
元OpenAI CTO Mira Murati氏の設立企業Thinking Machines Labの全貌とは
2023年以降、生成AIを中心とした人工知能(AI)の技術革新は急速に進み、業界大手企業やスタートアップの新たな動向が注目を集めています。その中で、元OpenAIのCTO(最高技術責任者)を務めたミラ・ムラティ(Mira Murati)氏が新たに立ち上げたスタートアップ「Thinking Machines Lab(シンキング・マシーンズ・ラボ)」が話題を呼んでいます。本稿では、この新興企業の背景、目的、および技術的・社会的インパクトに焦点を当てて解説します。
1. Thinking Machines Labとは何か
1-1. 新スタートアップの概要
Thinking Machines Labは、「AIをより広く理解しやすいものにし、人々の多様なニーズや価値観に対応させる」という目標を掲げたスタートアップです。元OpenAI CTOのミラ・ムラティ氏がCEOを務め、OpenAI共同創業者であるジョン・シュルマン(John Schulman)氏がチーフサイエンティストとして、さらにOpenAI元チーフリサーチオフィサーのバレット・ゾフ(Barret Zoph)氏がCTOを担当するなど、錚々たるメンバーが集結しています。
1-2. ステルスモード解除とブログ投稿
Thinking Machines Labは、これまで「ステルスモード(極秘状態)」で活動していましたが、最近そのベールを脱ぎ、公式ブログを通じて使命や方針を明らかにしました。ブログ投稿では、以下のような主張がなされています。
「科学界のフロンティアAIシステムに対する理解は、急速な能力向上に追いついていない」
「トレーニングのノウハウがトップの研究所に集約されているため、パブリックなAI論議が偏り、人々がAIを効果的に活用しにくくなっている」
このように、AI分野で格差や透明性の課題が拡大していることを強調し、よりオープンかつ協調的なアプローチを取る方針を示しています。
2. 主な特徴と取り組み内容
2-1. マルチモーダル技術への注力
Thinking Machines Labは、テキストや画像、音声、動画など複数のメディア形式(モーダル)を扱うマルチモーダルAIシステムに注力すると表明しています。これは、ユーザーが文章だけでなく、画像や音声など多彩な形態でAIとやり取りすることで、より「人間らしい」インタラクションや高度な問題解決が可能になるという考えに基づいています。
彼らのブログによれば、「人間との共同作業を重視し、あらゆる専門分野に合わせて柔軟に適応できるシステム開発」が柱となっています。これは、既存の大規模言語モデルに比べ、より幅広い応用が見込まれるという点で注目に値します。
2-2. 科学・エンジニアリング分野での応用
Thinking Machines Labは、「科学的発見やエンジニアリング上のブレークスルーを支える最先端モデルを構築する」と明言しています。具体的には、医療・化学・物理などの専門領域における研究開発や、プログラミングの効率化をはじめとする幅広い応用が想定されます。
これは、OpenAI在籍時代にチャットGPT、DALL-E、Codexなどを牽引してきたムラティ氏の経験を生かし、実験的かつ先進的な研究を積極的に進めていく姿勢の表れでもあるでしょう。
3. 安全性(AI Safety)へのコミットメント
3-1. ガバナンスと透明性の重視
Thinking Machines Labは、「最先端のAIモデルが誤用されるリスクを防ぐ仕組み」を構築すると同時に、コード、データセット、モデル仕様を公開することで「安全性のベストプラクティスを共有し、研究コミュニティ全体で透明性を高める」方針を打ち出しています。これは、クローズドな開発が常態化している一部のトップ研究所に対する、オープン指向な姿勢と言えます。
3-2. 社会実装の視点からのリスク対策
ブログ投稿では、「本当に重要なブレークスルーは、目標設定そのものを見直すところから生まれる」という表現も使われています。これは、単に既存のメトリクスを最適化するだけでなく、社会やユーザーが必要としている価値を再考し、そこに潜むリスクと向き合う必要性を示唆しています。
具体的には、開発したモデルが自律的に誤情報を拡散したり、プライバシー侵害の危険性を高めたりしないよう、運用段階でもユーザーとの共同作業やフィードバックをもとに安全策を改善していくとのことです。
4. ミラ・ムラティ氏の経歴と影響力
4-1. OpenAI時代の実績
ミラ・ムラティ氏は、2018年にOpenAIに入社し、VP of Applied AI and Partnershipsを経て2022年にCTOへ昇格。OpenAIの代表的プロダクトであるChatGPTやDALL-E、プログラミング支援AICodexなどの開発を指揮しました。これらの技術はいずれも世間の注目を集め、AIの社会実装を加速させました。
4-2. TeslaやLeap Motionでの経験
それ以前には、テスラでModel Xのシニアプロダクトマネージャーとして製品開発に携わり、電気自動車とAIの接点である自動運転支援機能(Autopilot)の初期版リリースにも関わっています。また、Leap MotionではVP of Product and Engineeringとして、手や指の動きを検知するモーションセンサー技術の開発にも従事してきました。
こうした実務経験を通じ、ムラティ氏は、「ハードウェアとソフトウェアが密接に連携する複雑な製品の開発」に精通しており、その知見がThinking Machines LabのマルチモーダルAI開発にも反映される可能性が高いと考えられます。
5. 人材と資金調達の動向
5-1. 元OpenAI研究者の合流
Thinking Machines Labには、少なくとも29名ものAI研究者やエンジニアが在籍しており、その中にはOpenAI、Character AI、Google DeepMindなどの主要企業で経験を積んだメンバーが含まれています。このように業界トップクラスの人材が集う背景として、ムラティ氏のリーダーシップやビジョンへの期待感が大きいとみられます。
5-2. 大規模資金調達の可能性
近年、先端AIスタートアップに対する投資マネーは急激に増加しており、Thinking Machines Labが、「1億ドル以上の調達を目指しているのではないか」という噂も報じられています。ブログ投稿では具体的な金額や投資家名は公表されなかったものの、マルチモーダルAI技術や安全性への取り組みに共感する大手VCや戦略的投資家が名乗りを上げる可能性は高いでしょう。
6. 元OpenAIメンバーによるスタートアップの潮流
6-1. AnthropicやSafe Superintelligenceとの比較
OpenAIから独立・卒業したメンバーが設立したスタートアップとしては、AnthropicやSafe Superintelligenceなども存在し、すでに業界では一定の地位を築いています。Thinking Machines Labは、彼らと同様に「社会へのリスクを最小化しながら、大規模AIモデルを推進する」という使命感を共有しつつ、「マルチモーダル技術の導入」や「オープンな知見の共有」という点でさらに独自色を強めています。
6-2. 競争と協調のバランス
このようにOpenAIを巣立った人材が次々と新興企業を立ち上げるのは、AI業界の競争を促進するとともに、新たなイノベーションを生み出す好循環をもたらす可能性があります。一方で、米国を中心とする大手IT企業の寡占化や研究の偏在を懸念する声もあり、「オープンな研究コミュニティとの連携がどこまで実現されるか」が今後の鍵となるでしょう。
7. 今後の展望と課題
7-1. 高度化と民主化の両立
Thinking Machines Labが掲げる理念は、一見すると「最先端のフロンティアAI」と「誰もが自分の価値観に合わせて使える民主化されたAI」という相反する目標を同時に目指すものです。この難題にどう取り組むかが、同社の大きな挑戦となります。
7-2. 社会受容と規制
AI技術の社会実装が加速する一方で、プライバシー、倫理、法的責任など複雑な課題が表面化しています。Thinking Machines Labは、モデルの安全性やオープン化を積極的に打ち出していることから、政府機関や国際的な研究機関とも連携しながら社会受容を高める取り組みが期待されます。
元OpenAI CTOのミラ・ムラティ氏が率いるThinking Machines Labは、マルチモーダルAIや安全性、オープンな研究成果の共有に注力し、AIの「最高峰の能力」と「使いやすさ・説明可能性」を両立させることを目指しています。
他の元OpenAIメンバーによるスタートアップ同様、大規模言語モデル時代の新たな潮流を牽引する存在として、業界や社会に大きなインパクトをもたらす可能性が高いでしょう。しかし、その先には技術的ブレークスルーや社会的受容、適切な規制との両立といった多くの課題が控えています。Thinking Machines Labの進む道は、AI業界全体の未来を占う上でも重要な指標となるはずです。
関連記事