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Web3におけるGo to Market

Web3スタートアップの多くが直面する重要課題のひとつに、Go to Market(以下GTM)戦略があります。従来のウェブサービスとは、異なり、Web3プロダクトには、トークンインセンティブやコミュニティ運営、ガバナンスなど特有の要素が存在します。さらに、レイヤー1・レイヤー2と呼ばれるブロックチェーン基盤そのものや、スマートコントラクトの実装方法など、エコシステム全体の連携も深く関係してきます。

本記事では、a16z cryptoのGo to Marketチームであるマギー(Maggie Shu)氏とピアス(Pierce Carroll)氏の講演をもとに、Web3ならではのGTM戦略、主要なフレームワーク、そしてパートナーシップやアライアンスなどの“ディールメイキング”に焦点を当てて解説します。とくに初期段階のスタートアップが着目すべき具体的な指標や、コミュニティづくりの考え方、そして「相手に好かれる」ための交渉術まで、幅広く取り上げます。


1. 5つの代表的なGo to Marketモーション


まず、マギー氏が紹介した5種類のGTMモーションを簡単に整理してみましょう。これらは、Web2のSaaSやEコマースなどにおいても広く知られていますが、Web3の文脈で再度捉え直すと、独自のニュアンスが見えてきます。

1-1. Product-Led

Product-Ledとは、ユーザーがプロダクトに直接触れ、セルフサービスで利用を始めることで成長するアプローチです。たとえば、Dapp(分散型アプリ)やウォレットを「ユーザー自身がダウンロード・作成し、そのまま使い始める」ケースが該当します。

  • : 単純にウェブサイトからアカウントを作成し、すぐに使えるプラットフォーム。

  • メリット: 導入コストが低く、拡散効果が期待できる。

  • デメリット: 特定の技術的サポートやドキュメントが充実していないと離脱が起きやすい。

1-2. Sales-Led

Sales-Ledは、営業チームが手厚く顧客をサポートしながら導入を進める手法です。

  • : B2B領域でのエンタープライズ契約。導入フローが複雑であるため、細やかな支援が必要。

  • メリット: 収益性の高い大口顧客が期待できる。

  • デメリット: 営業プロセスが長期化しやすい。

1-3. Developer-Led

Web3領域では、特に重要なのが、Developer-Ledです。エンジニアがSDKやAPIを活用してプロダクトを組み込み、エコシステム全体を拡大していきます。

  • : 新しいレイヤー1やレイヤー2、各種インフラプロダクトがデベロッパー向けにドキュメントやサンプルリポジトリを整備し、開発者コミュニティを巻き込む。

  • メリット: エンジニアの採用が広がるとともに、プラットフォームやプロトコルの標準化が進む。

  • デメリット: 開発者向け支援が不足すると利用が広がらない。

1-4. Community-Based

NFTやソーシャルDapp、ゲーム、そしてレイヤー1・2チェーンなど、コミュニティ自体がプロダクトの価値を高める場合には、Community-Basedが重要となります。

  • : イベント、Discord、X(旧Twitter)などでメンバー同士が情報を共有し、二次創作やオフライン集会を活性化させる。

  • メリット: 自律的な広がりが期待でき、ロイヤルティの高いユーザー層が形成される。

  • デメリット: 運営とコミュニティの方向性が合わないと、トラブルが一気に拡散するリスクがある。

1-5. Integrations

Web3のGTMでは、「どこと連携し、どんな相互運用性を実現するか」がとても重要。ウォレットやDEX、他ブロックチェーンとの連携など、大きな“配信チャネル”を持つ相手と手を組むことが成長のカギになります。

  • : Stripeなどの大規模決済サービスとの連携、Layer1チェーンが主要アプリケーションを誘致するためにパートナー提携を結ぶ等。

  • メリット: 相手のユーザーベースをレバレッジできる。

  • デメリット: 交渉コストが高く、契約や導入の手間がかかる。

2. Web3における具体的な指標とトラッキング


Web2でも使われるCAC(顧客獲得コスト)やLTV(顧客生涯価値)などはWeb3でも活用可能ですが、「トークンインセンティブ」や「オンチェーンでの行動データ」などを加味する必要があります。

2-1. CAC × トークンインセンティブ

たとえば、「クエスト」や「ポイント」などのトークン活用によってユーザーを獲得する場合、そのコストもCACの計算に含める必要があります。無料配布だからコストがゼロというわけではなく、将来のトークン分配やインセンティブ設計にも費用や希薄化といった要素が存在します。

2-2. Retentionとオンチェーン分析

  • Retention Rate: ユーザーが継続的に利用しているかどうかを、オンチェーンのウォレットトランザクションやNFT保有履歴から確認する。

  • Churn Rate: ウォレットのアクティビティが一定期間途絶えたかどうかなど、オンチェーンアクションの消失を指標とする。

2-3. Engagement指標

「どれだけコミュニティが能動的に動いているか」を計測するため、Discordでの発言数やオフラインイベント参加数、NFTの保有数・売買数、PoAP(Proof of Attendance Protocol)取得状況などを総合的に見ることが大切です。

「私たちが支援するプロジェクトの多くは、『なんとなく人数が多い』のではなく、実際にオンチェーンやオフラインでアクティブなユーザーがどれくらいいるかを重視しています。」
— マギー氏

3. パートナーシップとディールメイキングのポイント


Web3では、レガシーな大企業との提携からDAOトレジャリーへの提案、あるいはマーケットプレイスとのコラボまで、多種多様な交渉・契約形態が存在します。ここではピアス氏が語ったディールメイキングの基本フレームワークを紹介します。

3-1. 事前のリサーチ(Diligence)

  • 決裁権者やステークホルダーを把握する。

  • ガバナンスフォーラムや公開情報(例: OptimismとBaseの提携条件など)を参照し、類似の事例を調査する。

  • Web3業界では、オンチェーンデータやコミュニティフォーラムで「合意形成の流れ」が公開されている場合も多い。そこから大まかな条件感や市場相場を読み取る。

3-2. アンカリング(Anchoring)

「相手との交渉を始めるとき、まず、『自分たちにとって望ましい値や条件』を提示し、市場における相場観をある程度固定化しておく手法です。」
— ピアス氏

たとえば、L2プロトコル同士の提携なら、トランザクション手数料のシェア率やトークンスワップ比率など、過去事例(BaseとOptimismの提携など)のデータを用いて相場観を示すことで、交渉の基準を確立できます。

3-3. フレーミング(Framing)

相手がマーケットリーダーなのか、マーケットフォロワーなのかで交渉の切り口は変わります。

  • リーダー向け: 低リスク・高リターン、スケール対応などを強調。

  • フォロワー向け: 巻き返しのチャンスや革新的機能を打ち出す。

3-4. リシプロシティ(Reciprocity)

「相手にとっても価値がある条件」を明確に提示することが重要です。

  • : 大手NFTマーケットプレイスとの連携であれば、自分たちのもつユニークなNFTコレクションがプラットフォームに新規ユーザーを呼び込む可能性を提示する。

  • 相手が求めるのは、新しい技術的優位性や潜在ユーザー基盤である場合が多い。

3-5. クロージングとポスト・アクティベーション

交渉成立後も、「契約の履行」や「共同マーケティングの実施」など、具体的なアクションプランを詰める必要があります。

  • 小規模の提携ならアフィリエイトモデルを活用して緩やかに始め、互いに最適化を図るのも有効。

  • 将来的に競合関係に発展する可能性がある相手とは、排他的契約や長期ロックインを避けるなど工夫しましょう。

4. Q&Aで見えた現場の疑問


4-1. 競合にもなりうる相手との連携はどうする?

「ブリッジと提携しつつ、将来的には、ブリッジを不要にする技術を構築したい。互いが協業相手でもあり、競合相手にもなる場合の交渉は?」

ピアス氏いわく、まずは、アフィリエイト契約など比較的緩やかな合意形態を採用し、排他的な条件や長期ロックインを避けるのがセオリー。成長段階に合わせて提携内容を拡大・縮小していけば、大きな利害衝突が起きにくくなります。

4-2. いつGo to Marketを本格化すべきか?

「トークンを将来期待したユーザーが増えているだけなのか、本当にプロダクト・マーケット・フィットを得ているのか見分けが難しい」

これに対しては、オンチェーンデータやコミュニティ指標(特にアクティブな発言やオフライン参加状況など)をモニタリングし、「投機的ユーザーと長期ユーザーを区別する」必要があると回答されました。短期的にメトリクスが上がっても、実質的なエンゲージメントを継続してチェックすることで、最適なタイミングを見極められます。

4-3. デザインパートナーからの要望をどこまで反映すべき?

「初期の顧客やデザインパートナーの声を聞きすぎて、本質から逸れることはないか?」

マギー氏は、「ピボットしすぎないよう、自分たちのコアに立ち返る視点が必要」だと強調。初期段階のユーザーからの要望が、将来的に大多数のユーザーにとって本当に有益なのか、常に検証する姿勢が大切です。

Web3のエコシステムは、新しい技術と概念が絶えず登場し、ビジネスモデルや市場環境も流動的です。しかし、「Grow the pie(市場全体を拡大する)と同時に、自社のマーケットシェアを適切に確保する」という姿勢が欠かせません。

「相手に好かれることは、交渉の大前提。互いの価値を引き出し合い、新しい市場を切り拓くような“Win-Win”の関係を築くことが重要です。」
— ピアス氏

今後も、ガバナンスや規制、デベロッパーコミュニティの状況などが変化し続けるなか、今回ご紹介した基本フレームワークを自社なりにカスタマイズしながら、ぜひ継続的に学習と検証を進めてみてください。あなたのWeb3プロジェクトが、より多くのユーザーと価値を創出できることを願っています。


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