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Instacartの黒字化要因の分析
Instacartは近年になって初めて持続的な黒字を実現しました。その背景にはコスト削減と収益源多様化の戦略が大きく寄与しており、さらに市場環境の追い風と競合環境への適応が支えとなっています。IPO申請資料でも、Instacart自身が「収益多様化の成長、業務効率化の推進、そしてコスト管理の決定」が利益創出のカギであると述べています (6 takeaways from Instacart’s IPO filing | Grocery Dive)。以下では、4つの観点からInstacartの黒字化要因を詳細に分析します。
1. コスト削減戦略
● 物流・配達コストの削減: Instacartは配達オペレーションの効率化によって単位当たりコストを大幅に削減しました。特に一人の買い物代行者(ショッパー)が一度の買い物で複数の注文をまとめて処理する「バッチ処理」を推進し、1件あたりの配達に要するコストを引き下げています (Instacart to focus on order efficiency to retain online grocery delivery dominance | CFO Dive)。CFOのNick Giovanni氏も、複数注文のまとめ取りによって「買い物代行者が一度の精算で複数注文を処理し、配達ルート上でまとめて届けられるため、当社にとって注文履行コストが低減する」と述べています (Instacart to focus on order efficiency to retain online grocery delivery dominance | CFO Dive)。実際、この手法により単位経済性(ユニットエコノミクス)が向上し、利益率の改善に直結しました (Instacart to focus on order efficiency to retain online grocery delivery dominance | CFO Dive)。
● テクノロジー活用による業務効率化: Instacartはテクノロジー投入によって物流・店舗内ピッキングの効率を高め、コスト削減につなげました。例えば、高度なアルゴリズムや機械学習を用いて最適なルート計画を立案し、配達距離や時間を短縮しています (Is Instacart Profitable?)。また、2021年には自動化倉庫ロボティクス企業(Fabric)との提携を発表し、専用の小型倉庫でロボットが商品をピッキングし、従来の店舗内作業を補完する次世代のフルフィルメント構想に着手しました (Instacart Announces Next-Gen Fulfillment Initiative for North American Retailers) (Instacart Announces Next-Gen Fulfillment Initiative for North American Retailers)。人手による店内ピッキングは非効率でコスト高になりがちですが、ロボット導入によりピッキングコストを削減し、将来的にはより低コストで迅速な注文処理が可能になると期待されています (Why Instacart Must Automate to Survive | Entrepreneur)。InstacartのCTOは「ロボティクスと当社の技術・ショッパーを組み合わせることで、オンライン食料品の提供速度を高め、顧客にとってより低価格で利用できるサービスを実現する」と述べており (Instacart Announces Next-Gen Fulfillment Initiative for North American Retailers)、テクノロジー投資がコスト効率とサービス向上の両面で寄与しています。
● 人件費の最適化と業務プロセス改善: 人件費面では、Instacartはギグワーカーを活用した柔軟な労働力モデルを維持し、需要に応じてコストを変動費化することで固定費の圧縮に成功しています。買い物代行者や配達員は独立契約者であり、必要なときに必要な人数だけ稼働させることで、人件費の無駄を抑えました。さらに報酬体系の見直しも行われ、近年では配達員への1件あたりの基本報酬を7ドルから4ドルに引き下げる施策も実施しています (Instacart Driver Pay: What You Need to Know in 2025)。これによりInstacart側の支払いコストは減少し、その分を顧客からのチップに依存する形で補填する構造に移行しました (Instacart Driver Pay: What You Need to Know in 2025)。一方でサービス品質を維持するため、評価システムによるインセンティブ付与や効率的な注文割り当てで労働生産性の向上も図っています(高評価の配達員ほど高報酬の注文を優先的に受け取れる仕組みなど)。加えて、本社機能でも組織のスリム化が進められ、2023年初頭には全従業員の約7%にあたる250人規模のレイオフを実施して固定費圧縮を図りました (Instacart announces layoffs, revenue growth on same day)。これらのコスト管理の結果、売上に占める費用割合は大幅に低下しています。Instacartの財務資料によれば、2020年には総費用が売上の105%に達していたものの、その後の効率化によって2022年には98%、さらに2023年上半期には82%にまで改善しました (IPO Report: Likely Unsustainable Profits and an Expensive Valuation)。特に売上原価(買い物代行者への支払い等)は2020年の売上の40%から2023年上半期には25%へ、業務運用・サポート費も22%から9%へと劇的に圧縮されており (IPO Report: Likely Unsustainable Profits and an Expensive Valuation)、コスト構造の改善が黒字化に直接寄与したことがわかります。
2. 収益源の多様化
● サブスクリプションモデルの貢献: Instacartは定額会員サービス(Instacart+、旧Instacart Express)による収益と顧客ロイヤルティの向上にも成功しています。Instacart+は月額ないし年額料金で配送手数料の無料化などの特典を提供するサブスクリプションであり、多くのユーザーを惹きつけました。その会員数は2022年6月時点で約460万人、2023年6月には510万人超と順調に増加しています (6 takeaways from Instacart’s IPO filing | Grocery Dive)(無料トライアル会員を除く正式会員数)。この会員層は非会員に比べ利用頻度と購入額が高く、2023年上半期の総取扱高(GTV)の57%がInstacart+会員によるものでした (Instacart IPO | S-1 Breakdown ‒ Meritech Capital)。具体的には、Instacart+会員は1ヶ月あたり平均4件の注文で合計461ドルを使うのに対し、非会員は平均223ドル(推定)に留まるとの分析もあります (Instacart IPO | S-1 Breakdown ‒ Meritech Capital)。したがって会員収入そのものに加え、会員化によって顧客単価とLTVの向上が図れた点で黒字化を後押ししました。サブスクリプション収入はストック型で安定しているため、需要変動があっても一定の収益源となり、利益体質の強化に貢献しています。
● 広告収益の拡大: 広告事業の成長はInstacartの収益多様化の柱であり、高い利益率で黒字化に大きく寄与しました。Instacartはプラットフォーム上で食品メーカーやCPGブランドから広告料を得ており、検索結果の優先表示や特集枠など購買の瞬間に近い広告枠を販売しています。その広告収入は近年急拡大し、2022年には年間約7億40百万ドルに達して全収益の30%を占めました (Is Instacart Profitable?)。2023年に入っても伸びは続き、IPO資料によれば2023年上半期には広告とその他収益で4億06百万ドルを計上し、全収益の28%を占めたとされています (6 takeaways from Instacart’s IPO filing | Grocery Dive)。前年同期比でも24%増収と高成長を維持しました (6 takeaways from Instacart’s IPO filing | Grocery Dive)。この広告ビジネスはプラットフォーム規模の拡大に伴い高収益な収入源となっており、Instacart自身も「広告ソリューションの成長は収益性維持・向上の要となる」と強調しています (6 takeaways from Instacart’s IPO filing | Grocery Dive)。実際、Instacartは2021年にFacebook出身のFidji Simo氏をCEOに迎えて広告商品の拡充に注力しており (6 takeaways from Instacart’s IPO filing | Grocery Dive)、5,500以上のブランドがInstacartの広告ツールを利用するまでになりました (6 takeaways from Instacart’s IPO filing | Grocery Dive)。広告収入は追加コストが小さいため利益率への貢献度が高く、配送手数料やマージンだけに依存しない収益構造を確立できた点が黒字化の大きな推進力となりました。
● B2B向けサービスの拡充: 消費者向けプラットフォーム事業に加えて、Instacartは法人・小売企業向けサービス(B2Bビジネス)の拡大にも乗り出し、収益源を多角化しています。大手・中小のスーパーマーケットに対しては「Instacart Enterprise Platform」と称する包括的な技術ソリューションを提供し始めました。このプラットフォームでは、ホワイトレーベルのECサイト構築、注文の受渡しフルフィルメント(Instacartの配送ネットワークや店舗内ピッキングの仕組みを組み込み可能)、店舗内買い物体験をデジタルと統合する「Connected Stores」技術、そして広告やデータ分析ツールまで、一連の機能を小売企業にライセンス提供しています (Instacart IPO | S-1 Breakdown ‒ Meritech Capital) (Instacart IPO | S-1 Breakdown ‒ Meritech Capital)。550以上の小売チェーンがInstacartのエンタープライズ向けECソリューションを採用しており、自社サイトや自社アプリでのオンライン注文にInstacartの技術・インフラが使われています (Instacart IPO | S-1 Breakdown ‒ Meritech Capital)。Instacartにとってこれは手数料以外の新たな収益源(SaaS利用料や収益シェア)であり、かつ自社が在庫を持たず小売パートナーの売上拡大を支援するモデルなので利益率も高い傾向にあります (6 takeaways from Instacart’s IPO filing | Grocery Dive)。同様に、Instacartは蓄積した消費者データや販売分析にも価値を見出し、ブランド企業や小売企業に向けてデータ分析プラットフォームを提供しています。購買傾向レポートや広告効果測定などのツール利用料を課金する形でマネタイズしており (Is Instacart Profitable?)、これもB2Bビジネスとして収益の一部を構成しています。さらに法人顧客向けの新サービスとして、2023年には「Instacart Business」を立ち上げ、小規模事業者が事務用品や食料品をまとめて購入できる専用のプラットフォームを開始しました (Instacart Business promises efficiency and savings to companies - Produce Blue Book) (Instacart Business promises efficiency and savings to companies - Produce Blue Book)。これにより従来は個人消費が中心だった顧客基盤に企業需要を取り込み、新たな取引ボリュームの創出につなげています。以上のように、手数料収入に偏らない多様な収益源を育てたことが、Instacartの黒字化を安定的なものにしました。
3. 市場環境の変化
● コロナ禍による需要急増とその後の定着: 新型コロナウイルスのパンデミックはInstacartの事業環境を一変させました。外出自粛によりオンライン食品配達の需要が爆発的に増加し、Instacartは2020年第二四半期に前年同期比935%もの成長率を記録しています (IPO Report: Likely Unsustainable Profits and an Expensive Valuation)。この需要急増に伴い2020年4月には初めて月間黒字を計上し、年間でも5,000万ドルの黒字を達成したと報じられました (Is Instacart Profitable?)。パンデミック期の特需によって規模の経済が一気に進み、Instacartは大量の新規顧客と注文を獲得してコスト効率を高める契機となりました。感染拡大が落ち着いた後は一部顧客が店頭購入に戻る動きもありましたが、オンライン食料品購入は消費者のライフスタイルにある程度定着しました。Instacartの平均注文額を見ると、パンデミック前は約105ドルだったものが感染拡大期には130ドルに上昇し、その後規制緩和で一旦低下しましたが、2023年にはインフレの影響もあり113ドル程度に落ち着いています (Instacart to focus on order efficiency to retain online grocery delivery dominance | CFO Dive)。これはパンデミック前に比べなお高い水準であり、一部の需要は恒常化したことを示唆しています。またInstacart自身も、パンデミック後に一度離脱した顧客の呼び戻しや既存顧客の維持に注力しており、「コロナ後に店舗に戻った顧客を再び獲得・復帰させること」に取り組んでいるとCFOが言及しています (Instacart to focus on order efficiency to retain online grocery delivery dominance | CFO Dive)。総じて、コロナ禍で拡大した市場規模が完全には元に戻らず底上げされたことが、黒字化を持続させる下地となりました。
● オンライン食品配達市場の構造的成長: パンデミックを経て、オンライン食料品市場は中長期的にも拡大傾向が続いています。InstacartのIPO申請資料によれば、オンライン食料品市場は2022年から2025年にかけて年平均10~18%成長が見込まれるとされています (6 takeaways from Instacart’s IPO filing | Grocery Dive)。一方で従来型のオフライン食料品売上は0~4%程度の低成長に留まる見通しで、流通業界の成長エンジンがオンラインにシフトしつつあることが示唆されています (6 takeaways from Instacart’s IPO filing | Grocery Dive)。実際、米国における食料品のオンライン購買比率はパンデミック前には数%程度でしたが、2020年に一挙に約10%まで拡大し、2025年には20%を超えるとも予測されています (Why Instacart Must Automate to Survive | Entrepreneur)。このような市場そのものの追い風により、Instacartは積極的なマーケティングに頼らずともユーザー数・注文数の底上げが可能となり、売上増とスケールメリットによる効率改善が進みました。もっとも直近では成長率が鈍化しつつあり、2022年の注文数成長は+18%でしたが2023年第二四半期には+3%程度まで落ち込んでいます (Instacart IPO breakdown: On the grocery market, ads, memberships, profitability and valuation | Wing Venture Capital)。しかし市場全体の趨勢としては実店舗回帰よりオンライン浸透拡大の方が優勢であり、Instacartはその市場成長の取り込みによって黒字基調を維持しています。
● 規制・政策の影響: ギグエコノミー企業であるInstacartにとって、労働者の雇用区分や待遇に関する政策は収益構造を左右する重要な要因です。特にカリフォルニア州ではAB5法により本来は契約ドライバーを従業員と見なす動きがありましたが、2020年の住民投票(Prop 22)可決により配達員は引き続き独立契約者として扱われることになりました。これによりInstacartはドライバーへの福利厚生義務など大幅なコスト増加を回避し、現行の低コスト構造を維持できています。もっとも他州や連邦レベルでも同様の論点は残っており、バイデン政権下の労働省はギグワーカーを労働法上従業員とみなす基準を強化するルール案を発表するなど (Biden administration issues rule that could curb 'gig' work, contracting)、将来的な規制強化のリスクは存在します。Instacartも誤った労働者区分に関する集団訴訟に直面し、約4,650万ドルの和解金を支払った例があります ($46.5 million question: Employee or independent contractor?)。しかし現在のところは法的枠組みの中で契約者モデルを維持することに成功しており、これがコスト低減の前提条件として黒字化を支えています。また、食品配達に関連する各種規制(衛生管理や酒類配送の許認可など)についても遵守コストはあるものの、業界全体に共通のため競争上大きな差にはなっていません。一方で政策による追い風もあり、例えば米国政府や地方自治体が高齢者・障碍者向けに食料品配送サービスを支援する補助金制度を設けたことなどは、新規需要を創出し市場拡大に寄与しました。このように規制・政策面の動向はリスクと機会の両面がありますが、Instacartは労働環境に関する法対応を図りつつ、市場拡大施策は取り込むことで黒字化基調を維持しています。
4. 競合環境への対応
● 差別化戦略と強み: オンライン食料品配達市場は大手テック企業や小売企業も参入する激戦分野ですが、Instacartは独自の差別化戦略で競争優位を築いてきました。最大の強みはプラットフォームの幅広い提携ネットワークです。Instacartは自前で在庫を持たず小売店と提携するモデルのため、多数のスーパーマーケットや専門店と連携してサービスを提供できます。その提携先は1,400を超える小売バナー(チェーンブランド)に及び、米国の食料品小売市場の実に85%以上を網羅する小売パートナーシップを築いています (Instacart to focus on order efficiency to retain online grocery delivery dominance | CFO Dive)。この「小売各社のパートナー」という立場により、WalmartやAmazonのように小売そのものと競合せずに済んでおり、むしろ小売店側もInstacartの技術を活用して売上を伸ばすWin-Winの関係を構築しています (6 takeaways from Instacart’s IPO filing | Grocery Dive)。また、提携店舗数が多いことは消費者にとっても圧倒的な品揃えと利便性を意味し、競合他社にはない幅広い選択肢(地元スーパーからコストコまで一括注文など)を提供できています。
● 競合他社との比較: 主な競合としては、Amazon(Whole FoodsおよびAmazon Fresh)、ウォルマート、ターゲット傘下のShipt、そしてUber EatsやDoorDashといったデリバリー企業が挙げられます。これらとの違いとして、Instacartは高単価の本格的な食料品まとめ買い領域で強い点が指摘できます。他社が手掛ける食料品デリバリーは、Amazonやウォルマートなど一部を除けば総じて注文金額が小さい傾向にあります。DoorDashやUberもコンビニ商品やファストフード的な小規模注文には強みがありますが、$75を超えるような本格的な食料品買い出しの分野では存在感が薄いとされています (Instacart S-1 Deep Dive - by Thomas Reiner)。Instacart自身の推計では、$75超のオンライン食料品注文市場の約75%ものシェアをInstacartが占めており、この高額バスケット分野では実質的に競合がほとんどいない状態です (Instacart S-1 Deep Dive - by Thomas Reiner)。一方でUberやDoorDashは低額バスケット(<$75)の領域で競合していますが、このセグメントはサイズが限られ粗利も小さいため、Instacartの主要ターゲットとは重ならない部分があります (Instacart S-1 Deep Dive - by Thomas Reiner)。またAmazonは自社でWhole Foodsや生鮮倉庫を運営し在庫リスクを負っているのに対し、Instacartは在庫を持たないプラットフォーム型であるためビジネスモデルが軽量です。その分、スケール拡大に伴う利益率向上が実現しやすく、実際に2022年には営業利益ベースで黒字化(NOPATマージン5%)を達成しています (IPO Report: Likely Unsustainable Profits and an Expensive Valuation) (IPO Report: Likely Unsustainable Profits and an Expensive Valuation)。さらにInstacartは、競合に先駆けて広告収益モデルを確立した点も優位性です。他社も追随して広告事業に乗り出していますが、食料品分野で年間7億ドル規模の広告収入を得ているのはInstacartが突出しており、これが総合的な収益力で競合を上回る源泉となっています (6 takeaways from Instacart’s IPO filing | Grocery Dive)。
● 競争激化への対応策: 競合環境が激しくなる中で、Instacartは継続的にサービスの付加価値向上と新機能開発を進めています。近年力を入れているのが実店舗向けテクノロジーの提供(オムニチャネル化)です。例えば2021年にはスマートカート技術を持つスタートアップのCaper AIを3億5,000万ドルで買収し、店舗におけるセルフチェックアウト型スマートショッピングカートを自社ソリューションに取り込みました (Instacart buys smart cart maker Caper AI for $350M | Grocery Dive)。このように買い物そのもののデジタル変革に関与することで、単なる配達サービスの枠を超えて小売店に価値提供できる存在になろうとしています。実際、Instacartは食料品配達を越えてスマートカートや電子棚札などの店内技術ソリューション企業へと変貌しつつあると評されます (6 takeaways from Instacart’s IPO filing | Grocery Dive)。また前述のように、Instacartは小売各社に対して自社のオンライン販売システムや物流ネットワークを開放するプラットフォーム戦略を取っており、競合他社にはない包括的なパートナー支援型ビジネスを展開しています (Instacart IPO | S-1 Breakdown ‒ Meritech Capital) (6 takeaways from Instacart’s IPO filing | Grocery Dive)。これにより小売店側から見ても単なるコストセンターではなく収益拡大に寄与するテックパートナーと位置付けられ、競合他社との差別化につながっています。
● 提携戦略と買収の影響: Instacartは戦略的提携やM&Aによって自社のエコシステムを強化し、競争優位を確固たるものにしてきました。提携面では、食料品チェーン各社との独占的・排他的関係を構築し、競合他社が容易に入り込めないネットワーク効果を生み出しています。例えば会員制倉庫店のCostcoは長らくInstacartを配送パートナーとしており、Whole Foodsも一時契約終了しましたが2023年にはカナダ地域で再びInstacartと提携を開始しました (Instacart announces layoffs, revenue growth on same day)。地域密着のスーパーマーケット(PublixやWegmansなど)も自社配送網を持たない場合が多く、Instacartとの提携によりオンライン販売に参入しています。その結果、主要スーパーの多くがInstacartと組む状況となり、新規参入者が小売パートナーを確保するのが難しくなっています。買収面では、前述のCaper AIのほかにも分析プラットフォームのEversight(AIによる価格最適化ソフト)や、食品レシピ・栄養アプリのFooducate、小規模小売店向けオンラインプラットフォームを展開するRosieなど、関連企業を積極的に買収してきました。これら買収により広告ターゲティング精度の向上(Eversightの技術でメーカー向けプロモーション提案力を強化)、付加サービスの拡大(レシピ提案機能の導入によるエンゲージメント向上)、新市場セグメントの取り込み(地方の個人経営スーパーへのサービス提供)など、多方面で事業強化が図られています。加えて競合に対する防御という観点でも、将来脅威となり得るテクノロジーを先取りして自社に取り込むことで、長期的な競争力を維持する狙いがあります。
このようにInstacartは、コスト最適化努力と収益モデルの多角化によって財務基盤を強固にし、パンデミックを契機とする市場拡大の恩恵を受けつつ、競合他社との差別化と協業戦略で優位性を保つことで黒字化を達成しました。その黒字は一時的なものではなく、各要因が相互に作用して持続可能な形で利益を生み出している点が重要です。今後も広告やB2B事業の伸長、効率化の深化によって利益体質を維持・向上させる一方、競合環境や規制動向に適応し続けることが求められます。Instacart自身も「多様な収益源の成長、オペレーション効率の追求、そしてパートナーとの協調」が今後の持続的な利益拡大の鍵になると認識しており (6 takeaways from Instacart’s IPO filing | Grocery Dive)、これら黒字化要因をレバレッジしてさらなる成長を目指すものと考えられます。