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句養物語 流れ星篇 第5話
【5】
トラックは車高が高いので、オッサンはまず、子供を抱きかかえる様にして、助手席に座らせた。
「お二人さんは、後ろでゴメンね〜」
二人はオッサンに促されて、運転席側から車内に入り込み、そのすぐ後ろのスペースへと移動した。想像以上の積荷をたくさん積んでいて、本当に二人がなんとか乗れるだけのスペースしか残っていなかったが、身を寄せるようにして二人は座った。
「じゃあ、先にこの子を届けてから、君たちの目的地へ向かうから。」
「宜しくお願いします!」
明美は、太郎の興味が自分よりオッサンへ傾いているのが悔しかったが、幸いなことに運転席の後ろが狭すぎるため、かえって太郎を近くに感じられる状況にあった。また、わずかだが小さな窓があって、そこから夜空を見ることはできたので、雰囲気としては悪くないと、明美は感じていた。
太郎が同じ俳句好きとの出会いに興奮しているのは、明美には面白くない事だが、喧嘩別れをしても仕方ないわけだし、ここは敢えて同調してあげるべきだと思い、こう話しかけた。
「ねぇ、良かったじゃない、同じ趣味の人に出会えて。」
「うん、本当に!」
太郎の純粋な答えの中に、自分への配慮が微塵もない事を明美は内心悔しがったが、最後のデートを「吟行」と断言されてしまっては、もはや自分は彼の趣味の添え物のような存在だと、自虐的に捉えるより他なかった。
「にーちゃん。ラジオつけていい?」
「あ、はい。構いませんよ。」
太郎はそう答えたあとで、ハッと気づいた。
「あ、もしかして…?」
「ふふふ、にーちゃんも、もちろん聴いてるよな?」
「あ、自分は専ら覚え書きの方で、、」
「マジかよ~、もしかして生で聴くの初めて??」
「はい、まさか、こんな日が来るなんて!!」
「よっしゃ、じゃあちょうど始まるとこだ!なんてったって、今夜は流れ星スペシャルだからな!」
俳句好きの二人が謎のラジオ談義に花を咲かせているのを、明美は複雑な心境で見守っていた。助手席の子供は決して口を開かないものの、二人のやり取りが面白いのか、終始ニコニコしている。オッサンがエンジンをかける。そのエンジン音は、つけたばかりのラジオの音と共に4人を包み込み、トラックは夜の公道へと走り出したのだった。
ラジオ番組は二人のパーソナリティらしき語りで進行されていく。タイトルは「一句フォーユー」と言って、俳句好きの間で人気爆発の番組だ。どうやら、随分昔に流行った番組の遺伝子を受け継ぐ正統派のプログラムらしい。内容はシンプルで、リスナーの投稿した俳句が読まれていくのだが、投稿される俳句が多すぎて、放送時間は拡大の一途を辿っている。当初は一日10分だったが、現在は月曜日から金曜日まで、毎日30分かけてひたすら俳句が紹介されている。曜日が進むにつれて、紹介される句のレベルが上がっていき、金曜日に読まれる句は、その週で最も優れたものという位置づけになる。そんなわけで、この番組へのリスナーの興味は、自分の句が何曜日に読まれるのかという点にあるが、読まれる倍率が高くなりすぎてしまい、内容はともかく、読まれる事自体が非常に名誉な事になりつつあった。
ただ木曜日だけは趣きが異なり、リスナーからの句を紹介するだけでなく、パーソナリティが最近見つけた「俳句石」の句を紹介するコーナーがある。それもかなりの人気を博していて、早速今日もその一句目が読まれた。
『流星の仲間なるべしISS』
(鷺沼くぬぎ)
これを聞いたオッサンが早速喋りだした。
「ISSだって、懐かしいなぁ。国際宇宙ステーションの略だっけ?」
オッサンの呟きに、太郎が便乗する。
「確かそうですよ。人類の夢と希望を背負って頑張ってましたよね。」
「だよね〜、それなのに、まさかあんな事故が起きるとはねぇ。」
明美は静観を保ちつつ、合いの手の一つでも入れようと企てたが、案の定太郎がそうはさせてくれなかった。
「国際宇宙ステーションが、流れ星の仲間だっていう見方、好きですね。」
「だよね〜。そこには必ず願いがあるわけだから。」
オッサンが同調すると、そのまま太郎は続けた。
「家族だとか、親友だとかじゃなくて、仲間っていうのがいいんですよ。」
「確かに!家族とか親友よりも、広がりが感じられて、星の流れる空間が大きく感じられるな!」
明美は段々こういう展開に慣れてきて、二人の会話の中身もはっきり分かるようになっていたが、だからと言って参戦表明できるわけもなく、静観を保っていた。
冷めやらぬ男子二人の会話は弾み続けていたが、パーソナリティは粛々と次の句を読み上げた。
『列島の微熱くすぐる流れ星』
(夏野あゆね)
句を聞くなり、オッサンと太郎は同時に叫んだ。
「視点!!」
ここまで息が合っていると、それこそ入り込む余地は残されていない。明美はもう口を挟むことすら叶わないと諦めた。二人の楽しみを邪魔しないよう、黙っていることしかできなかった。せめて助手席の子供と話したかったが、出会ってから一度も口を開いていないし、そもそも何も分かるはずがない俳句談義の中にいながらも、その微笑みだけは溶け込ませる事ができていた。明美にはそれが分かっていた。それだけに辛かった。自分だけが蚊帳の外にいるような気がしてならなかったのだ。
そんな明美の気持ちをよそに、二人の俳句談義は続いた。
「列島の微熱って、いい表現ですね〜」
太郎が切り出すと、オッサンも負けじと返した。
「くすぐるっていう動詞も効いてる!」
「列島という言葉からは、俯瞰の視点が立ち上がりますね」
「そうだよね。ひょっとして、ISSで詠んだ句だったりして!」
オッサンの意見に同調してから、太郎はさらに続けた。
「列島の微熱って、なんなんでしょうね?」
「いやぁ、そこは委ねられてますわ〜」
「分からないけど、分かるような。。」
明美は相変わらず話に入れそうもなかったが、しかしハッキリと、二人の言葉を受け止めていた。
「俳句ってさ。分からないままでも、なんとなくでも、鑑賞できるんだよな。それが俳句のいいとこだよ。」
オッサンの至極全うな意見に対して、太郎の放った言葉は、明美にとって耳を疑うものだった。
「それって、なんだか愛の定義みたいですね!」
「は?」
明美から思わず心の声が漏れた。あんたみたいな男が愛を定義できるか!…と怒鳴り散らしてやりたいところだったが、既の所で踏み留まった。
「まぁ、そうかもね〜」
オッサンは意外にもアッサリと流すような返答をし、運転を続けた。明美にはそれが少し不思議だった。確か、愛は俳句の中で季語にまで上り詰めたパワーワードのはず。…この話の流れで行けば、ボルテージはここで最高潮に達するはずなのに…。明美はそんな事を考えていたが、その答えは明かされないまま、ラジオドライブは続いた。
道の先に小さなお城が見える交差点で、トラックは一時停車した。そのタイミングで、パーソナリティが次の石を選んで句を読み上げた。
『チーム〘星〙の特攻隊長流れ星』
(ヒマラヤで平謝り)
句を聞くなり、太郎が声を上げる。
「うおぉ〜、男性的でカッコいい〜!」
ところがオッサンの様子がおかしい。
「あ…あ〜、胸が痛ぇな〜。なーんかちょっと調子悪いかも、ボク。」
「ど、どうしたんですか、突然、、」
太郎は心配そうに尋ねる。オッサンは気にしないでと言うように、軽く手を上げた。たまたま車が停車していたから、事なきを得たものの、運転中に突然発作が起きる症例も少なくない。明美はオッサンに配慮し、空気を入れ替えようとして、そこにあった小さな窓を開けた。
窓を開けた瞬間、例の石が後部座席へ飛び込んできて、反対側の窓の下辺りを直撃した。
「キャッ!!」
「お、お二人さん、大丈夫??」
オッサンはまだ胸を痛そうにさすりながら、後部座席の二人を振り返った。
明美はさすがにビックリしたのか、太郎にしがみついていた。太郎も驚いていたが、落ちてきたのが俳句石だと分かり、やれやれといった感じで石を拾い上げた。明美は若干イライラしながら、呟く。
「少しは心配しなさいよ、全く!」
「ごめんごめん、でも、当たらなかったでしょ?」
「当たりそうだったのよ、もう!!」
太郎からの相変わらずの返答を受けて、明美は呆れて怒りかけたが、もちろん太郎は明美にはお構いなしに、石に刻まれた句を読み上げるのだった。
『「よさこい」は酣なりて流れ星』
(渡辺香野)
痛みがいささか楽になってきたのか、オッサンが先に口を開いた。
「よさこいかぁ。有名なお祭りの名前だ。」
「そういえば聞いたことありますね。今はもうやってないんですかね。」
「色々あって休止したまんまになってたはずだぜ。でも、たけなわっていうのは、つまり「今」やってるってことか?…っていうか、もしかしてお祭りの会場、この辺じゃないか?」
「もしかしたらそうかもしれません。暗くてよく分かりませんけど、小さなお城がある通りでやるんじゃなかったかな。。この句は、お祭りが楽しいから、いつまでも終わらないでほしいっていう願いですかね…。」
太郎の話を聞いていたオッサンだが、今度は顔が青ざめている。
「あ、あのさ、お二人さん。驚かないで欲しいんだけど。。」
オッサンは先程痛んだ胸を、軽くさすりながら話した。
「何が起きても驚きませんよ!」
太郎は元気よく答えたが、次のオッサンの発言は全く予期しないものだった。
「俳句石が窓から入ってきて、ああだこうだ言ってるうちに、助手席の子供がいなくなっちゃった!!」
「ええ!?」
これには明美が真っ先に反応し、すぐさま助手席を確認すると、さっきまでそこに座っていたはずの子供の姿はなくなっていた。
「え、ドア開きましたっけ、今。。」
太郎は信じられないという感じで言葉を捻り出したが、オッサンは黙って首を振るだけだった。すると今度は明美が口を開いた。
「もしかして目的地に着いたんじゃ。。」
明美に言われて、オッサンはハッとしたように言った。
「そ、そっか。あのお城が、このお城か。いつの間にか着いてたのね?ボク、やっぱりカーナビなくても、ちゃんと着いちゃうんだよな〜。」
「でも、だからといって、黙って出ていった感じもないですよね?」
太郎はまだ納得できずに訊いた。
「だよねぇ。。ちょっとボクが胸を痛めている間に、すっといなくなるなんてねぇ。。」
「この辺りが目的地のはずだから、きっと家に帰ったのよ。」
明美だってもちろん、納得はしていなかったが、早く二人きりになりたい気持ちが勝って、そんなことを言ってしまうのだった。
太郎は、むしろオッサンの心配をしていた。
「あの、胸の痛みは大丈夫なんですか?」
「え、ああ。お見苦しいところを。。ちょっと古傷があるもんだから、たま〜に疼くんだよ。でも大丈夫だから心配しないで。」
オッサンはそう言うと、止まっていたエンジンを入れ直し、空っぽになった助手席に向けて「じゃあな」と言うような素振りで軽く手を上げた。
乗客は、1人減って3人になった。最後のデートの終着点へ向けて、トラックは走り出した。
ドライブと言う名の「お祭り」も、静かに終わりへと近づいていくのだった。
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https://note.com/starducks/n/n9d115a6ec097
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