmatesが2016年に「Unlimited」を開始したのを皮切りに、DoorDashは2018年に月額制のDashPassを導入し、Grubhubは2020年、Uber Eatsも2021年に追随しました (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)。DashPassは月額約$10で送料無料やサービス料割引などの特典を提供し、頻繁に注文する顧客の定着化に成功しています。実際、2023年3月にDashPassに加入した顧客の1か月後継続率は69%に上り、6か月後でも36%、12か月後でも28%が契約を維持しています (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)。2022年には大学生向けに割安なプランを導入するなど裾野拡大を図り (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)、2023年末時点でDashPass会員数は米国と欧州(Wolt+含む)合計で1,800万人超に達しました (DoorDash Monthly Users Hit All-Time High | Progressive Grocer)。この数はUberの会員プログラム(Uber One)やGrubhub+を大きく上回り、DoorDashの顧客基盤の粘着性を高める原動力となっています。もっとも、近年はサービス間の乗り換えも容易であり、多くの消費者は特定のプラットフォームに固執しなくなってきています (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)。そのため各社は割引やポイント、会員特典で少しでも自社サービスに引き留めようとしのぎを削っており、DoorDashも豊富な資金力を背景にこれらマーケティング施策を持続できた点が優位性となりました。
3. ロジスティクスとテクノロジーの優位性
配達オペレーションの効率化: DoorDash成功の根幹には、卓越した物流オペレーションがあります。同社創業者は「我々は食ではなくロジスティクスの会社だ」と述べており (How DoorDash's Strategy Achieved Food Delivery Domination | Latana)、高度な配車・配達システムの構築に注力しました。他社が模索中だった2013年当時から、オンデマンドでドライバー(Dashers)を動員し複数の注文を効率よくさばくアルゴリズムを開発し、配達時間の短縮とコスト削減に努めています。その結果、競合よりも効率的に顧客を獲得し、単位経済性(1件あたりの採算)でもリードするようになりました (DoorDash ft. Tony Xu – The “Wrong” Moves That Built a Giant | Sequoia Capital)。例えば同業他社が豊富な資金力で参入しても、DoorDashはオペレーション効率の高さで対抗し、サービス品質(配達時間やミスの低減)を武器にユーザーの支持を得ています (DoorDash ft. Tony Xu – The “Wrong” Moves That Built a Giant | Sequoia Capital)。また郊外エリアでは一件ごとの距離が伸びがちなものの、その分注文額が大きく効率に見合うこと、駐車や玄関先までの動線が良くスムーズに配達できることなど、郊外特有のメリットも活かして収益性を確保しました (Prescient Analyses: How DoorDash Decided to Target the Suburbs, a Move that Proved Brilliant During the COVID-19 Era | Grewal Levy Marketing News)。さらにドライバーに複数注文を一度に拾わせるバッチ配達や、AIによる需要予測と最適ルートの計算などテクノロジーを駆使することで、ピーク時にもスムーズな配送網を維持しています。こうしたロジスティクス技術への投資が、DoorDashのスケーラビリティとコスト優位性を支えました。
AI・データの活用: 膨大な注文データをリアルタイムで分析し、需要と供給のマッチングを最適化している点もDoorDashの強みです。注文の集中する時間帯や地域を予測して事前にドライバーを待機させる仕組み、プロモーションによる需要喚起とドライバー報酬の調整、配達ルートの動的最適化など、データ駆動型の改善を重ねています。特にピーク時の効率では他社との差が顕著で、DoorDashは配達員1人あたりの処理注文数を最大化するアルゴリズムを発達させました。例えば、同一方向の複数注文をまとめて配達させる機能や、注文の受付タイミングを最適化して料理の出来上がりとドライバー到着を同期させる工夫などです。Uber Eatsも同様の技術を持ちますが、DoorDashは郊外を含む広域でのデータ蓄積が物を言い、どの地域でも一定のサービス水準を維持できる点で優れています。また同社は近年自動化技術にも取り組んでおり、一部地域で配達ロボットや無人車のテスト導入を行うなど将来の効率化への布石も打っています(現時点で主力ではありませんが、技術開発力の裏付けと言えます)。
配達員(Dashers)向けシステムの充実: DoorDashは配達パートナーであるDashersの確保と定着にも注力しました。ドライバー向けの専用アプリをいち早く整備し、受注からナビゲーション、サポート連絡まで直感的に操作できるシステムを提供しています。他社と兼業するドライバーも多い中、「DoorDashのアプリが使いやすい」「注文が途切れにくい」といった評価はドライバー側からも支持されています (Uber Eats Vs. DoorDash - Which Business Model To Follow)。また、配達員への報酬体系やインセンティブでも特色があります。2022年の燃料価格高騰時には、Uber Eatsが利用者に追加料金を転嫁したのに対し (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)、DoorDashはドライバーへのガソリン補助プログラムを開始し配達員の負担軽減を図りました (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)。同じ課題に対しDoorDashは労働力サイドのケアを優先した対応を取っており、結果としてドライバーのプラットフォーム離れ(離職率)抑制につなげています。実際、2023年にはドライバーのチャーン率低下と採用コスト削減を目的としたアプリ機能改善を行い、その成果が記録的な収益改善の一因になったと報告されています (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)。具体的な改善内容は公表ベースでは限定的ですが、例えば配達中の安全対策機能強化や報酬即時払いオプションの拡充、配達依頼の事前予約枠の提供などが考えられます。こうしたドライバー向け施策の充実は、広範囲かつ安定した配達ネットワークの構築に寄与し、結果的に利用者へのサービス品質向上(配達可能エリアや時間帯の拡大、配達時間の短縮)につながりました (Uber Eats Vs. DoorDash - Which Business Model To Follow)。
4. パートナーシップとレストランとの関係
提携レストラン数と質の戦略: DoorDashは創業当初より、できるだけ多くのレストランをプラットフォームに載せる方針を取りました。大手チェーンから地元の小規模店まで幅広く網羅することで、「DoorDashを開けば何でも見つかる」というバリエーションの豊富さを武器にしています。他社が人気チェーンとの独占提携に力を注いだのに対し、DoorDashは90%以上のトップ100チェーンと提携する一方で、小規模店舗も積極的に取り込みました (The secret to DoorDash’s delivery dominance? The ’burbs, baybeee - The Hustle )。例えば郊外型ファミリーレストランのChili’sとは早期に連携し、Chili’sの郊外店舗(全体の80%)からの注文獲得に成功しています (The secret to DoorDash’s delivery dominance? The ’burbs, baybeee - The Hustle )。また、今まで宅配を行っていなかったLittle Caesars(ピザチェーン)に初めてデリバリーを提供したのもDoorDashで、2020年に公式提携を実現しました (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)。このようにDoorDashは「他社が扱っていない店でも利用できる」という利便性でユーザーを惹きつけ、市場シェア拡大につなげました。一方、GrubhubやUber Eatsもマクドナルドやスターバックスなど大手との提携を進めてきましたが (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)、独占期間が終わったチェーン(マクドナルドは当初Uber Eats独占でしたが後に解消)をDoorDashが取り込む形で追随するなど、主導権は徐々にDoorDash側に移っていきました。2023年には宅配拒否を貫いていたドミノ・ピザがUber/Postmates陣営と契約するなど (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)、チェーン各社も複数プラットフォームを使い分ける傾向にありますが、店舗数ベースでもDoorDash掲載率が最も高い状態です。ある分析によれば、米国の飲食店の多くがDoorDashを利用しており、競合他社との差が広がっています (The fall of Grubhub: exploring third-party delivery market penetration since 2021 - Brizo FoodMetrics)。総じて、網羅的なレストランネットワークの構築がDoorDashの競争優位を支える重要な要素となりました。
手数料モデルとその影響: フードデリバリー各社はレストランから徴収する手数料(コミッション)を主な収益源としています。一般的に注文額の20~30%程度が手数料として課されますが、この負担の重さはパンデミック期にレストラン側から強い不満が出ました。DoorDashはパンデミック初期の2020年4月、苦境に陥る飲食店を支援するため一時的に手数料の50%減免(=実質半額)措置を取り、自社の収入を約1億ドル放棄する決断をしています (DoorDash ft. Tony Xu – The “Wrong” Moves That Built a Giant | Sequoia Capital)。さらに自社の広告で競合他社(UberやGrubhub)のサービスであっても「出前を利用してお店を支えよう」と促すキャンペーンを張るなど、レストラン寄りの姿勢を鮮明にしました (DoorDash ft. Tony Xu – The “Wrong” Moves That Built a Giant | Sequoia Capital)。これらは短期的には痛みを伴う決断でしたが、レストランからの信頼と関係強化につながり、長期的に見てDoorDashプラットフォームの魅力度向上をもたらしたと考えられます。また2021年には業界に先駆けて3段階の手数料プランを導入し、レストランがニーズに応じてプランを選べる柔軟性を提供しました (DoorDash launches 3-tiered commission fee structure | Restaurant Dive)。最低15%の「ベーシック」プランでは露出範囲や宣伝支援が限定される代わりに手数料負担を大幅軽減でき、標準的な25%の「プラス」、より広域配達やDashPass連携を含む30%の「プレミア」まで選択肢を用意しています (DoorDash launches 3-tiered commission fee structure | Restaurant Dive)。このような画一的でない料金体系はレストラン経営者の声を反映したもので、パートナー店舗の囲い込みと満足度向上に寄与しました (DoorDash launches 3-tiered commission fee structure | Restaurant Dive)。結果として、多くの店舗がDoorDashを使い続けるインセンティブが高まり、競合サービスからの離脱を防ぐ効果を生んでいます。
独占契約の有無: 特定ブランドとの独占契約は、市場シェア争いの一端を担ってきました。例えばマクドナルドは当初Uber Eatsと独占提携し大量の注文をもたらしましたが、その独占が解けるとDoorDashも扱えるようになり、大手チェーンの注文争奪は群雄割拠となりました。また上述のLittle CaesarsはDoorDashが実質独占的にデリバリー提供しています (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)。一方でドミノ・ピザのように長らく自社配送にこだわったチェーンが2023年にUber陣営と組むなど (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)、依然として争奪戦は続いています。DoorDashは独占戦略に固執するよりも網羅性と利用者メリットを重視しており、どのプラットフォームでも注文できる店であっても自社のサービス品質(配達スピードやクーポン、UIの使いやすさ)で選ばれることを狙っています。もっとも、過去にはレストラン非提携にもかかわらず独自にメニューを掲載して配達する「無断掲載」行為が批判を浴びるなど (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)、シェア拡大の裏で強引な手法も見られました。現在では業界全体がレストラン公式提携を重視する方向に向かっており、DoorDashも関係改善に努めています。総じて、DoorDashは手数料や契約面でレストランの支持を得る戦略をとり、多数の店との強固なパートナーシップネットワークを築いたことが成長の重要な原動力となりました。
5. 価格戦略
競争力のある料金体系: 利用者向けの料金設定でも、DoorDashは競合との競争を繰り広げました。消費者が支払う費用は主に配達料とサービス料ですが、各社微妙な差異があります。DoorDashは最低配達料金を$1.99~とし(地域・状況により変動)、Uber Eatsの$0.49~よりやや高めに設定して注文単価あたりの収益性を確保する一方、サービス料率は約10%強とUber Eats(約15%)より低めに抑えることでトータルの割安感を演出するといった工夫をしています (Uber Eats Vs. DoorDash - Which Business Model To Follow)。また需要が高まる時間帯には動的プライシング(いわゆるブースト/サージ料金)を導入し、追加料金を利用者に課す点は他社と共通ですが (Uber Eats Vs. DoorDash - Which Business Model To Follow)、DoorDashは上述のDashPass会員であればその影響を受けにくくすることで、「会員になると実質的に常に配達無料」という印象を与えています。さらに、紹介クレジットや初回無料キャンペーンなど顧客獲得のための費用を惜しまず投入し、一時的に赤字を計上してでも市場シェアを優先する戦略をとりました (The secret to DoorDash’s delivery dominance? The ’burbs, baybeee - The Hustle )。ソフトバンクをはじめとする投資家から巨額の資金調達(2018年に単独で5億ドル超の出資など)を行い、その戦争資金で価格競争を制したことがDoorDashの勝因の一つです。しかし成長とともに投資家から収益化を求められるようになり、近年では手数料値上げや配達料の細かな設定変更など収益改善策も進めています。
サブスクリプションモデル(DashPass)による囲い込み: 前述のとおりDashPassはユーザーに大きなメリットを提供し、DoorDashの継続利用を促す武器となっています。月額費を支払う代わりに配達料が無料になり、サービス料も割引されるため、月に数回以上注文するヘビーユーザーにとって実質的にDoorDash一択になるほどのお得感があります。競合も類似のサブスクを展開していますが、開始時期がDoorDashより遅れたこともあり普及度合いに差があります。Grubhub+は2022年にAmazonプライムとの提携で会員数を伸ばしましたが (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)、その後のGrubhub自体の凋落で存在感を失いました。Uber Oneは2021年開始で、こちらはライドシェアの特典も付く点でユニークですが、裏を返せば「フードデリバリー専用」に比べてフードに特化した訴求力で劣る面があります。DashPassは業界で最も早くから拡充したサブスクであり、提携クレジットカードでの無料提供や学生プランなどターゲット別施策も豊富なため、市場で頭一つ抜けた会員基盤を築きました。2023年末時点でのDashPass会員数(先述)はUber One等を大きく引き離しており、この会員エコシステムによるロイヤル顧客の囲い込みこそがDoorDashの安定的トップシェアの支えとなっています。
顧客獲得コストと利益率のバランス: フードデリバリー事業は、参入初期はマーケティングや補助金による巨額の顧客獲得コストがかかり、長らく赤字が続く傾向にあります。DoorDashも急成長期には例に漏れず赤字を計上していました。The Hustleによれば、郊外展開を含む積極的な拡大戦略によりDoorDashは長らく利益より成長を優先してきたため投資家をやきもきさせ、Uberへの身売りすら噂されたほどでした (The secret to DoorDash’s delivery dominance? The ’burbs, baybeee - The Hustle )。しかし同社は十分な市場シェアを獲得した段階で徐々に路線を修正し、効率化と単価向上による採算改善に舵を切っています。具体的には、配送効率の改善や広告事業の拡大によって収益性を高め、規模の経済を活かして単位経費を低減させました (DoorDash Monthly Users Hit All-Time High | Progressive Grocer)。その成果として、2023年第4四半期には売上高が前年同期比+27%増の23億ドル、調整後EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)は過去最高の3億6,300万ドルを記録し、収益率が着実に改善しています (DoorDash Monthly Users Hit All-Time High | Progressive Grocer) (DoorDash Monthly Users Hit All-Time High | Progressive Grocer)。これは同期間の注文数が+23%増、総取扱高(GMV)が+22%増と順調に拡大する中で、コスト増加を抑え込んだ結果です (DoorDash Monthly Users Hit All-Time High | Progressive Grocer) (DoorDash Monthly Users Hit All-Time High | Progressive Grocer)。要するに、DoorDashは初期には大胆な値引きとプロモーションで市場を掌握し、その後は効率化によるコスト削減と手数料収入・広告収入の拡大で利益率の向上を実現しつつあります。このバランス戦略が奏功し、現在では市場トップでありながらユニットエコノミクス(1件あたり採算)でも改善傾向を示し、長期的持続可能性を高めています (DoorDash ft. Tony Xu – The “Wrong” Moves That Built a Giant | Sequoia Capital)。
6. 地理的戦略
郊外・地方市場への展開: DoorDash最大の差別化要因は、郊外地域への注力でした。他社が「人口密度が高く注文が集中しやすい都市部」にまずリソースを投下したのに対し、DoorDashは創業当初から都市以外の広大な郊外・地方にチャンスを見出しました (Prescient Analyses: How DoorDash Decided to Target the Suburbs, a Move that Proved Brilliant During the COVID-19 Era | Grewal Levy Marketing News)。郊外にはデリバリー需要がないと考えられていた従来の定説に反し、「徒歩圏内に飲食店が少ない郊外ほどデリバリーの必要性が高い」という洞察のもと敢えて郊外にフォーカスしたのです (DoorDash ft. Tony Xu – The “Wrong” Moves That Built a Giant | Sequoia Capital)。この戦略は功を奏し、競合が未開拓だった地域でDoorDashがデリバリーインフラの先駆者となりました。実際2019年時点で、DoorDashのサービス提供エリアは全米4,000以上の町に及び、Uber Eatsの対応500都市を大きく上回っていました (The secret to DoorDash’s delivery dominance? The ’burbs, baybeee - The Hustle )。こうした広域展開により、都市部ではUber EatsやGrubhubを使っていたユーザーも、自宅のある郊外ではDoorDashを利用する、といった形でDoorDashの利用経験者が飛躍的に増えていきました。また郊外市場にはファミリー世帯が多く、1回の注文金額が都市の単身者より高くなる傾向がありました (Prescient Analyses: How DoorDash Decided to Target the Suburbs, a Move that Proved Brilliant During the COVID-19 Era | Grewal Levy Marketing News)。DoorDashはここにも着目し、注文単価が高い分配達コストを吸収できるため収益性も確保しやすいと判断して郊外オペレーションを推進しました (Prescient Analyses: How DoorDash Decided to Target the Suburbs, a Move that Proved Brilliant During the COVID-19 Era | Grewal Levy Marketing News)。郊外では駐車や建物内の移動が容易で配達効率が上がること、小規模レストランが自前デリバリー手段を持たず外部サービスへの依存度が高いことも追い風となりました (Prescient Analyses: How DoorDash Decided to Target the Suburbs, a Move that Proved Brilliant During the COVID-19 Era | Grewal Levy Marketing News)。さらに郊外の利用者は都市部ほど即時性を求めず「多少待つのは当たり前」と考えるため、DoorDashは扱う店舗数の拡充(バラエティ)を優先し、多少配達に時間がかかっても許容される戦略をとりました (Prescient Analyses: How DoorDash Decided to Target the Suburbs, a Move that Proved Brilliant During the COVID-19 Era | Grewal Levy Marketing News)。これは「とにかく早く届ける」ことを重視したUber Eatsとは対照的な方針でしたが、郊外顧客のニーズに合致し満足度を高めました (Prescient Analyses: How DoorDash Decided to Target the Suburbs, a Move that Proved Brilliant During the COVID-19 Era | Grewal Levy Marketing News)。結果としてDoorDashは郊外市場で独走状態となり、都市部の激戦区以外の広いエリアから売上を稼ぐことで全体シェアを底上げすることに成功したのです。
主要都市でのシェア拡大戦略: もっともDoorDashは郊外だけでなく、主要大都市圏でも着実にシェアを伸ばしてきました。ニューヨークやロサンゼルスなど初期にGrubhubやUber Eatsが強かった市場でも、豊富な資金を投じたマーケティングとレストラン網の拡大でユーザーを獲得していきました。特に2019年以降、大手チェーン店(例:マクドナルド、ウォルマート系デリ等)の取り込みや独自ブランドのゴーストキッチン展開、配達以外のテイクアウト注文仲介などサービス多角化で都市部ユーザーの利便性向上を図りました。また他社買収も都市攻略に活用しています。2019年に競合サービスCaviar(高級志向レストランを扱うプラットフォーム)をSquare社から買収し、都市部の富裕層ユーザーと人気店ネットワークを取り込みました。2020年のパンデミック下では需要急増に合わせてドライバーに特別ボーナスを支給し配達能力を増強するなど、その場その場で機動的な施策を打ち都市部の大量需要にも遅滞なく応えました。その結果、サンフランシスコやヒューストンなど多くの大都市でDoorDashがシェア1位となり、Uber Eatsが強かった一部都市(例えばマイアミ等)でも差を縮めています。主要都市でUberと拮抗しつつ、郊外での圧倒的優位を加算したDoorDashは、全米合算でトップの地位を盤石なものとしました。
市場参入タイミングと地域戦略の違い: 各社のサービス開始時期と拡大順序の違いも、市場シェアに影響を与えました。Grubhubは2000年代からWeb経由の注文仲介で成長し、当初は配達を各店や独自下請けに任せていました。DoorDashやUber Eatsが登場した2010年代半ば、フルスタックで配達まで行う新モデルが急伸長すると、Grubhubも追随しましたが後手に回りました。DoorDashは2013年にカリフォルニアの小エリアで立ち上がり、2015年頃から全米展開を加速させています。Uber Eatsは2015年にまず大都市でサービス開始し、その後各国・各都市へと拡大しました。つまりDoorDashは米国内の地方・郊外から中心市街地へというボトムアップ式の拡大、一方Uber Eatsは大都市から周辺へというトップダウン式の拡大でした。この違いにより、DoorDashは競合が手薄な地域を先行できた反面、Uber Eatsは早期から都市部でブランド浸透できました。しかし2020年のパンデミック時には郊外も含めた全国的需要が爆発したため、郊外に強いDoorDashが一気に全米シェアを押し上げたという面があります (Prescient Analyses: How DoorDash Decided to Target the Suburbs, a Move that Proved Brilliant During the COVID-19 Era | Grewal Levy Marketing News)。加えて、DoorDashは国際展開を本格化させたのが比較的最近(2021年にヨーロッパのWolt買収など (DoorDash ft. Tony Xu – The “Wrong” Moves That Built a Giant | Sequoia Capital))で、長らく米国内に経営資源を集中できた点も地の利でした。Uber EatsやGrubhub(JustEat系)は世界各国で戦線を抱えており、その分米国市場に全集中しづらかったという背景も考えられます。
結論: DoorDashの競争優位性とトップシェア確立の要因
以上を総合すると、DoorDashが米国フードデリバリー市場でトップになれた要因は多面的です。競合他社との比較では、DoorDashは後発でありながら郊外重視の展開や積極的な資金投入で短期間にシェア逆転を達成しました。他社の弱点(サービス未展開エリアやレストラン網の不足)を突き、面的な広がりと包括的サービスでユーザーを囲い込んだ点が大きな強みです。マーケティング戦略では、ブランドを「物流プラットフォーム」と位置付け顧客・店舗双方に価値提案し、大胆なプロモーションで利用者基盤を拡大しました。特にサブスクモデルの先行導入と提携施策で顧客ロイヤルティを高めたことが、長期的優位につながっています。ロジスティクスとテクノロジーの面でも、創業時から蓄積した配達データとアルゴリズムによる効率化でユニットエコノミクスの改善を実現し、同規模の注文量でもより収益性高く運営できる構造を築きました。配達員ネットワークの充実とサポートもサービス品質を下支えし、結果的にユーザー満足度向上・ドライバー確保・注文増加の好循環を生み出しました。レストランとの関係では、強力なパートナーシップ戦略により他社を凌ぐ店舗数とチェーン網羅率を達成し、手数料体系の柔軟化やコスト支援策でパートナーからの信頼も得ました。価格戦略においては、適切な料金設定と積極的な割引戦術でシェア獲得と維持のバランスを取り、十分な市場支配力を得てからは効率化による収益改善にも成功しています。最後に地理的戦略では、郊外という未開拓フロンティアを制したことで競合優位に立ち、都市部でも着実にシェアを伸ばすことで全米トップの地位を盤石に固めました。
これらの要因は相互に関連し合い、DoorDashの競争力を総合的に高めています。特にパンデミックによる需要激増期にDoorDashはその蓄えた優位性を一気に発揮し、市場の主導権を握りました (Prescient Analyses: How DoorDash Decided to Target the Suburbs, a Move that Proved Brilliant During the COVID-19 Era | Grewal Levy Marketing News)。その後も同社は機動的に戦略を調整し、成長と収益性の両立を図っています。もっとも業界全体を見ると、利用者のサービス間乗り換えは容易で価格やサービスで常にしのぎを削る構造です (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)。DoorDashも安穏とはしていられず、Uberとの熾烈なデュオポリー(2強)競争は続くでしょう。しかしながら、郊外から都市まで広く浸透したブランド、膨大な加盟店とユーザー、そして洗練された物流テクノロジーと蓄積データという参入障壁を武器に、DoorDashは今後も米国市場において優位な地位を維持していくと見られます。
最後に、最新データでもDoorDashの動向は好調です。2024年現在もシェアトップを堅持し、月間アクティブユーザー数は3,700万超と過去最高、水準に達しています (DoorDash Monthly Users Hit All-Time High | Progressive Grocer)。今後は食料品や小売りデリバリーへのさらなる進出 (Which company is winning the restaurant food delivery war? - Bloomberg Second Measure)や、広告収入の本格化なども見込まれ、単なるフードデリバリーを超えた総合オンデマンドサービスとして成長が続くでしょう。その原動力となるのは、ここで述べたようなDoorDashの確立した競争優位性であり、それこそが同社が米国市場でトップに上り詰めた要因と言えます。