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シリコンバレーを支えるVCの知られざる力
「インテル」、「アップル」、「グーグル」、「フェイスブック」、「アリババ」……これらの企業はいずれも、一介のスタートアップから世界を牽引する巨大企業へと飛躍を遂げました。その背景には、ベンチャーキャピタル(以下、VC)の存在があります。VCは、創業初期から資金を投下し、起業家(創業者)に経営のノウハウや人的ネットワークを提供し、まさに“世界を変える革新”を後押ししてきました。こうしたVCの活動に潜むキーワードが「The Power Law(ザ・パワー・ロー)」、日本語で「べき乗則」と呼ばれる概念です。本書『The Power Law(ザ・パワー・ロー) ベンチャーキャピタルが変える世界』では、多数のインタビューや歴史的事例をもとに、VCの資金調達や成功の裏側がどのように機能してきたかを活き活きと描き出しています。以下では、その内容をわかりやすく整理しつつ、VCが果たす役割の具体像に迫ります。
「The Power Law(べき乗則)」とは何か
べき乗則という言葉は、VCの投資リターンに強く関係しています。VCが投資するスタートアップの多くは失敗に終わりますが、ごく一部がとてつもない成功を収め、投資全体のリターンを大きく押し上げる――これを「80:20の法則」や「20%が80%の成果を生む」と表現することもあります。VCは、この“わずかな大成功”を狙い、多数の企業に挑戦的な投資を仕掛けるわけです。その結果、インテルやアップル、グーグル、フェイスブックなど、世界に名を残す巨大企業が次々と誕生してきました。
合理的ではないが、世界を変える起業家たち
序章でも触れられるように、VCが支援する起業家たちはしばしば「合理的とは言いがたい情熱家」であり、奇抜なアイデアを持っています。スティーブ・ジョブズは、当初、資金提供者から「裸足で歩き回り、プレゼンの空気を乱す風変わりな青年」と評されました。しかし、VCはジョブズの“世界を変えたい”という強い意志を見抜き、アップルに投資することでIT革命の爆発的成長を後押ししたのです。
同様に、ソフトバンクの孫正義氏は、起業当初から次々と大きな構想を語り、リスクを恐れない投資姿勢でジャック・マーのアリババにも早期出資しました。イーロン・マスクが、PayPalや宇宙事業のスペースXを立ち上げた際も、VCの大胆な支援とアドバイスがなければ現在のような大規模事業への展開は難しかったといわれています。こうした「型破りな天才」と「VC」の化学反応こそ、革新的サービスや製品を爆発的に市場へ送り出す最大の原動力となっています。
VCは、“資金”だけでなく“経営支援”や“人脈”を提供する
ベンチャーキャピタルというと「投資家」というイメージが先行しがちですが、実際には資金だけでなく多角的な支援を行うのが特徴です。本書では第3章や第7章などで、セコイア・キャピタルやクライナー・パーキンス、ベンチマーク、アクセルといった著名VCが、スタートアップの取締役会に参画し、経営戦略から採用、人事制度、時にはプロダクトの方向性まで助言し、企業を“育てる”姿を詳細に描いています。
例えば、クライナー・パーキンスは、アップルの初期にスティーブ・ジョブズが“若きカリスマ”としての才能を発揮しやすいように、大手企業では考えられないような自由度を与えながらも、経営基盤を整える“仕組みづくり”を手伝いました。また、シリコンバレーでは、エンジニアや優秀な人材を早期に確保するために「ストックオプション」という報酬形態を広めたのもVCです。資金調達と並行して社員をモチベートする策を提供することで、革新的な企業文化が定着しやすくなりました。
ステージごとに資金調達を行う「段階投資」の威力
VCの投資モデルでは、いきなり巨額の資金を渡すのではなく「シード→シリーズA→シリーズB→シリーズC……」と、複数回に分けて資金調達を実施するのが一般的です。これは、「失敗するときは早期に見極めて損失を抑え、大きく成長しそうなら追加資金を投入してスケールアップする」という考え方に基づいています。
シード期:製品アイデアやプロトタイプ開発段階。VCは小額投資で試験的に支援。
シリーズA:ある程度ビジネスモデルが見え始めた段階。より多くの資金を調達し、市場への本格参入を狙う。
シリーズB以降:ユーザーや売上が急拡大し、ユニコーン(評価額10億ドル以上の未上場企業)を目指す。さらに大型の投資が入り、海外展開や買収なども視野に入る。
PayPal(イーロン・マスクが創業)の統合劇、グーグルの資金調達時におけるVCの「大人の判断」など、本書では度々この段階投資とVCの関与が企業存亡を左右するドラマとして紹介されます。
Yコンビネーターと世界を変える“起業家コミュニティ”
第9章に登場するピーター・ティールやYコンビネーターの存在も、シリコンバレーのエコシステムを語る上で重要です。Yコンビネーターは、起業家向けに短期集中プログラムを提供し、資金だけでなく講義やメンター制度を通して「起業家同士が学び合うコミュニティ」を形成しています。DropboxやAirbnbなど、かつては無名だったスタートアップを次々と世に送り出し、ユニコーン企業の“量産”を加速させました。
こうした起業家コミュニティは、シリコンバレーだけでなく、中国やインド、欧州にも広がっています。中国のアリババやバイドゥ、テンセントも、初期にはアメリカのVCによるノウハウ提供やストックオプション制度の導入支援で急成長を遂げ、世界的企業へと進化しました。
“誰もが1億ドルを必要としている”――ユニコーンをめぐる資金調達の激化
第14章で描かれるユニコーンをめぐるポーカーゲームという表現は、巨額資金が飛び交う近年のVC競争を象徴しています。ソフトバンク・ビジョン・ファンドなど、数千億円単位の大型ファンドが誕生し、有望なスタートアップには、早い段階で大きな金額が投下されるようになりました。いわゆる「ユニコーン」どころか、評価額100億ドルを超える「デカコーン」も続出し、成功すれば莫大なリターンが見込めます。一方で、WeWorkのように巨額調達後に経営失速する例もあり、“莫大なリスク”と“壮大なリターン”が背中合わせであることを物語っています。
ベンチャーキャピタルが変え続ける世界――そして国家間競争へ
結論では、「幸運、スキル、そして国家間の競争」としてまとめられているように、べき乗則(The Power Law)がもたらす変化は、もはや産業構造や企業文化を越え、国同士の競争にも大きな影響を与えています。シリコンバレーの成功モデルは世界に波及し、各国でVCやスタートアップ支援策が活発化しているのです。
スタートアップの成長が、その国・地域の経済や雇用を大きく押し上げるため、シリコンバレー式の投資・起業のシステムをどのように取り入れるかは、国家戦略としても重要視されています。ロシアや中東、欧州、インドのほか、日本でも政府や大企業がVCと連携し、新規事業を促進しようと動いています。まさに「世界を変える」VCの力は、今後もより大きく、より多様な広がりを見せるでしょう。
『The Power Law(ザ・パワー・ロー) ベンチャーキャピタルが変える世界』は、インタビューや歴史的背景、実際の投資案件のドラマを通じて、“VCという仕組みがどれほど起業の成功確率を高め、イノベーションを引き起こしてきたか”を明確に示してくれるノンフィクションです。合理的ではない熱狂と度重なる失敗を含みつつも、VCの支援があればこそ、先進的な技術やサービスが世に出てきた――という点が本書の最大の魅力であり、重要なメッセージといえるでしょう。