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【小説】夏休み


さて、なんのアイスでしょうか。


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 青天井のど真ん中で、堂々と光を放つ太陽の光が、ジリジリと地上の生き物たちを照らす。何とも生きづらい、それなのに形容しがたい高揚感こうようかんを与える季節だ。
 汗が染み込んだTシャツの生地が肌に張り付き、それを木陰の少し涼しい空気が冷やしていく。


「暑い........」


 誰に言うでもなく呟く。近所のスーパーにアイスを買いに行こうと勇んで家を出たはいいが、ここまでとは思わなかった。目的のブツを購入するまでは順調に行ったが、問題は帰り道だ。ここまで暑いと、帰る頃にはアイスはアイスではなくなってしまう。


 なので、スーパーから少し歩いた裏道にある神社の中で、食べてしまおうと思ったのだ。子供の頃から知っているが、この神社に人が居るのを見た事がない。

 正月も夏休みも、ここはひっそりとしている。それなのに、荒れた様子もない。詳しくないので定かでは無いが、恐らくは管理してる人がいるのだろうが、常駐してるわけではないのだと思う。

 昔から、私は時々ここで無意味に時間を過ごすことがあった。考え事があるとき、予定の時間まで空きがある時など。


 社の周りにたくさん木が生えていて、神社の中はいつもひんやりとしていた。こんなに涼しいのに、何故皆はここに来ないんだろう。過ごしやすいのに。





 ボロボロの石のベンチに腰掛け、私は早速、先程買ったアイスを袋から取り出した。棒に刺さったバニラアイスの周りにチョコレートがコーティングされていて、そこにクッキークランチが満遍まんべんなく付いている。しかもだ、このアイスの棒に当たりと書いてあると、もう一本もらえる。最高すぎる。

 調子に乗って2本も買ってしまった。銀色と青が混ざった袋を開けてアイスを取り出した。いつも通り美味しそうだ。


 周りに誰も居ないので、遠慮なく一人笑いを浮かべながら、私は大きな一口をそいつに食らわし、そして喰らおうと口を開く。


「................」

「................」

 おっとっと?

 急に目が合った人物と私、思わず静止して見つめあってしまった。

 誰もいないと思って居たが、確かに今、目の前に小さな男の子が居た。ひょっとこのお面と甚平姿で、顔は見えないが間違いなく私をじっと見ている。
 ひ、ひょっとこだぁ........。


「................」

「................」


 どうしよう、早くこのアイスを食べたいのに、とても食べづらい。少年の顔は見えずとも、彼の視線がこのアイスに釘付けなのが、痛いほど伝わってくる。

 アイスの放つ冷気が、ジワジワと私の指を冷やす。じきにこの冷気も無くなり、ベトベトに溶けて地面に落ちるだろう。


「あの........、ほしい?」

「................」


 無言だった。だが彼が内心で私の問いかけを肯定していることがよく分かった。というか、首が千切れんばかりに頷いている。ひょっとこが僅かにずれて、少年の小さな口元だけが顕になった。


「あ、どうぞ........?もう一つあるし........」


 フレンドリーに接するのもはばかられるのに、かと言って他人行儀な態度も取りにくい。いきなり立ち上がって渡しに行くと驚かれるかもしれない、そう考えて、私は右手のアイスを彼に向けて差し出した。

 こちらの様子を伺いながら、少年がジリジリと近寄ってきた。やがて私の手からアイスを受け取ると、脱兎だっとのごとくその場から走り去る。



 お礼くらい言って欲しいな。ちょっとだけ傷ついたぞ。



 しかし、その傷ついた気持ちも一瞬で霧散することが起こった。
 少年は少し離れた所に生えていた、とりわけ大きな木の前まで来ると、サーカス団のような身軽さで木の幹をスルスルと登り出したのだ。


 「っえぇ!?」私は思わず大きな声を上げ、もう一本のアイスを取り出そうとしていた手を止めた。アイスの袋に中途半端に引っかかっていたスーパーのビニール袋が、足元にふわりと落ちる。


 少年は私を気に留めず、順調に木登りをしていく。よく思い返してみれば、先程から彼の足音すら聞こえてない。彼の周りだけ静寂の空気に包まれているようだ。

 10メートルはありそうな幹を上まで登ると、少年は木の股に腰掛けてアイスを頬張る。甚平は一切汚れていないし、破けてもいない。ひょっとこも無事だった。


「ねぇ、あの、危ないよ?」


 そう声をかけた私を見下ろすと、少年はアイスでベタベタに汚れた口元でニッと笑って見せた。そして私が瞬きした次の瞬間、彼の姿は見えなくなった。


 手に持った袋の中で、アイスが液体に変わるまで、私はその場で惚けていた。

 そうか、あれが忍者の末裔なのか。


…………………………

正解はブラックモンブラン。

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