美しい家 3
俺がショックでボーッとしている間に、塚本さん夫婦がICUに到着して、看護師さんが「こちらへどうぞ」と呼んでいる。
「あの、俺はおばあさんをお宅に案内しているうちに倒れちまって。」
「祖母は入院先の病院から勝手にここまで来てしまったようです。」
俺はその入院先の病院を聞いてビックリした。
「仙台だって?新幹線にでも乗らないと、とても来られる距離じゃない。」
「仰る通り新幹線で来たようです。」
「そもそも、何処が悪くて入院してたんですか?俺と話をしていた時は元気ピンピンだったけど」
「がんだったんです。もっとも、少々ぼけて来ていたみたいですが。私の実家は仙台にありまして、両親も祖母も仙台で暮らしておりました。」
「吉乃さんの家を訪ねて来た、って言うのは本当なんだね?」
「ええ、まあご存じの通り震災があったので、実家は建て直してしまったんですが。元は代々から続くそれは立派な美しい家で。私の小さな頃、テレビの取材が来るほど、自慢の家でした。」
「まさかおばあちゃんは、仙台から来たなんて想像もしなかったものだから。」
「祖母は元から自分から主張する人柄ではありませんでしたから。それにとても用心深くて、知り合ってすぐの人にに道案内させたなんて。」
「おばあちゃんから貰いものまで。」
俺はお数珠を見せた。
「本当に祖母がそれを?」
吉乃さんは大袈裟な位に驚いていた。
「これは私がおばあちゃんにあげたプレゼントなの。絶対に外してはダメと言ったのに。」
「吉乃さんから貰ったのは鳥のブローチだって言ってたけど。」
「あのブローチも確かに私があげたんですが、お数珠にはちょっといわれがあって。」
「いわれ?」
「あのお数珠は私が子供の頃、祖母に連れられて、上野の博物館で『唐招提寺展』を
観た時に買って貰ったものなんです。」
「でも何で吉乃さんが着けていないんですか?」
「あの、こんな話すると呆れられてしまうかもしれないけどか。」
吉乃さんは初めて年相応な素振りに戻ったかのように言った。
「本当に効くんです、これ。」
俺は「そんな大切なもの。返します。」と言ってお数珠を外そうとしたら、吉乃さんが叫ぶように言った「ダメ!やめて!やめて下さい!」
吉乃のさんは、おばあちゃんと全く同じ言葉を言った。
「何があっても絶対に外してはダメ」
最後に吉乃さんに、話に出て来た、昔のご実家の画像を見せて貰った。吉乃さんが言うように、それはそれは美しい洋館だった。
とある冬の朝に起こった不思議な話はこれだけさ。
だけども、その後の話はちょっと信じられない位だった。
俺は、大学まで出して貰ってね。友達に誘われて受けた自社養成のパイロットの訓練生の選考に合格し、きれいな奥さんまでめとって、憧れだった高台の一軒家に住んでいる。
不思議な話もあるもんだ。
終わり