スタートアップ投資契約条件の日米比較:優先株式の参加型・非参加型
こんにちは、一般社団法人スタートアップ協会代表理事/株式会社スマートラウンド代表の砂川です。
先日、株式会社スマートラウンドの代表として、以下のようなプレスリリースを出したところ、関連Tweetが14万インプレッションに達するという大反響をいただきました。みなさんリツイートやいいねをありがとうございました。
このテーマに、皆さんとてもご興味をお持ちなんだな、意外に知られていないんだな、ということを再確認させていただいたので、急遽、今度は一般社団法人スタートアップ協会(以下「スタートアップ協会」)の代表理事として、このテーマでオンライン対談イベントを9/26(月)することにしました!!!
お相手は日米両国のスタートアップ投資に精通されているDNXの倉林さんです(お手柔らかにお願いします)!普通なら、なかなか聞けない「投資家の本音のところはどうなのよ」のぶっちゃけトークを引き出したいと思います(砂川の腕にかかってます、、うう)。
▼イベント詳細・お申し込み
ちなみにスタートアップ協会は「スタートアップによるスタートアップのため非営利団体」でして、スタートアップの互助によって実態調査、情報共有、政策提言を行う団体です。各社バラバラに活動していると見えない、わからない、力がない、ことをスタートアップが団結することで変えていこうと、この2月に設立いたしました。これまでに山際スタートアップ担当大臣を始め、内閣官房新資本主義、内閣府CSTI、経済産業省、金融庁などと積極的に意見交換をし、岸田内閣によるスタートアップ育成5ヶ年計画が実効性があるものになるように働きかけをしています。ご興味のある方はぜひご参加いただければと思います。
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さて、このnoteでは、今回の倉林さんとの対談イベントをより有意義なものにするために、基本的な全体説明と、前提となる事実の確認をしたいと思います。事実といっても、引用しているコメント部分はそれぞれの主観となりますので、そこは予めご了承ください。
スタートアップ投資契約の全体像
まずスタートアップ投資契約の全体像についてご説明したいと思います。資金調達マニュアルでより詳しく解説していますが、シリーズA以降では、一般的に目的や締結者が異なる4つの契約書を締結することになります(名称が違ったり、3と4が一つの契約書にまとめられたりもしますのでご注意ください)。
総数引受契約書(登記のために必要な契約書)
投資契約書(投資家と経営株主と発行体で締結する契約書)
株主間契約書(主要株主間で締結する契約書)
財産分配契約書(全株主間で締結する契約書)
それらの契約書の中で決められる主要条件は以下のようなものになります。各条件がどの契約書に入っているかを含めて下記します。ちなみに、こうした主要条件だけを、契約締結前の交渉のために取りまとめたものを「タームシート」と呼びます。
今回の主題ではないので、各条項についての個別説明は割愛しますが(ご興味のある方は資金調達マニュアルをご参照ください)、一般的に日本で起業家が投資家と交渉する条項は、上記のうちバリュエーション、買取条項、事前承諾、取締役指名権、売却請求権あたりではないでしょうか。優先株式の設計(すなわち、上記の一番上の「発行要項」で定められるべき内容)そのものについては、残念ながら、これまであまり議論されてきませんでした。
優先株式における参加型と非参加型
ところがこの優先株式の内容こそが、実は日本と米国で一番考え方の異なる部分であり、スタートアップ経営者として理解しておくべきところでもあるともいえます(以下少しプレスリリースの繰り返しになります)。
優先株式とは、会社法で定められている種類株式の一種で、その保有者である優先株主は普通株主に優先して特定の利益を享受することができるように設計された株式のことをいいます。このうち、スタートアップ投資の実務では、スタートアップがM&Aなどで売却された時に、その売却益を優先株主に対して先に分配する「残余財産優先分配権」が定められた優先株式を活用するのが一般的です(みなし清算条項により、M&Aを清算とみなした場合)。
残余財産優先分配権には、参加型と非参加型の2つの種類があります。参加型では、以下の左の図のように、M&Aなどによる会社売却益を分配する際に、まず最初に優先株主にその投資額を分配します。その上で、まだ分配できる売却益が残っている場合には、優先株主を含む全株主がその持分比率で分け合います。
一方で非参加型は、右の図のように優先株主に投資額を分配した後、まだ分配できる売却益が残っている場合でも、優先株主には分配せずに普通株主だけで分け合うというものです。
Twitterのコメントを見ていると誤解している方も少ならからずいるようですが、優先株主はM&A時に必ず「投資額しか回収できない」わけではありません。実際には以下のようなケース分けになります。
買収金額が少なく、「優先株主の投資額」を下回る場合は、全額が優先株主に分配される(それでも優先株主は投資額を回収できないが)
買収金額が少なく、「優先株主の投資額」は上回るが、全株主の持分比率で分配したときに優先株主が投資額全額を回収できない場合は、優先株主が普通株主に優先して分配を受けることで投資額全額だけ回収する
買収金額を、全株主の持分比率で分配したときに優先株主が投資額全額を少しでも上回って回収できる場合は、優先株主は優先株式を普通株式に転換した上で、持分比率で分配を受ける
すなわち、以下グラフのような分配になるのです。
日米における「標準」の違い
日本ではスタートアップにとって不利な参加型が一般的な契約条件となっています。Coral Capitalの調査によれば、日本のスタートアップが発行した優先株式の実に97%が参加型であるといわれています。
他方、米国では日本とは逆で、スタートアップにとって有利な非参加型とするのが常識となっています。シリコンバレーで著名な法律事務所の一つであるFenwick & West LLPの2022年の調査レポートによれば、参加型の優先株式を利用した資金調達は全体のわずか5%未満となっています。
参加型・非参加型にかかる説明
ではなぜ、このように極端に違った結果になるのでしょうか。専門家と話をすると「日本固有の環境に最適化された結果」だという説明をされる方が多いように思います(まさにガラパゴス島での生物の進化についてを聞いているかのようです)。では日本固有の環境とは一体なんなのでしょうか。ちなみに欧州でも非参加型が標準だと聞きます。したがって、これは日本と米国の比較にとどまらず、日本と世界の比較においても通じる説明でなくてはなりません。
この説明は「日本はエグジット市場が小さいから、投資家は少額M&Aの場合でも参加型を使って投資額以上のリターンを得られる設計にしている」と言っているように読めます。市場の大きさは、本当に優先株式の条件に影響を与えるのでしょうか。米国は全体的にみたら大きな市場かもしれませんが、その分VCの数も多く競争も熾烈です。全VCのうち40%弱しか期待リターンを生み出すことができず多くが淘汰されていく中にあって、単純に市場の大きさが「ギリギリのラインで戦ってる」個々のVCの投資条件に影響を与えるとは思えません。むしろギリギリで勝負していれば、少しでも回収額を得るために参加型にするインセンティブが働くのではないでしょうか。
また「一部の成功した投資家のエグジットだけで、十分なリターンを確保できる、するべきだ」という議論は日本でも成り立ちえると思います。ダウンサイドは有限ですが、アップサイドは無限です。有限部分を交渉しても大きな差は生まれませんが、無限部分はうまく育てれば爆発する可能性があります。どちらに労力を使うべきかは自明なはずです。現在はデータがありませんが、あるファンドの(参加型で投資した)実際のリターンと、そのファンドが全ての投資を非参加型で行っていたと仮定した場合のリターンで、どれくらい有意な違いがあるのか、ぜひ研究してみたいものです。
こちらは、起業家が参加型・非参加型の違いを理解した上で、バリュエーションを上げるためにあえて参加型を選んでいる、という議論だと思われます。残念ながら、こちらも筆者の感覚とはだいぶ違うと言わざるを得ません。そもそも参加型・非参加型の違いをしっかり説明できる起業家が少ない上に、それによってバリュエーションが上下するということを理解している人は極少数だと思います。さらに、わかっていてもそれを投資家に対して交渉材料に使える人は、、、ほとんどいないでしょう。
Y Combinatorは自社が投資家であるにも関わらず、他の米国投資家や専門家同様、参加型を使う投資家にはかなり手厳しいコメントをしています。もちろん、これはシリーズAについてのコメントなので、その前提については留意が必要です(とはいえレイターラウンドを含めた米国全体の優先株式のうち参加型であるものは5%未満であることには変わりはありません)。
Y Combinatorの説明は「市場規模が大きから」といった議論とは無縁ですが、参加型・非参加型とバリュエーションが密接に関係していることは示唆しています。ただし、そのどちらを変数にするべきか、については「スタートアップ投資契約」とは真逆の見解のようです。つまり、投資契約の交渉における変数はバリュエーションの一点に集約するべきで、それ以外は全て標準的な契約にするべきである、という主張です。
こちらもやや強めなコメントですね。日本では、そもそも米国ほどM&Aの機会がないので「小粒であっても早期イグジット」は、狙ってもそれほど実現しないと思われます。むしろ、起業家を信頼していないため、モラルハザードを回避するために「懲罰的」に参加型にしているという側面の方が大きいかもしれません。
ただこれこそが問題の根源だとも言えます。起業家と投資家がお互いを本当に信用していない状況では、一緒に大きくしていこうという気にはなりませんし、ましてやM&A時に少ない売却額を取り合ったのでは「次やる時も、また一緒に」という気持ちにはならないでしょう。こうした微妙な評判が溜まっていくことは、長期的に投資家にボディーブローのように効いてきます。
あなたはどう思いますか?ご興味をお持ちになったら、ぜひ今回のオンライン対談イベントにご参加して、ご意見をお聞かせください!