思い出の消失
APAアワード2022で、実は入選とは別に、入賞した写真がある。
タイトル:思い出の消失
この火事の現場は、群馬県桐生市。繁華街からすこしはずれたところにある。今から30年前、ここは地元では流行りのカフェだった。
当時付き合っていた彼女がここでアルバイトをしていた。
彼女は学校が終わると一番に教室を飛び出し、家に帰って夕飯の支度をして、すぐにこのアルバイト先に向かった。それから夜の9時か10時くらいまで週に4日くらい働いていた。
最初はサプライズのつもりで、彼女がバイトが終わるのを待ち伏せした。
でもあまりにも喜ぶので、それからほぼ毎回バイトが終わるを待った。
この店には大きなガラス窓があり、外から店内が見えるようになっていた。僕はバイトが終わる10分前くらいから、道路を挟んだ反対側で、自転車にまたがりながら働く彼女の姿を眺めていた。彼女はバイトが終わると大急ぎで着替えて、店から飛び出してくる。そして笑顔で大きく僕に手を振る。その姿がたまらなく好きだった。それから二人で彼女の家までゆっくりと自転車を漕ぐ。20分くらいのこの道のりが僕らのデートだった。
交際は1年半くらい続いた。高校生にしてはかなりながいほうだと思う。
彼女はこのバイト先の先輩とつきあうことになり、僕はフラれた。
そんな予感はしていた。
彼女を送っていく道すがら、その先輩の話はよく聞かされていたし、
大きなガラス窓から見える彼女とその先輩の雰囲気が、
少しづづ変わっていくのを感じていた。
それから30年後、久しぶりに地元に帰った時、ここが火事になったと聞いた。その姿を写真に納めたいと思い、人通りのない早朝を狙った。店はだいぶ前に代わったようだが、大きな窓は焼け残っていた。
30年前、恋人が他の人に気持ちが移っていく様を、自転車にまたがりながら眺めていたその場所から、僕はシャッターを押した。
そして、偶然にも2台の自転車が、カメラの前を通り過ぎた。
賞に応募するとき、タイトルを「思い出の消失」としたけれど、
「思い出の再生」のほうが相応しいなと、今は思っている。