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一句一遊劇場 運命のミサンガ篇
『逆境のシュート炎帝穿ち抜く』
娘は、どうだと言わんばかりに一句詠んでみせた。私はそれを、ノートに書き留める。
「ねえ、お母さん、どう?これ、なかなかじゃない?」
「そうね、良いと思うわ。」
終盤に差し掛かっていたサッカーの試合は、息子のシュートで同点に追いつき、俄に盛り上がりを見せたところだ。
息子の対外試合がある日は、3つ下の娘を連れて応援しに行くことにしている。娘はお兄ちゃんの一番のファンを自認していて、私が教えた俳句を使って、まるで日記のように思いを紡いでいくのだ。サッカーで活躍する息子を見てきたからだろうか、娘が紡ぐ言葉はいつも、驚くほど前向きである。そんな娘は、サッカーと俳句が似ていると言う。
「サッカーは90分、俳句は17音しかないでしょ。限られた空間の中で、何をどこに配置するのか考え、実際にそれを表現する。これって、同じプロセスじゃないかしら。」
確かにそうなのかもしれない。娘のこの意見に、私も同意したい。しかし私には、付け加えておきたい事があった。
「サッカーの90分には、そこに至るまでの血の滲むような練習や、応援してくれる人たちによる前後の時間も付随してくると思うの。俳句だってそうよ。すんなりとはできない事だってあるし、それ自体は短くても、鑑賞は随分と長くなる事だってあるわ。詩は、それだけで生きているんじゃないと思うの。」
「お母さん、さっすが~!」
娘は感心した様子で頷いてくれた。しかし、私の本意が伝わったかどうかは、定かではない。
娘の余命は、あと一年しかない。
その一年を『長く』感じさせる事が、母親としての使命だと、私は思っている。
この子に残された時間には、どれだけの詩が刻まれるのだろう。試合終了を告げるホイッスルはもう、いつなってもおかしくはないのだ。
徐々に終わりへと近づく試合に際して、娘はまた、得意気に一句詠み上げた。
『アディショナルタイム盛夏の一ページ』
嘘みたいに明るい詩に照らされた私の顔は、果たして笑っていられたのだろうか。
汗も涙も、運命すらも知っているかのように、娘の手首でミサンガは揺れる。
『ミサンガに揺るる溽暑の3グラム』
一句一遊劇場 運命のミサンガ篇 【完】
企画、執筆 … 恵勇
画像提供 … 森中ことり
(敬称略)
一句一遊劇場 饗しの平鰤篇
☆過去作品のご紹介☆
【句養物語 流れ星篇】
没句を編纂した物語の起点
【句養物語リプライズ】
作品の読後企画の返礼ショートショート
※全5話の目次にあたるページ
【巣立鳥】
鳥とか俳句とか出てくる嘘みたいな実話