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Palantir CEO アレックス・カープが語る西側防衛とAIの未来
アメリカの防衛や西側諸国の価値観を守るうえで、どのような人々がどんなソフトウェアを作り、どう世界を変えていくのか。企業ソフトウェア界のリーディングカンパニーであるPalantir(パランティア)の共同創業者兼CEO、アレックス・カープ氏と投資家・起業家のジョー・ローンズデール氏との対話から、その主要ポイントを抜き出しながら具体的に掘り下げます。カープ氏の独特な生い立ちや哲学的背景、米国や西側世界が抱える課題がどのようにテクノロジーと結びついているのかを、より詳しく考察していきましょう。
1. “型破り”が支える西側の強み
● アウトサイダー視点とインサイダーの教養が融合
アレックス・カープ氏は幼少期からディスレクシア(読字障害)を抱えていました。一般的な学習や読み書きで苦労する一方で、芸術家の母や数学に強い父のもと、多文化的で知的刺激の多い家庭に育ちます。カープ氏の母はアフリカ系アメリカ人であり、家族はユダヤ系の文化的背景も強く、週末には美術館や文化行事に足繁く通う生活を送っていました。このように“インサイダーとしての教養”を身につけながらも、ディスレクシアゆえに常に周囲とは違う視点を持つ“アウトサイダー”でもあったことが、のちの起業家人生を大きく左右します。
さらに「もし社会が、全体主義的になったら、真っ先に自分が排除される」という切実な危機感を抱いたことも、カープ氏が常に「自由や法の支配」を意識する理由の一つです。彼にとっては、「アウトサイダーであるからこそ、西側のリベラル・デモクラシーが自分を守ってくれる」という強い信念があり、そのためにこそ西側社会が強くあるべきだと考えています。
● アメリカに根づく失敗と挑戦を歓迎する文化
アメリカという国は、失敗に寛容であり、型破りな人物を受け入れる土壌があるとカープ氏は指摘します。シリコンバレーを中心とした投資環境は、ハイリスク・ハイリターンを是とし、世界中のトップエンジニアや起業家が資本と結びつく「ハブ」のような機能を果たしています。大学や研究機関、企業、投資家が連携することで、世界最先端のソフトウェアやテクノロジーが次々に生まれ、イノベーションの中心地としての地位を確固たるものにしているのです。
2. Palantirの誕生と、“世界を変えるソフトウェア”
● 法曹の道から哲学の道へ──カープ氏のユニークな学歴
カープ氏は、当初、人々の役に立ちたいという思いからスタンフォードの法科大学院に進学しました。しかし、弁護士業界の実態に興味を持ち続けられず、ドイツに渡って社会哲学の巨匠ユルゲン・ハーバーマスのもとで博士号を取得します。ハーバーマスとの共同研究は、必ずしも順風満帆ではなく、一時は意見対立もあったものの、そこで得た「社会構造への深い洞察」は、のちにビジネスにおいて大きな武器となります。自分は、“読み書きの学術”だけでなく、「問題を構造的に捉え、組織や社会を作り変えることが得意だ」と気付いたのもこの頃でした。
● スタンフォード法科大学院での出会いとPalantirの発想
カープ氏は、再びスタンフォードへ戻り、同じ法科大学院に在籍していたピーター・ティールやジョー・ローンズデール氏と交流を深めます。彼らは「自由社会を守るには、強力な情報分析ソフトウェアが必要だ」という思想を共有しており、この議論が後にPalantirを立ち上げる原動力となりました。
とはいえ、創業当初からVC(ベンチャーキャピタル)の支援を受けられたわけではありません。大手VCに、「政府機関向けの超高度なソフトウェアを少人数でつくる」と提案しても、「そもそもそんな製品需要はあるのか?」と怪しまれ、ある投資家からは面談中に落書きされるほど真剣に扱われなかったエピソードさえあります。しかしカープ氏たちは、「カスタム開発ではなく“プロダクト”としての統合ソフトウェアを提供する」という方針を曲げず、少数精鋭の天才エンジニアを束ねて着実に製品を完成させました。
● “動く”ソフトウェアの強み──FoundryとPG(Gotham)
Foundry
企業向けデータ統合プラットフォーム。膨大なデータを一元的に管理・分析し、意思決定をサポートする。すでに医療・製造業・金融など幅広い領域で導入され、たとえば、病院のベッド管理や製造工程の最適化など、「データ駆動型のオペレーション」を可能にしている。PG (Gotham)
政府機関・軍事向けプラットフォーム。高度な機密データやリアルタイムの作戦情報を扱うための安全な環境と、分析・可視化ツールを提供する。チェーン・オブ・カストディ(証拠管理)やアクセス権管理を厳密に行いながら、大規模データを瞬時に処理可能。
カープ氏は、常に「一度作ったソフトウェアは使い回しが効く“製品”であるべきだ」と主張しています。要件ごとにゼロからカスタム開発していては再現性がなく、イノベーションのスピードが遅いからです。こうしたプロダクト思考がPalantirの真髄といえます。
3. アメリカの軍事力と“西側の守護”としての使命
● 「西側の自由と法の支配を守るにはアメリカ軍が圧倒的であるべき」
カープ氏は、「西側の価値観を守るうえで最も重要なのは、アメリカ軍が世界で圧倒的に強い存在であることだ」と断言します。一見、軍事偏重のように思えますが、そこには彼自身のアウトサイダー的視点が反映されています。歴史を振り返ると、自由や人権を抑圧する勢力が力を得たとき、真っ先に排除されるのは弱い立場の人々です。そうした全体主義を防ぐためには、「自由・法の支配・所有権の尊重」を基盤とする西側世界がしっかりと軍事的抑止力を保ち、相手に過大な野心を抱かせないことが肝要だと考えています。
● ソフトウェア調達改革の必要性──“動画デモ”と“本物”を区別せよ
カープ氏は、国防総省(DoD)の調達システムにも大きな問題があると指摘します。多くの防衛プロジェクトは大企業とコストプラス契約(実費+利益保証)を結び、結果として「実働しないシステムに巨額の予算が投下される」事態を招いています。そこで重要なのは以下の2点です。
「本当に動くソフトウェア」だけに予算を当てる
資料や動画デモだけではなく、「実際にデータ上で稼働している製品」に投資することを制度として明示する。実績のある製品に一定割合の予算を割り当てる
たとえば、「調達費用の1%を、すでに商用で導入実績があるソフトウェア製品に使う」と法律で定めれば、イノベーション企業が参入しやすくなる。こうした競争原理こそがアメリカ軍のソフトウェアを強化する。
4. ウクライナ紛争での“実稼働AI”と欧米の意識変化
● 現地で目撃した圧倒的な意志と技術活用
カープ氏は、ウクライナ侵攻後、早い段階で同国を訪れ、現地の人々がいかに強い意志で祖国防衛に取り組んでいるかを目の当たりにしました。Palantirのソフトウェアは、
ロシア軍の位置情報・動向の分析
リアルタイムの戦場可視化と作戦立案サポート
戦争犯罪の記録や証拠管理
などに活用されています。特に、戦場レベルで敵部隊の動きを正確に把握し、即座に作戦計画を立案・共有できることは従来の人海戦術を大きく変える要素となっています。
また、ある拠点が爆撃を受けても、その日中に同じメンバーがソフトウェアを使って分析作業を再開するという「徹底した戦時体制」に、カープ氏は強い衝撃を受けたと語ります。ウクライナ側のこうした粘り強い活用と高い技術理解は、西側諸国にとっても重要な学びとなりました。
● 「ソフトウェアが戦争を変える」現実に直面する世界
これまでシリコンバレーでは、「軍事・防衛産業への投資は避けたい」という風潮が強い時期もありました。しかし、ロシアや中国の台頭によって「自由社会を守るには、先端技術を持ってしてもなお予断を許さない」という現実が突きつけられ、多くのVCやテック企業も防衛関連への投資や協力を再検討し始めています。かつて“変わり者扱い”を受けていたカープ氏の「西側を守るためのソフトウェアが必要だ」という主張は、ウクライナ紛争を機に徐々に正当性を認められるようになっています。
5. AI・大規模言語モデルがもたらす次世代の展望
● “プロダクトとしてのAI”が決め手になる
大規模言語モデル(LLM)や機械学習が脚光を浴びる中で、カープ氏は、「単なる研究成果やデモではなく、実際にエンタープライズで使える形に落とし込まれたプロダクトが今後の勝敗を分ける」と述べています。データのプライバシー保護や差別リスクの管理、チェーン・オブ・カストディ(証拠管理)など、企業や政府機関が実務でAIを導入するにはクリアすべき要件が多いのです。
Palantirは、こうしたセキュリティと透明性を両立したプラットフォームを提供し、病院のベッド管理や製薬会社の研究開発プロセスの最適化、工場の生産効率化など、あらゆる業界で「動くAIソリューション」を実装しています。これは単にアルゴリズムを提供するだけでなく、それを運用・監査できる“箱(システム基盤)”を作り上げるというアプローチです。
● 米国が再び世界をリードする可能性
AIやLLMを本格導入すれば、アメリカのGDPや生産性は大幅に向上すると期待されています。カープ氏は、自由や人権を尊重しつつAIを制御し活用する企業文化は、他国には簡単に真似できないと強調します。なぜなら、法の支配や個人の尊厳を前提とした高度なデータ管理とアルゴリズム設計は、すでに長年の積み重ねがあり、エンジニアや起業家の育成にも根づいているからです。こうした“アメリカ独自のアドバンテージ”を維持しつつ、中国やロシアのような全体主義的な国家に対抗しようという動きが加速しています。
6. アメリカン・オプティミズムと今後への期待
● 悲観と楽観のダイアレクティクス
カープ氏は、哲学的背景から「社会問題を直視しながらも、イノベーションによって乗り越えようとする楽観」を重視します。悲観と楽観がせめぎ合う状況、つまり“ダイアレクティクス(弁証法)”こそが新たな価値を生み出す源泉だというのです。アメリカ社会は、失敗を許容しつつ大きな成功を目指すダイナミズムを持ち、そこに多様な人材が挑戦しているため、今後も革新的なビジネスやテクノロジーが生まれ続ける可能性が高いといえます。
● “ソフトウェア × 価値観”が未来を形づくる
カープ氏は、「自由や人権を脅かす勢力には、テクノロジーで対抗しなければならない」と繰り返し訴えています。とりわけ、社会の根幹を支える軍事・防衛分野においては、既得権益や旧来の調達慣習を破り、動くソフトウェアを使って効率化・高度化を実現していくことが必須だと力説します。
同時に、表現の自由やプライバシー保護の重要性も訴え、データやアルゴリズムをどのように扱うかについては、透明性を維持する設計や仕組みが必要だと強調しています。こうした“テクノロジー×自由主義的価値観”の融合が、カープ氏の根幹的な思想を形成しているのです。
アレックス・カープ氏の人生は、「ディスレクシアによる学習上の困難」、「哲学的思考をベースにした社会構造への洞察」、「西側諸国の軍事・安全保障への強い責任感」が混ざり合った独特のストーリーです。彼が率いるPalantirは、単なるデータ分析を超えて社会の最前線で“実際に動くAIソリューション”を提供し、医療から製造業、軍事・防衛の現場に至るまで多大なインパクトを与えています。ウクライナ紛争の例では、ロシア軍の動向把握や戦争犯罪の記録など、世界の秩序維持に直結する用途でその有効性が実証されました。
「軍事力を強化することが自由や人権を守る前提である」というカープ氏の主張は、一部からは強硬に聞こえるかもしれませんが、歴史的に見ても全体主義を阻むうえで抑止力が重要なことは確かです。そこに最新鋭のソフトウェア技術を組み合わせることで、西側社会がこれからも自由と法の支配を維持し、人々の多様な生き方を可能にする土台を築く必要があるというのが彼の考え方です。
社会の危機を乗り越えるには、悲観と楽観を往復しながら理想を追い求めるアメリカン・オプティミズムが欠かせません。技術革新を思い切って活用する大胆さと、法や倫理を尊重しつつ個人の尊厳を守る慎重さ――この二つを同時に体現してこそ、西側世界は次の時代を切り拓いていけるのかもしれません。そして、その先頭に立とうとするのがアレックス・カープ氏とPalantirであり、「型破りな視点と強靭な意志が世界を変える」というメッセージは、現代の起業家やリーダーたちにとって大いなる示唆となるでしょう。