白いエンツォ
世界で一番美しい。
残念だけど、艶っぽい女性に関する話じゃないんだ。でもね、大抵の男はガツンと脳天に直撃だと思うんだ。うん、絶対に来るね。
その時俺はね、山手通りを中目黒に向かって走ってたんだ。おっと、このクソ暑い中でジョギングなんてする訳ないのは分かってくれるよね?勿論、自慢のツーシーターのオープンで、助手席には綺麗系のお姐ちゃん、って言うのは俺の妄想だけどね。とにかく蒸し暑い夏の遅い午後だった。
こんな所にディーラーなんてあったっけかな…まあ硝子張りのショウルームは、決してド派手じゃないんだけどね。まあ俺らみたいなエンスーオヤジには…そうだね、マリリン・モンローが蘇ってさ、「お熱いのがお好き?」なんて耳元で囁いてね、例の香水の良い匂いがほんのり漂って来てもうアソコがギンギンに硬くなっちまうような気分な訳だ、これが。
まあ、最近の若者は車に全く興味がない、なんてね。酒も飲まない男もかなりの数居るらしいじゃない。だから押し付けじゃないよ。最近はハラスメントなんていう恐ろしい首かせをつけられてるからね、うん。会社の若い部下からは「あなたの上司を採点して下さい」なんて「逆人事考課」まであるから、しがない中間管理職は悩みで頭は禿げるし、血圧は上がるしで、生きた心地もへったくれもないなあ。
でね、肝心の「モンロー」の話だ。普通フェラーリって言えば赤だよな、違うかい?だからさ白いフェラーリを、まあ仮にもショウルームなんだけどさ、初めて見た、いや見ちまったわけよ。
白いスポーツカーってのはさ、とにかく敷居が高いし、乗り手を選ぶよね。颯爽と乗り付けた白いフェラーリから、短パンにゴム草履、ヨレたTシャツ。おまけにチビでハゲでデブの汚ねえオッさんが下りて来たらさ、皆んな笑うだろ?
だからって訳じゃないが、まっぴらごめんだね、白いフェラーリなんてものはさ。いや、万が一上手いこと手に入れたってね、どうせ年がら年中、羽ぼうきで磨いて見惚れてるんだろう。だからさ、この白いエンツォは本当は俺のものでね、偶々ここに置いてあるって空想してるわけ。
良い歳こいたオヤジの儚い妄想さ。いやさ、モンローを仮にめとったところで、どうせ家事なんかさっぱりでさ、全部俺が炊事洗濯に掃除まで、全部やらざるを得ないってなると思うんだよな、うん。
夢は夢のままに、そっと棚の中に飾って置くのが、まあ良いんじゃないかね。
それはそれで俺は幸せだと思う、俺はね。人間身の丈にあった生活が一番幸せなんだよ。
女だったら、こうは考えないんじゃないかな。男ってやつはさ、自分の身の丈をわきまえて生きているんだ。そいつはさ、キンタマの大きさみたいなもんで、一目交わした眼差しで、スパッとわかっちまうもんさ。
オヤジは中々に悲しい生き物なんだ。だからさ、も少し優しくしてやって欲しいんだ。
そこんとこ宜しくな。
終わり