見栄と見えるもの

親しい人にはもう話していましたが、自分は今民間企業への就職活動をしています。そちらに労力を全部振り絞っているため、卒業論文も教員採用試験も今のところ何もダメです(前者は書かないと卒業できないけど)。
小学生の時から教員を目指し、中学高校浪人と全くその気持ちに変化はなく、大学も教員免許が取れる中で1番やりたいことができるところに行った自分。
なんで今この進路変更? 改めて、『なんで就職活動をしているのか』を考え直さなきゃいけなくなったので備忘録として書いておきます。

①教員として一生働くことに無理を感じた(身体的に)
今の僕は大学時代に自分の中のタスクへの向き合い方や自分というものの捉え方を矯正できず、心身に負担がかかっている状態です。そのまま教員になって、ガムシャラに働いて働いてぶっ倒れて再起不能……という未来は容易に想像がつきました。さすがにそんなに早くキャリアを終わらせる気はないです。まずは残業代もきちんと出る民間企業で、「社会人としてどう生きるか」を学んで、自分という暴走者のブレーキを踏む方法をきちんと会得しておきたい。

②「阪大卒」という新卒カードでどこまでいけるか試してみたかった
タイトルの由来。ですがほぼ失敗に終わりつつあります。第一志望って決めた企業すでに2つ落ちてる。それ以外もいっぱい。高校同期のキャリアが眩しすぎるのに流されてる感はあるけども……自分は自分だってわかってるのに。阪大のOBがいる企業だと無意識に対抗しまって、落ちると「それすら受からんのか……」になるのもほんとよくない。
結局就活とは学歴ではなく個々人の能力によるものだということを思い知らされました、無能だとこうも何も出来ない。

③「学校教育」以外の世界で社会人生活を送りたかった
1番の理由はこれです。さんざんネガティブなこと言ったけど、自分はやっぱり教師になりたい。多分教育実習行ったらもっとその気持ちは強まるばかりだと思います。ならなんで教採捨ててまで就活してるのか。
ひとえに「子どもたちに見せられる世界を広げておきたい」から、に尽きるかな、と。学校教育の中だけで過ごして、そのまま学校教育のなかで終わる人生。すごく素敵ではある、けどやっぱり自分が子供に与えられる武器は少しでも多い方がいい。それが社会に出ようと思った最大の理由です。教え子全員教員になるわけじゃないし、工業高校とか商業高校とか行ったら就活支援までするし、社会人経験は絶対無駄じゃないと信じてる。だから就活やろうって気になってるんですよね、傷だらけだけど。

④若いうちに色んな世界を見てみたい
人に与えるより先に自分が見ておきたいってことですね。なのになんで教育業界ばっか見てたんやろ、マスコミなんかそんな簡単に受かるわけないやろがい……
だから社会人何年やってから教員になるかすら決まってないんだよなあ、見切り発車すぎて怖くなる。
でも大学生活で学んだ教訓があるとしたら、『やらない後悔よりやった後悔』なので、せいぜい足掻いてみようと思います。あと何ヶ月かかるんだろう。

見栄とプライドと精神力と決断力のなさと押しの弱さに苦しむ無様な姿を見ていてください。

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