『元気炉』 ワクワクする社会を思い描き実現させる妄想力
クリスト(1935-2020)&ジャンヌ=クロード(1935-2009)、夫婦で活動していたアーティストです。建造物、さらには自然をも梱包してしまう、まさに大風呂敷を広げるアーティストでした。
あまりに壮大なプロジェクトで、しかも建造物を布で覆うための許可をとるのも大変で、構想から実現まで長い期間かかるのが彼らの特徴でもあります。パリの凱旋門を梱包するというプロジェクトは、1962年から構想されていたそうですが、実現したのは2021年、二人とも亡くなった後でした。
原子炉から『元気炉』へ
クリストのプロジェクトのように、スケールが巨大で、とても実現できそうもないというものが実際に姿を現したとき、私たちは畏怖ともいえる感動を覚えます。
私も、このようなビッグなプロジェクトを仕掛けたいと、常々思っていますが、どのように発想し、そのように実現させればいいのでしょうか。
ビッグなプロジェクトにチャレンジしている日本人アーティストの一人に栗林隆さん(1968〜)がいます。2014年の札幌国際芸術祭では、和紙で白い林を作りました。鑑賞者は地下にあたる部分を歩き、ところどころ開いた穴に頭をつっこみ、人が踏み入れることのない真っ白な林を眺めることができる、壮大ながらも非常に詩的な作品を展示しました。
一方、東日本大震災のときに、アーティストとしてできることがなかったけれど、なんども福島を訪れる中で気づいたことがありました。メディアは、被災地の課題を見つけて報道していますが、現地の人たちの状況は必ずしも報道通りではなかったのです。彼らと接する中で、みんなを元気にしていくことが答えだと思ったそうです。
北アルプスを望む富山県入善町にある、レンガ造りの水力発電所を再生した「下山芸術の森 発電所美術館」。2021年、栗林さんはここに福島第一原発で使用されていたGE マークI型の原子炉と同じ形の建造物を木材で作りました。大きさは8 x 8 x 7 mというからかなり巨大です。
この建造物は実はスチームサウナ、鑑賞者は裸になって布をまいてサウナに入ることができます。入った人はみな、元気になって出てくる。『元気炉』という作品です。
美術館の中で火と水を使い、人は裸になる。美術館でやっちゃいけないこと三連発。普通のアーティストだったら、思いついたとしても火と水を使うのは無理と諦めてしまうところ。栗林さんは、クリスト&ジャンヌ=クロードと同じ思考で行動しています。それが「妄想力」ということができます。
2022年5月13日〜15日に恵比寿で行われたMEET YOUR ART FESTIVALでは、3号基が展示されていました。会場の大きさから、巨大なものは展示できず一人用です。クレーンに木材がつるされていて、プロジェクトを知らないとサウナとは気がつかない、アートには全く見えない不思議な展示でした。
栗林さんと話をしましたが、日本の原発と同じ数の元気炉を作って、ワクワクする社会にしていきたいと言っていました。日本中が元気炉であふれた世界を妄想し、どうしたら実現できるか考えているに違いありません。
ビジネスの場でも重要な「妄想力」
妄想力についてはビジネスの場でもよく指摘されます。
安宅和人さんは『シン・ニホン』の中で繰り返し妄想力の重要性を指摘しています。
現在、多くの人は、課題解決型の思考で仕事に取り組んでいます。新興感染症が出てきたら、その感染症に対するワクチンや治療薬を開発しようというやり方ですね。
人間拡張の研究をしている東京大学大学院情報学環教授の暦本純一さんは、課題解決型の取り組みでは、想像の範囲内での未来しか創ることはできないかもしれない。
想像を超える未来をつくるために必要なのは、それぞれの個人が抱く「妄想」だと私は思っている。と語っています。
スティーブ・ジョブズやイーロン・マスクがイノベーティブな製品を開発し、社会が大きく変貌したのは、まさに彼らの「妄想力」によるということができます。
スケールの大きな妄想を描くには
アート作品にしても、事業にしても、常識を覆すような「妄想」はどのようにしたら描くことができるのでしょうか?
「妄想」は、あるときふと思いつくというものではないでしょう。「妄想」にはストーリーがあるはず、頻繁にそのことを考えることで描くことができると思います。
今の仕事がうまくいって新製品ができたときのことを妄想して、ワールドビジネスサテライトの取材を受けているといったことは多くの人が思い描くのではないでしょうか。しかし、ここでいう「妄想」は、今の延長線上ではない、もっと高い次元で考える必要があります。
その製品が全世界に広まって世界が大きく変貌している姿を描くといった感じです。
例えば、アーティストの岡田裕子さん(1970〜)は、iPS細胞で作った臓器が移植に使われるようになった社会を描きました。現在は、ドナーの臓器を移植しますが、助かった人はドナーにお礼をしたくなります。ドナーとレシピエントは直接会うことはできず、臓器移植ネットワークを通じて、サンクスレターを渡しています。iPS細胞になっても、お礼をしたいという気持ちは変わりません。移植してもらった臓器の形のジュエリーを作ってiPS細胞のドナーに渡すことが行われるようになると妄想し、自分の臓器を3Dスキャンして、ジュエリーを作品として発表しました。
医学の専門家のアドバイスも受けていて、リアリティの感じられる作品になっています。ここで大事なのは、全くの空想ではなく、現状を認識したうえで思考を飛躍させることです。栗林さんも「現実世界での体験や経験、そのリアリティがない限り妄想は育たない」と語っています。
行動し、妄想を現実にする
このように未来を妄想することができたら、いよいよその実現のために行動するときです。
私は、現代アートのアーティストと企業とをつないで、企業がスケールの大きな「妄想」を描いて実現させる、アーティスティック・インターベンションを広めたいと思っています。これが当たり前のように普及して、あちこちで奇想天外なプロジェクトが生まれたなら、ワクワクした社会になるに違いありません。
現状、アーティスティック・インターベンションのことを知っている人は非常にわずかで、多くの皆さんに知ってもらう必要があります。そこで、本を書いてみようと考え、企画書を作りました。先日、興味をもってくださった編集者の方と打ち合わせを行いました。「妄想」の実現に向けて一歩踏み出したところです。
暦本純一さんも、栗林隆さんも、行動することの重要性を語っています。スケールの大きな「妄想」を描き、行動を開始する、そうすることで、ワクワクする社会を作っていきましょう。
2022年6月13日から、六本木の21_21 DESIGHN SIGHTで、企画展「クリストとジャンヌ=クロード "包まれた凱旋門"」が開催されます。スケールの大きな「妄想」がいかに描かれ実現されたか、目の当たりにできるチャンスです。