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句養物語 流れ星篇 第2話
【2】
二人が家を出てほどなく、いきなり例の石が側道に落下してきた。
「危ないなぁ…」
太郎は「またか」という感じで、しかし、いささかワクワクしたような素振りで、地面を刺すように落下してきた「俳句石」に近寄った。明美はうんざりした面持ちで見守っていたが、どうせ最後なのだしと、半ば諦めて、彼の気持ちに寄り添ってあげようと決めた。
「で、なんて書いてあるのよ」
「うーんとね…」
『流れ星消えては生まる星の界や』
(れな)
「ふーん…いいじゃない?」
「明美、意味分かるのか?」
「ちょっと、馬鹿にしすぎじゃないの?」
「ああ…ごめん、ごめん。」
太郎は相変わらずの反応だったが、明美はこの最後の時間を少しも無駄にしたくはないと思い、彼の為に好きでもない俳句へ、精一杯の理解を示した。
「一つの星につき、一つの世界があるって事でしょ。で、その世界は悠久の時の中で存えるものだって、私たちは感じているけど、もっと大きな尺度の時間の中では、星なんてものは光が瞬くのと同じくらい、頻繁に生まれたりなくなったりしてるのよ。チカチカ光ってるっていうのは、要は言い方でしょ。本当は派手に爆発でもしてるんじゃないかしら。この句にあるように、誕生と滅亡の繰り返しを、それが分からないくらいに遠くから、私達が見てるってだけのことだから。」
明美はさらっと私見を述べたつもりだったが、太郎は目をまん丸にして明美を抱きしめた。
「え、ちょっと何なの?」
いきなり抱きしめられた明美は面食らった顔をしながら、彼の抱擁を全力で受け入れていた。が、太郎は少し観点がズレていた。
「明美、すごい鑑賞力じゃないか!」
「あ…ど、どうも…。」
明美は、この男の無神経さに程ほど呆れ返ってしまったが、同時に「これも彼らしさなのだ」と感じて、胸の奥を熱くするのだった。
胸の内で乙女心に花を咲かせている明美をよそに、太郎は先ほどの俳句石を拾い上げ、お手製のエコバッグに入れた。
「へへ、記念だからさ」
太郎は少しだけ意地悪な笑みでそう言ったが、明美はちょっと腹が立っていた。私とはお別れするくせに、この石は近くに置いておくつもりなんだ…と思ったからだ。何が記念だと、内心思っていたのだが、それでも最後のデートの雰囲気を台無しにするのは本意でなかったから、ぐっと堪えるしかなかった。
二人はまたしばらく歩いた。日も暮れて辺りは段々と物静かになり、道の脇から虫の鳴く声が聞こえてきた。太郎は道端に落ちていた俳句石をひとつ拾って、読み上げた。
『チロチロと宇宙の草むら星飛べり』
(うた)
明美は首をかしげながら尋ねた。
「チロチロって、初めて聞くオノマトペだわ。きっと昔の言葉ね。何を意味しているのかしら。」
「昔とは言っても、星に言わせりゃつい最近の事だけどね。」
太郎は笑って返した。
「あんたはこのチロチロ、知ってるわけ?」
「実はこれ、いくつか意味があるんだ」
太郎は得意げに続けた。
「炎とか光とか水とかの微かなゆらめきを表すってのが、基本的な使い方なんだけど、実は虫の鳴き声を形容する使い方もあるんだ」
「あんた、詳しいわねぇ…」
「流れ星は光とか炎のイメージに近いから、その動きにフォーカスしたと考えるのが自然だけど、この句の場合、「チロチロと」という言葉がどこへ係るかによっても、解釈は分変わってくるかも。草むらという言葉が意図的に使われたと推測すると、俄然虫の声の可能性が高まってくるでしょ。」
「でも、流れ星から音なんかしないでしょ。なんでわざわざ虫の声が出てくるのよ。」
「分かってないなぁ、明美は。これこそが、俳句における取り合せの妙というやつだろ!!」
明美はこの貴重な時間が、太郎の俳句熱によって浸食されつつある事を悟った。そして、そのスイッチを入れてしまったのは、自分自身だという事も。そんな明美の憂慮をよそに、太郎の熱弁は続いた。
「確かに流れ星からは音がしない。この季語が運んでくるのは、視覚的な情報だけだからね。でも、ひとたび宇宙という空間を、草むらに置き換えたらどうなるか。草むらという視覚情報に、虫たちの声という聴覚の情報を添える。宇宙が草むらなら、そこで鳴いてる虫たちの声も相当な広がりになるよね。五感で捉えた空間に流れる一筋の星、そこには虫たちの祈りが見え隠れするかもしれない。こうすることで結果的に、季語を立てることに繋がるんだ!」
「そ、そうね。。」
「この句はもちろん完成しているけど、少し語順を弄ったら面白いかもしれないぞ…」
「(まずいわ…本格的に始まってしまった…)」
「チロチロと星飛ぶ宇宙の草むらを」
「(あからさまに感想を欲しがってるけど、ここはやり過ごさないと…)」
「えー、ダメかなぁ。。」
「(よし、お願い。そのまま諦めて…!)」
「流星チロチロ草むらは宇宙だ」
「えー!?訳わかんない!全くの別ものじゃない!元の方がいいと思うけど…」
「アンサー俳句になってしまいました〜」
おどけてそう言う太郎を見て、明美は呆れていたが、同時にそんな太郎の人間味に、こっそり惹かれている自分も見えたような気がして、不思議な心持ちだった。
「ほら、行くわよ。」
なんだか早くページをめくりたい気持ちになって、明美は強引に太郎の手を取ると、再び歩き始めたのだった。
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