見出し画像

全集中鑑賞∶豊かな一本路編

『俳句ポスト並盛連盟』

通称は俳並連。私は、この俳句集団の創立と同時に、そのメンバーになった。

俳句の賞レースとは、自身の成長を測る一つの物差しに過ぎないが、この集団は一言で言えば、謂わばコンクールの下位に甘んじている人たちの集まりとしてスタートした。しかし3年以上という月日が流れる中で、並盛という名前を大きく飛び越えて、対外的に堂々と自慢していいレベルの句が、次々と生まれていく事となる。

世間一般的に、俳句を褒める時の文言で最高の賛辞の一つと言えば、「歳時記に載るレベル」という言葉ではないだろうか。

勿論、文芸の好みは人それぞれだから、「個人的には」という前置きが付いてしまうが、この俳並連から生まれた句の中で、歳時記に載せて然るべきと感じたものが、私にもいくつかある。

そんな中でも特に、年の瀬になるとどうしても、この句の事を考えざるを得ない。


日めくりの豊かな虚や十二月
栗田すずさん


これは、俳句生活の兼題『十二月』の回に於いて、天に輝いた句である。この十二月という季語、編集部の触りのコメントでは、極めてストレートな季語だと紹介されているが、決してそんな事はない。私に言わせれば、こんなに難しい季語はない。

言葉の意味は勿論、誰にだって分かる。一年を十二等分した最後のひと月が、十二番目の月という意味で十二月となる。しかしご存知の通り、十二月には『師走』という異名があり、他の月と比べても、やや異質なニュアンスを含んでいる。クリスマスや仕事納め、忘年会や年賀状の準備など、一年で最もタスクの多い月と言えるのではないだろうか。

海外にもハッピーニューイヤーという言葉があるが、日本人は新年を迎える喜びを、殊更強く持っている民族であろう。『師が走る』という表現は、最後の月を忙しく過ごすという意味合いだろうが、それは、新しい年を迎える準備に追われていると言い換える事もできる。このように『師走』という言葉には、非常にアクティブかつスピーディーな印象があり、それはそのまま、十二月の異名として周知のイメージとなっている。

しかし、ここで注目しておきたいのが、季語としての十二月と、季語としての師走が、実は別の項目とされているという事だ。

つまり、一般的に十二月と師走はイコールの存在のはずだが、俳句の季語というフィルタをかけると、途端にニアイコールになってしまうのだ。即ち、十二月という兼題で募集がかかった瞬間から、我々は『師走』のイメージを捨てて、『十二月』という季語の本質を見定めなくてはならない。私が難しいと感じたのも、それが理由である。

それを踏まえて、もう一度この句を見て欲しい。


日めくりの豊かな虚や十二月
栗田すずさん


この句からは、『師走』の慌ただしさは微塵も感じられない。代わりに一年を包括せんとする感慨が、ひしひしと伝わってくる。『師走』ではなく『十二月』という季語と正対したからこそ、詠めた句と言えるだろう。

俳句生活の選評では、めくられた紙の厚みが、作者にとっての一つの『豊かな虚』であると語られている。しかし、私の感じた事は、それとは少しだけ違った。

十二月という月の本質とは、忙しさを除けば、一年の回顧にある。一月から十一月に比べて、十二月にこの性質が色濃い事に異論はないだろう。

日めくりカレンダーの起点は、言うまでもなく一月である。そして、残りが最も少なくなるのは、勿論十二月だ。自分がこの手でめくって来た全ての日々を思い起こす事ができるのは、十二月だけなのだ。

言うまでもなく、一年は12ヶ月、ひと月はおよそ30日、一日は24時間でできている。そして、それぞれの時間を使い切ることで、一日やひと月が、空っぽ(虚)になっていく。豊かな虚とは、その小さな虚がたくさんある状態ではないだろうか。その一つ一つに、内包されていた時間を思い起こす度に、この一年は豊かだったと断言できる、作者はそう感じたのではないだろうか。

キリがないくらいたくさんの思い出の、その一つ一つを振り返りながら、作者は日めくりのラスト31枚をめくっていく。クリスマスや忘年会も、時間の抜け殻となって、豊かな虚の一つとなるのだ。

十二月のそれぞれの日を詳しく見ていったとして、そこにあるのは、忙しさに追われている日ばかりではない。日がな縁側に座って、この一年を振り返る日だってあるのだ。『師走』は『十二月』が持つ大きな側面でしかない。しかし、どの日を切り取ったとしても、『十二月』の断面に、この句を否定できる映像などない。これこそ歳時記に載せるべき句であると、私は声を大にして言いたい。十二月という言葉の本質に、ここまで迫った言い回しが、他にあるとは思えないからだ。

私が俳句を趣味として生きていく以上、暮れには毎年必ず、この句と向き合う事になる。

そしてその時、私が振り返る一年には、豊かな虚で出来た、一本の路が象られている事だろう。



全集中鑑賞∶豊かな一本路編
【了】


企画、執筆 … 恵勇

俳句 … 栗田すずさん

出典 … 俳句生活 〜よ句もわる句も〜

いいなと思ったら応援しよう!