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サイエンス・ファンタジー参加用「スペースおいなり九龍編」
地球から一〇光年先、コロニー「独立九龍」に降り立つと、醤と香菜の香りがした。
「あー、これが中原の香りアルネー!なつかシよ」
頭に角を生やした黒髪にチャイナドレスの少女が笑う。
「ジャパンコロニーでは醤油の香りがするしのう。料理の匂いってバカにならんのじゃあ……」
それに答えるのは狐耳に巫女服のステレオタイプな狐娘だ。
その後ろに陰のように付き従うのは、金属の肌がむき出しのアンドロイド。ただしどういうわけかアロハシャツを着ている。
「イェア、お話中、失礼しますねマダムおいなり。今タクシーよびましたよ。お待ちの間、耳のデバイス、言語ダウンロードしますね?空港の外、あぶないね。ドアトゥードア。原則よ」
アンドロイドは東南アジアじみた訛りがあった。
三人とも日本語で話しているが、誰一人標準語がいない。
妙な集団であった。
「いや……この戦力ならそこらのチンピラならなんとかなるじゃろ」
「ノー、それだと留置所、観光することなるね」
明らかに龍の化身と妖狐なのである。無改造の常人ならば素手でミンチにできるだろう。
「アイアイ、私わりと安全なストリート知てるネ。先用事すますアル」
「えー、別に急ぐアレじゃないんじゃけどなあ……何しろ会うのはわしの分霊じゃし」
「待ち合わせ遅れる、日本人嫌い違うネ?」
「まあそれもそうじゃな。何しろわしらの目的のためじゃしな」
「きと、ヒントなるアルよ。『永遠を生きるための生き甲斐探し』!華陽太后、有名な幇の公主ネ。そいう生き方どうか聞いてみるネ!」
「でも嫌なんじゃよなあ……キレたナイフじゃった頃のわしに会うのは……」
ここで目の前の道路にすっと無人の電気自動車が止った。
AI制御タクシーだ。
「マダム、タクシー来ましたね」
『你要去邊度?』
「うむ、では新九龍皇家大酒店にいくのじゃ」
『係嘅』
三人が乗ると車自体が答え、九龍コロニーの中を走り出した。
無秩序に配管とネオン看板、薄汚れた路地と小汚いビルが乱立する魔都の中へ……
■
コロニー「独立九龍」はその独立の名前の通り、本家である中華コロニーから独立し、無限の宇宙の中をひたすら本国コロニーから遠ざかっている。
分子3Dプリンタと建築ボットによりそのへんの星を材料にして無秩序に広がり続ける超巨大構造物タイプの船でもある。
隕石を食らい、ガス星を食らい、恒星すら取り込んでひたすら外に、外に。
それはかつて本国から奪われた自由への逃走だ。
「しかしまあ……何やらようわからん種族が多いのう……」
タクシーから覗く町並みには一見多種多様な種族がいる。
獣耳を生やしたり、動物の逆関節の足をしていたり、かと思えば鱗を生やして角を生やしてたり……
そして、皆美形だ。
「あー、アレ全員全身義体の人間ネ。こう……動物とかの部分クローンした手足に機械のユニバーサルジョイントくっつけるアルよ」
「つまりアレかや。あれみんな手足を換装できるタイプのロボゲーみたいに好きな生体パーツをとっかえひっ変えした結果かや」
「是。実際には僵屍に近い道教系ネクロライズ技術の安価タイプもアルね。嘆かわしいコトよ」
「はえー……倫理観とか予算とかどうなっとるんじゃあ……?」
「保険適用アルね」
「一割負担でああなるのかえ……便利なような恐ろしいような感じじゃのう……EU系コロニーとは倫理観が違うわ」
「アハハハハ、これが多神教のおおらかさネ。それにはアタシもおいなりも救われてる違うアルか?」
「まあ、たしかにのう」
そうして、タクシーは目的地についた。
美しく立派な白亜のホテルだ。
「ポイント、払っておきますねー」
『ご利用ありがとうございました』
「こっちのわしは昼飯くらい用意してるじゃろうか。わしあれじゃ、小籠包たべたいのじゃ」
「さすがに飲茶くらいはある違うアルか?」
三人はタクシーから降り立ち、ホテルへと歩をすすめた。
その瞬間、ホテルから爆発が!
「ウワーッッ!今回はこのパターンかや!ええい出るのじゃ尻尾!」
「謝謝アルおいなり!」
おいなりの巫女服の尻からでている尻尾が9つの巨大なもふもふの塊になり、頭上に展開する。
落ちてくるガラスや瓦礫は尻尾で全てガードした。
「いたぞ!もう一人の華陽太后だ!」
路地からわらわらと大勢の黒服が出てくる。
お国柄か、黒い長袍だ。
「めんどくさいのう、どれここは一つわしの術で……」
「こいう運動、アタシ大好きネ!ホアチャーッ!」
ドラゴン娘が殴りかかってきた黒服のパンチを受け止め、軽く手をひねると黒服が投げ飛ばされる。
さらに軽く踏み込むと数十メートルはカッ跳んでいき、黒服達と殴る蹴るのカンフーバトルを始めた。
「崑崙山が昇竜峰、両義拳!黄龍公主の名を恐れぬ者からかかって来るがいいアル!」
どしん、と踏み込んで見得を切るとアスファルトが陥没し、黒服共が蜘蛛の子のように吹っ飛ばされる。
「盛り上がっとるのー、コロニーの超構造体を踏み抜かぬようになー」
「おまかせくださいマダム、こいう時のため私います」
「あー、うむ頼んだぞグエン」
アンドロイド、グエンはその細身の鋼鉄の体で、堂に入った拳法の構えを見せる。
おいなりの近くに立って、守る構えだ。
ドラゴン娘の暴威を抜けてやってくる黒服を華麗な拳捌きでのしていく。
「これで終わりアルか!他にアタシの首を上げて武名をあげようとせん者がいるか!」
あっという間に五〇人近い黒服が倒れ伏す惨状ができあがった。
一通り倒した所で、警察がやってくる。
「マダム、お逃げ下さい。後で合流しましょう」
「うむ、とりあえず全員が今この場で逃げられるように術をはるのじゃあ」
おいなりは巫女服からキセルを取り出すとマッチで火をつけ、ふうーっと煙を吐く。
その煙が膨らみ、増えてゆき……いつのまにか辺りを覆う煙幕になった。
「逃走経路は私サポートしますね。先、行って下さい」
「うむ、おーい龍の!ポリ公じゃ!逃げるぞ!」
「アイアイ、面白くなてきたネ!」
「こんなんばっかりなのじゃあ!」
煙の中で警官達がむせる音が響く。
『こら!待ちなさい!全員手を頭の上に組んで地面に……なんだ貴様は!ぐえっ』
何かがいる。警官達を叩きのめしているこちらとは違う者達が。
煙幕が晴れると……そこには、いた。
頬に呪符を縫い付けられたキョンシー姿の偉丈夫が。
「強い拳気を感じた……『俺たち』の乾きを満足させられるほどの者が……お前ではない……失せろアンドロイド」
「オウケェイ……悪いが、使命でね。それに……冷たいこの体が沸き立つのだ!お前に舐められたままではいられないと!」
「そんなにスクラップになりたいか。いや、お前を人質にすれば先の女を呼べるかも知れんな。一つ、相手をしてやろう」
地球から一〇光年のコロニー内にて、キョンシーとアンドロイドによる拳法対決が実現した!
星々の喝采を受けるのは、さあどちらか……
スペースおいなり冒険譚、第二三五話『魂の在処』につづく