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句養物語 流れ星篇 第6話
【6】
色々バタバタしているうちに、ラジオの方も佳境に入っているようだった。
ここで明美が、ずっと思っていた疑問をオッサンに向けて口にしてみる。
「この俳句石って、なぜだか人の心理を映したような句が載ってるみたいですけど、一体どういう仕組みなんでしょうね。」
オッサンはまっすぐ前を向きながら、こちらを振り返ることなく答えた。
「それが分かったら、ノーベル俳句学賞はもらったようなもんだぜ?」
「そうですよね〜。もう随分長いこと、謎のままなんですもんね。」
すかさず太郎が子分のような同調意見を述べたが、明美は面白くなさそうに、しかしハッキリとした私見を述べた。
「私が思うに、たまたま現在の心情とリンクしてはいるけど、これって凄い昔に作られたもので、死に場所を求めて宇宙を彷徨ってるんじゃないかしら。」
すると今度は太郎が驚いて明美に飛びついた。
「素晴らしい解釈!そうかも!!」
明美は太郎がくっついてきた事を素直に喜んだが、俳句の話が噛み合った時しかそれが発生しない事に苛立っていた。
「おぅおぅ、若いねぇ、お二人さん!」
オッサンが茶化して来たので、太郎は我に返って、狭い空間の中で、少しだけ距離を取った。すると、またしても明美の私見に同調するかのような句が、紹介された。
『流れ星或いはタイムマシン哉』
(たろりずむ)
「或いは!!」
オッサンと太郎は同時に声を上げた。明美は、今まさに自分が発した意見を裏付けるかのような句が読まれたことに、驚きを隠せないでいたが、男性二人はさっさと俳句談義を始めていた。
「或いはっていうのは、可能性としてイーブンだって事ですよね。」
太郎が問いかけると、オッサンも嬉しそうに続けた。
「そうそう、さっきねーちゃんが言ったみたいな、時空を超えて届いたメッセージっていう解釈、ステキだと思うわ」
明美はオッサンが自分の意見も汲んでくれていることを、素直に喜んだ。しかし空気が読めない太郎は、そんな流れを俳句ド真ん中へ引き戻すような私見を述べてしまう。
「確かに中七以降で季語の存在を疑うような書き方になってますけど、上五でバーンと季語を打ち出しているから、作者はそれが流れ星だって確信していると思うんです。」
太郎の意見を聞いて、オッサンが続けた。
「なるほどね。或いはってのは、要するにタイムマシンだったら良いのに…という『願い』ってわけか。」
「きっとそうですよ。季語の特性である願い事の要素を、敢えてその『存在の是非』にぶつけることで、季語は一見否定されているかのようで、実は肯定されているんじゃないかと。」
「ひぇ〜!難しい〜!ボクには分からなーい!」
明美はまた、悔しい思いで胸をいっぱいにしていた。こうやって、俳句好きが俳句の話をしているだけで、太郎との最後のデートは確実に終わりを迎えようとしているからだ。
明美がそんな事を考えているうちに、オッサンから一番聞きたくない言葉が発せられた。
「お二人さん、そろそろ着くよ」
「本当ですか!ありがとうございます!」
「あ…ありがとうございます…。」
太郎の言葉が心からの御礼になっている事に、明美はイライラしつつ、自身は心にもない「ありがとうございます」を礼儀としてなんとかひねり出した。
こうして、トラックは「目的地」へ着いた。
「この辺りは街灯ひとつないから、気をつけなよ?」
オッサンは二人を気遣ってそう言った。
「はい、ありがとうございました。楽しかったです!」
二人は目的地に降り立つと、出発しようとするオッサンの方を向いて、手を振った。明美はやっと二人きりになれるという思いもあったが、ちょっとした好奇心から、最後にオッサンに尋ねた。
「あの、どちらまで行かれるんですか?」
すると、オッサンはエンジンをかけながら大きな声で答えた。
「ちょっとヒマラヤまで!!じゃあね!」
そうしてトラックは激しいエンジン音と共に、走り去っていった。
「ヒマラヤって…?」
二人は顔を見合わせて、笑った。
明美には「それ」が、今ここにあって当たり前のもののように思えた。
たくさんの願いを込めて第7話
第5話を振り返ってみる良夜かな