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【オリジナル小説】メイメイ 7
最初から
前回
7
ある日、僕は先生に適当なことを言って、学校の備品の柄の長いスコップを借りて帰った。
最近は調子が悪いとはいえ、元々先生から少し贔屓目に見られるくらいにはしっかりした子供だったためか、家の手伝いで急遽必要になったという文句でも、あっさりと信じて貰えた。先生は友達のような口調で「二人だけの秘密な」と言っていたので、公的に許されたことでは無いだろうが。
夜の八時に、僕はそれを持ってこっそり家から抜け出した。五歳の頃とは比べ物にならない速度で走って、あの公園に向かう。
「リョウちゃん?」
夜でも、彼女は砂の中に居た。息を切らしている僕を見て、驚いた様子で目を見開いている。「こんな時間に出歩いたら、危ないでしょ」少し怒ったような口調だが、嬉しそうな声色だった。
仄暗い公園の中に、街灯の光はあまり届いていなかった。それでも何とか、僅かな光が彼女の姿を仄かに僕の視界に映してくれた。控えめな鼻筋や、猫の様な可愛らしい目付きが、しっかりと僕を、僕だけを見つめている。
「どうしたの?」
静かな声で囁くと、彼女は右手を僕の方に伸ばしてきた。その手を掴みたかった。掴んでいればよかった。あんな行動に出る前に、僕は彼女の目を見つめるために、彼女と話すために、彼女の手を握るべきだった。
目の前に答えがあるのに、見えない強固な壁に阻まれていると思っていた。
その答えに手が届かないのなら、障害になるものは自分の手で排除するべきだと思っていた。
「お姉さんを助ける」
僕はそれだけ言うと、彼女の背中の方に回って、身体の周辺の砂にスコップを突き立てようとした。
しかし入らない。スコップの先が僅かに食い込むだけで、砂はびくともしない。場所を変えて何度も砂を掘ろうとしたが、結果はどこも同じだった。
「やめて、リョウちゃん!そんなことしないで!」
悲しげな声で叫ぶ彼女を無視して、僕は何度も試みた。
僕は卑怯者だった。彼女を砂の中から助け出したい、自由にしてあげたいと言う気持ちは嘘ではない。しかし、脳内で必死にそれを叫び続けていたのは、もっと別の、身体の奥底から噴き出してしまいそうな濁流に対する、精いっぱいの抵抗だった。
薄汚れていた僕の中には、助けたいという気持ちよりももっと強くて恐ろしい、そして何よりも正直な真の動機が存在した。
一時間だろうか、それともほんの十分だろうか。僕から彼女を奪われまいとする、硬い砂と格闘し始めてから。
僕の手はすっかり痺れてしまい、スコップを持つだけでも辛いほどになってしまった。激しい苛立ちに任せてスコップを弱々しく地面に叩きつけると、しゃがみ込んで己の頭を抱えた。手で掘ろうにも、ここまで萎えてしまった腕では無理だ。悔しさと自己嫌悪で、身体がバラバラになってしまいそうだった。
「リョウちゃん、こんなことをしなくてもいいのよ」
「でも、お姉さんのこと助けたい」
「私は助けて欲しいことなんて何もないわ。リョウちゃんに会えるだけで快いのよ」
彼女の手が、僕の手に触れた。今まではそれだけで幸せだったのに、僕はすっかり貪欲に成り果ててしまった。
僕はどんどん汚れて、大人になってしまう。子供の時みたいに、自分だけの時間もどんどん無くなっていく。会いたい時に彼女に会えることは、これから先無くなっていく。そうなる前に、彼女を砂の中から連れ出したい。
「お姉さんに両手で触ってほしい。全身で抱きしめてほしい。お姉さんの全てに触りたいんだ」
「触ってるわ」
「触ってない!」
僕は、両の拳で彼女の頭の頭のすぐ横を弱々しく叩いた。
「触れてない!お姉さんがこんなところにずっと埋まっているせいで!」
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