ペットホスピタリティ
独立するとき、当然だけど、どんな事業内容にしようか真剣に考えた。ひとつは会社員時代にしていたクリエイティブに関わるプロデューサーとしての仕事、それと、写真を撮る仕事。そしてもうひとつ、ペットに関わる仕事がしたかった。それは僕たち家族のもとにやってきた、愛犬カームへの恩返しでもあるのだ。
僕たち夫婦には、子供がいない。
昔から子どもが大好きだった。結婚したのが遅かったこともあり、早く子どもが欲しかった。すぐにできるものだと思っていたけど、そんな簡単なものではなく。同時期に結婚した友人たちは子どもに恵まれ、会話の多くが子どもの話になる。それが居たたまれず、恒例の飲み会でいつもは最後までいるのだけど、用事があると嘘をついて途中で帰ったこともあった。電車の中や、公園で、子どもの姿を目にすると、どうして僕らのところにはいないのだろうと、いつも考えていた。僕らはずっとこの寂しさに耐えながら生きていくのか。そう思うと、心がズキンと痛んだ。
結婚して5年が立ったころ、ある親戚の家に遊びに行った。お母さんと大学生のお嬢さん、そしてミニチュアシュナウザーが2匹いた。
「子どもはもうほとんど家にいないから、犬との3人暮らしみたいな感じ!でも子どもより可愛いよ!」
とその親戚は僕らに言った。子どもより可愛いなんて、こちらに気を使って言ったのだろう。でも「犬との3人暮らし」というのがとても気になった。ここでは犬は人としてカウントされているのだ。帰り際に「飼ってみたら?もし欲しくなったら、声かけてね」と言われた。まだ子どもを諦めきれていなかった僕は、はあ、と気のない返事をした。でもそれから僕らは、ペットショップの前を通るたびに、ミニチュアシュナウザーを探すようになっていた。それから2年ほど試行錯誤してみたけれど、結局僕らが子どもに恵まれることはなかった。そして僕はその親戚に「犬を飼いたい」と伝えた。
あの子を救え!
「ここのブリーダーさんを訪ねてみて。」親戚にそう言われたのは、犬を飼いたいと伝えてから半年ほどたった時だった。とても元気な子犬が産まれたというので、僕らはその子に会いに行くことになった。ブリーダーについてほとんど知識のなかった僕らは、子犬たちが広い草原を駆け回り、大きな白い家から「どうです私の可愛い子どもたち!」と言いながら出てくるような人を想像していた。でも実際は全く違った。
そこは住宅街の高台に建つ、普通の家だった。数十メートル先からでも糞尿のにおいと、犬の鳴き声が聞こえた。何度住所を確認しても、その家だった。妻と顔を見合わせて、勇気を振り絞ってチャイムを押した。すると家の中から恰幅のいい女性が出てきた。手にはハエたたきを持っていた。家の中にはゲージがいくつもあり、その中に犬が閉じ込められていた。そして大音量でワイドショーが流れていた。僕らが家に入るとさらに大きな声で吠え出し、その女性がハエたたきでゲージを叩いた。僕らは想像と全く違うブリーダーさんの姿に恐れおののき、早くここから立ち去りたいと思った。すると一つのゲージから一匹のミニチュアシュナウザーを取り出し、「はい、この子です」と床の上に置いた。
その子はほんとうに小さくて、その割に顔と手足は大きくて、真っ黒で、でも毛がツヤツヤで、うまく座れず足を前に放り出し、ころころと転がりそうで、寒いのか小刻みに震えながら、クリクリの目でこちらをじっと見ていた。衝撃的だった。今まで何十匹もペットショップで見てきたシュナウザーとはけた違いの可愛さに、僕らは一瞬でやられてしまった。そして「早くこの子をここから救い出さなければ!」と思い、「この子を連れて帰ります」と即決した。それから血統書や、今後1~2か月間の育て方、支払い方法などの説明を聞いたが、ほとんど耳に入らなかった。やっと説明が終わり、逃げるようにその子を抱えて家を飛び出し車に向かった。
やっとじっくり、顔をみることができた。その時車の中で撮影した写真がこれだ。
そして我が家に帰ってきて、最初に撮影した一枚。
古いスマホで撮影のだけれど、この一枚を超える写真を、果たして撮ることができるのだろうか。
そして名前を「カーム」と付けた。由来は、妻が最も愛する漫画「ワンピース」の登場人物が使う能力。周りの雑音を消し去ってしまうこの能力のように、僕らが穏やかに過ごせるようにという意味を込めて。
カームが僕らを家族にした
それからはカーム中心の生活にガラリと変わった。毎日朝早く起きて散歩に行き、食事を与え、トイレのしつけをし、ペットの社会化を学んだ。
帰省や旅行も電車に乗せていたが、階段の移動や荷物の持ち運びが大変で、しかもカームもかなりストレスを感じるようだった。
なので駐車場付きの家に引越しをした。それから車でますますカームと出かける機会が増え、今は一緒に日本中を旅している。
カームが来てから、不思議と子どもが欲しいという感情が消えていった。子ども連れの家族を見たときに感じていた、あのズキンという痛みも感じなくなっていた。それは本当に幸せなことで、僕らがあの痛みを抱えていくのは、とてもつらいことだったと思う。
はじめてカームを動物病院に連れて行った時、待合室で順番を待っていると、受付で妻が「カームちゃんのお母さん」と呼ばれた。「はい」と小さく返事をした妻の横顔を見た時、なんだか涙が出そうだった。そして、「ああ、これで僕らは大丈夫だ」とそう思った。
カームが、僕らを家族にしてくれたんだ。
ペットホスピタリティとは
そんなカームに恩返しする方法として、「ペットホスピタリティ」という言葉を考えました。カームはもちろん、その他のペットがもっと暮らしやすくなること、そして飼い主さんがペットとたくさんの思い出を紡ぐお手伝いをすること。具体的にはペットと飼い主さんの写真撮影、そして今後はペット関連の企画サポートや商品開発などをやっていきたいと考えています。人とペットがよりよい関係で生活していける社会へ!