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花と散る3

孝子は息を弾ませながら適当に目についた細い路地に入って行った。静かな住宅街の中で、孝子の荒い息遣いだけが妙に大きく聞こえる。孝子は何となく気まずさを感じて、呼吸を整え、出来るだけ静かに家々を見回した。

ただ最近では、表札に細かい住所まで書き連ねるような事はせずに、大きく苗字だけ書かれた表札が殆どであり、簡単には目的地の家は見つかりそうになかった。

その上、孝子自身も道に迷い始め、自分の居場所が分からないという本末転倒な状況に陥ってしまった。

「やだ、あたしったら…」

しかし、半ば息が切れて、歩くことさえ出来ない程に消耗した頃、目的のその家らしきものに辿り着いた。

「ここだわ。」

立派なお屋敷だけど、何だかどこか普通じゃなかった。孝子はスマホの「位置情報を共有する」という項目にチェックを入れ、「連絡先」の店長の名前をクリックした。これであたしが居る場所を辿って来れる筈。

届け先は女性だったけれど、一体どんな人なのかしら。孝子は想像を膨らませて、あれこれ頭の中でモンタージュを作っていた。

孝子が「どこか普通じゃないお屋敷」と頭の中で呟いた通り、確かにその家は独特の雰囲気をまとっていた。アラベスク模様の門扉の片側には、大袈裟とも取れ、或いは稼働していないのではないかと察する事も出来る程古風で、映画やドラマにでも出て来そうな大きな監視カメラが、丁度孝子の方を向いている。

肝心の家自体は、江戸川乱歩の小説に出て来そうな、大正ロマンとも言える家構えで、(建築様式でいうとゴシックとのことだが、それはのちに主人から教わったことだ)壁の色は古ぼけた水色だった。

表札には「西園寺」とだけ書いてあり、呼び鈴の白いボタンがそこだけ妙に鮮やかに見える。まあボタン以外には余り手が入っていない、という事なのだろう。

思い切って孝子はその白いベルを押してみた。

つづく