秋風そよぐ夜道を歩いて思う
眠らないのか眠れないのか、分からない夜だった
仕事で疲れ切った帰り道。片側一車線だけど、交通量が多く車が列をなしている。その脇を歩いて駅へと向かう。
対向車から放たれる目を刺すようなライトがまぶしくて。耐えきれずに一本脇の道へと入る。
入ったその道は先程とは違って住宅街。両側に家が並んでいて、窓からこぼれる夜道への明かりは、森にさす木漏れ陽。等間隔に並んだ街灯は、まるで何かを導いているかのよう。
一方通行が多くて、ほとんど車も入ってこないひっそりとした夜道だった。
「こんな道があったんだ」
細い夜道を駅があるはずの西の方角へ歩く。
西の空にはひときわ輝く星が見えるけど、きっとこと座のベガじゃないかな?夏には頭上にあったのに、今ではあんなにも傾いて西の空。
もうすっかり秋の空なんだなぁとしみじみとしてしまう。
途中、小さな社に出合う。こんな住宅街の真ん中だというのに。石柱はなく、ただ小さな鳥居と社があるだけの小さな小さな社だった。
おそらくこの社は、昔からこの地に祀られていて、この地を守ってきた大切な社。自然とこの社を中心にして人々が集まり、人々の心の拠り所となってきた。だからこそ、このように今も大切にされているんだろう。
そんな想像をして手を合わせる。
その手はひんやりとしていた。
ベガを目印に歩き続ける。ほどなくして駅が近くなってきたのか、すれ違う人が増えてきた。
みんな急ぎ足で帰って、家族との大切な時間を過ごすのかな。私の家には誰もいないので、急いで帰る必要もないけどね。
細い道から通りに出た時、右側から北風が吹きつけてきた。少し寒くなってきたので、開けていた上着を前で重ね、腕組みをして抑えつつ手を温める。
少し手の甲が冷えていた。
通り沿いの交差点の角にコンビニがあるのがみえた。
「少し冷えるし、コーヒーでも買っていこうかな」
レジでコップを受け取り、コーヒーメーカーにセットしてボタンを押す。ギュイーンとコーヒー豆を挽く音のって、香ばしい香りが漂う。小さな幸せを感じる。
淹れたてのコーヒーカップを両手でもち、手のひらを温める。右手を離し、左手の甲の上に重ねて温める。次は左手を離して。
片方を温めると、もう片方が冷えてきてキリがない。キリがないんだけど繰り返してしまう。なんでだろう。きっと温かいっていうのは幸せなことだからかな、すぐに消えちゃうけど。
少しさめてきたところで、いよいよコーヒーを口に運ぶ。とはいえ熱いのでゆっくりと慎重に。
程よく苦いコーヒーは、寒さで固くなっていた頭をほぐしてくれる。
「さぁ駅まであともう少し頑張ろう」
気を入れなおして大通りをすすもうとしたとき、視界に明るい空が入ってきた。駅とは反対側の東の空を見上げると、夜空を照らすランプのような月が浮かんでいた。
まんまるの月は、いつもとは違うように見える。月の色といえば黄色をイメージするけど、目の前にある月は黄色くない。とても白い。しかもただ白いのではなく、輝く白い金色。いわば白金の月だった。
金色の薄いベールをまとい、白く輝く月。透き通った秋の夜空、今夜の主役だった。
「やっぱり今夜は寝られそうにないね」
白金の月を眺めつつ、あたたかいコーヒーを口へと運んだ。